第四十六話
一を知って十を知るつもりなどなく、一から十まで畳み掛けられる質問の数々。
中には今回の件と明らかに関係のない、昔の政治家の思想についてや陰陽師たちに討伐されそうになった時の気持ちから人間に惚れたことがあるかまで。
誰にとってもどうでもいい質問、核心を突いた質問、プライベートに土足で踏み込むような質問全てに校長は曖昧な態度で答えを濁す。
その中に含まれている答えの欠片を拾い集められれば欲しい情報が手に入れられるかもしれないが、面倒な真似をしてまで真相を探るつもりがない仁は適当なところで質問を打ち切り、東間と理香の襟を掴んで引きずりながら退室しようとする。
「最後に言っておくが、ここからは大人の問題だ。お前たち子供はむやみに首を突っ込むな」
「わかっている」
「じ、仁! まだ私たちは――」
「自分で歩くから離してくれないかな?」
「東間! アンタ、今ので納得できるの!?」
「納得はできないけど、あそこまで露骨に踏み込むなって警告されちゃ、追及しても無駄かなーって」
「賢明だな、東間。理香の諦めの悪さは長所だが、これ以上、食い下がったところで私から得られる情報は何もない」
「まあ少しはわかったからな。それで良しとしといてやる」
「わかったって、何が?」
「植物の妖怪が関わっていること。被害が魔境の内外に及んでいること。人死にが出ていること。外の人間たちも動き出していること。この四点だ」
「なんでそう思ったんだい?」
「さっき俺たちを襲った奴と昨日、俺と神凪君、次光と美鈴を襲った化け物も植物系の妖怪だった。で、校長が続けざまに奴の眷属云々言っていたから、植物系の妖怪が元締めなのは確実」
「それで?」
「濁していたが、事は魔境だけに留まらない的な発言をしていた。ついでにリューグの奴が救出した奴等がアイツが駆けつけなければ確実に死んでいた。化け物に襲われた時、都合よく通りすがりの誰かが助けてくれる場合の方が少ないんだから人死にが出ていても不思議じゃない」
「……そうね」
「で、人が死んでいる以上、外の奴等も動いていると考えるのが自然だ。保険医も不機嫌そうだし、ひょっとしたら前の巨人騒動とも繋がりがあるのかもな」
「そうなんですか?」
「知らん。答える気にもならん」
「わざわざ俺の右腕に除草剤なんて仕込んでいたくせに。アレはどう見ても植物対策として取り付けたものだろう?」
意地の悪い笑みと視線にそっぽを向く保険医は苛立ちを誤魔化すかのように新しい煙草を吹かして紫煙を吐き出す。
態度が肯定を示しているのと同義なのだが、指摘しても頑なになるだけで彼女の協力は得られず、校長も生温かい目で保険医と子供たちを見つめるのみ。
今度こそ今この場で彼女たちから得られる物はもう何もないと判断したのか、仁は自分から歩くと宣言した東間の襟だけ解放、未だ食い下がろうとしている理香の体を両手で持ち上げ、抱きかかえながら保健室を出る。
「ちょ、ちょっと仁! アンタ、なんでこんな!」
「んー。やりたくなったから? 理香ちゃんってばこれくらいのことで真っ赤になって、とっても可愛い?」
「どうして疑問形なのよ! あと、放しなさい! いいから放しなさい!」
恥ずかしがって暴れる理香の拳が無防備な顎に命中し、歯が砕けそうになる衝撃を我慢しながら彼女を羞恥責め。
けれどいつもなら呼んでもいないのに現れるはずの黛が一向に姿を見せず、かといって自ら写真を撮ることは何かに負けたような気分に陥るため、誰かが現状を撮影してくれるまで理香の拳に耐える。
暗い空気を吹き飛ばすための彼なりの配慮――と、第三者の目線で前向きかつ好意的に捉えながら不毛な争いと断じる東間は一人で下校。
靴を履き替えて外に出た彼は新聞部の活動で忙しなく取材の仕事中の黛を見つけ、自身の存在に気付き、手を振る彼女に手を振り返してから帰宅。
下校中に何かが起こることはなく、授業の復習及び予習を行おうと考えていた彼を待っていたのは家の中を荒らす植物の蔓。
生物以外に興味がないのか、蠢く蔓はあちこちに張り巡らされながらもそれほど物が壊された形跡はない。
しかしそれも生命体――すなわち東間が帰って来るまでの話。
生き物の気配を探知した蔓の数本が東間に襲い掛かり、家の中を植物に蹂躙されていたことに驚愕し、硬直していた東間は反射的に玄関の扉を勢い良く閉めて蔓の強襲を防ぐ。
「対岸の火事、ってわけにはいかないか」
スマホで真っ先に連絡を入れたのは信頼している幼馴染み。
手短に用件だけを伝えている中、窓を突き破って外に出た蔓が玄関前にいる彼へ襲い掛かり、前方へ大きく転がることで辛うじて蔓より逃れる。
「やれやれ。これも二人を置いて先に帰ったことへの罰なのかな。一緒に帰ったとしても気付くまでの時間が遅くなるだけな気もするけど」
東間の家、全体を覆い尽す植物の蔓はやがて庭をも飲み込み、隣近所へ蔓を伸ばして侵食範囲を広めていく。
騒ぎに気付いた近隣住民の人々は突然の植物の侵食に恐れおののき、自らの家を守ろうと武器を手に蔓を薙ぎ払う。
武器といっても箒や布団叩き、スリッパなどの日用品が大半なのだが主婦は強しというべきか、技なき力で蔓を撃退し、巻きついてきたものは腕力で引き千切る。
「……やっぱりここって魔境なんだよねー。人間も人外も鍛えればそんなに変わらないように見えるのが不思議」
黄昏れている東間にも襲い掛かる蔓の群れ。
彼女たちのように蔓を払うことも決して不可能ではなかったが三桁、下手をすれば四桁に達するであろう無数の蔓を前に十数本薙ぎ払ったとして焼け石に水。
我が家を取り戻そうと奮闘したところで力尽きるのが目に見えており、援軍が到着するまでひたすら逃げに徹する。
「母さんが見たら情けないって思うかな? それとも無関心なのかな? どっちにしろ母さんが不在の間、家を守れないようじゃ長男失格か」
足に絡みつく蔓を引き千切っている間に四方から迫る蔓を間一髪で回避。
切っても切ってもキリがない圧倒的生命力を有する植物の化け物を前に善戦していた主婦たちも消耗が激しくなっていき、このままではいずれ全員が植物の栄養として吸収される結末が待っている。
「この状況、ちょっとマズいかもね。今の内に僕の家を焼いた方が被害が広まらずに済むかな? でも学校で遭遇したのと同じ種類だとしたら本体は地面の中に潜っているだろうし、焼いても一時凌ぎにしかならなさそう」
「うむ。故にこうするのが正解なのだよ、東間きゅん」
聞き慣れた声と一緒に噴出される白い煙。
周辺を覆い尽す煙は吸い込んでも咽ることはなく、しかし煙を浴びた植物は急速に枯れ始め、塵となって風に流される。
「待たせたな、東間きゅん。俺が来たからにはもう安心だ。俺たちを勝手に帰りやがって、一発でいいから殴らせろやコラァ」
「待っていたよ、仁。だってあのまま放置していたら何時間でもイチャイチャしていそうだったし、かといって下手にツッコめば理不尽に殴られそうだったから、無視して帰るのが正解かなって思っただけだよ。ところで理香は?」
「ここに来る途中で集団下校中の門下生たちがコレと似たような植物の化け物に襲われていたからそっちを助けに行った」
「成る程。僕の家だけが襲われたわけじゃないってことか。で、その手榴弾みたいな爆弾は何なの?」
「うむ。実は保険医より特性の除草剤入り手投げ弾を借りてきた。煙状にして噴出するコイツは特定の植物を枯らすようにできている、一種の細菌兵器らしい」
「細菌兵器って、また物騒なものを作ったね」
「そのおかげでこうしてこの化け物共を始末できるわけだがな!」
ほとんどの蔓が枯れ、塵になった頃に東間の家の屋根を突き破って現れる薄い緑色の皮膚をした上半身裸の女性。
下半身に該当する部分は植物の茎のような形を取っており、毒々しい紋様が描かれたその体からは物質を腐食させる危険極まりない臭いを放出する。
『貴様、貴様等、よくも、よくも妾の体を! このような目に!』
怒りの叫びをあげる植物の化け物の枯死は止まらない。
如何に生命力が強くとも朽ち行く運命を変えるだけの力は持っておらず、避けられない自らの死を予期しているからか、残された力を振り絞って仁と東間に道連れにしようと特攻を仕掛ける。
『ウガアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
「随分不気味な花だな。大きさ的にも生け花として飾るのに不向きっぽいし」
「そんなことを言っちゃ可哀想だよ。どんな花だって一生懸命に生きているんだ」
「その割には俺よりも殺意に満ちているような気がするのですが」
「当然だよ。だって僕の家を壊されたんだ。見逃す理由はないだろう?」
「涼しい顔をして怖いことを言う」
足腰に力を入れ、固めた拳で突撃する植物の化け物の顔を打ち抜く。
右の頬と左の頬、両頬に叩き込まれた渾身の一撃に植物の化け物は吹き飛ばされ、除草剤の煙の中で苦しみもがきながら塵と化す。
全てが終わった時、後に残るのは破壊された東間の実家。
近隣の建物にも被害が及んでいるが、ほぼ全壊している東間の家に比べればその被害は微々たるもの。
立ち尽くしながら破損した我が家を見つめる東間はいつもと変わらぬ涼しい顔をしているように見えるがしかし、仁は彼の表情から強い怒りを感じ取り、校長の忠告を無視して関わろうとすることを察して彼の肩に手を乗せて小さく頷く。
「なに?」
「落ち着けとは言わん。だが一人で突っ走るな。家の修理は俺がなんとかするから、取り敢えず俺の家で休め」
「紗菜ちゃんがいるのに休めるの?」
「そこは何とかする。最悪、ベッドにでも縛り付けておくから。まずは理香と合流しようか。そうすべきだと神も言っている。神の言うことは信じるべきだ!」
「……そうだね」
面倒臭かったのか、自宅が壊された影響で想像以上に心が苛まれていたのか、ツッコミを入れることなく仁の家へ足を向ける。
冷たい態度の東間に心が痛むのを感じながら後に続く彼等と合流する理香の背中と両腕には数名の小学生と中学生の姿があり、好材料を手に入れたと重い空気を払拭するべく茶化そうとする仁は重過ぎる空気の圧力に負けて勝手に撃沈。
決して彼に対して怒っているわけではないのであろうが、電柱の陰に隠れて震える仁を険しい表情で一瞥する理香に怯むことなく東間が話し掛ける。
「理香、その子たちは?」
「植物の妖怪に襲われていたの。結構養分を吸われちゃったみたいだから、これから病院へ連れて行くわ」
「確か門下生の子たちだったよね。幼いながらも鍛えられているはずなのに不覚を取るなんて、やっぱり厄介な相手だったのかな」
「植物はしぶといのが特徴みたいなものと言われても納得できるくらいのしぶとさを見せつけられたわ。なんとか拳に炎を纏わせることができたから追い払えたけど、あそこで退いてくれなかったら危なかったかも」
「うん。ツッコミどころ満載な言葉をありがとう。あんまりそういう気分じゃないけど一応ツッコんでおくよ。どうやったら拳に火なんて点けられるのさ」
「火を点けたんじゃなくて炎を纏わせたのよ。確かにちょっと難しいけど、コツを掴めば意外と簡単にできるようになるわよ。といっても私もまだコツを掴んだってほど修練は重ねてないから偉そうなことは言えないんだけど」
「コツとかそういう問題じゃないって無粋なツッコミはこの際、やめておくよ。僕も家を壊されてかなり怒っているから、ツッコミも荒くなっちゃいそうだし」
「家が? 成る程ね。だからそんなに怒っているの。かくいう私も虫の居所が悪くて気を抜くと誰彼構わず八つ当たりしちゃいそう」
「だろうね。その顔を見ればわかるよ。そういうわけで、僕たちはこれから仁の家に行くけど、理香はどうする?」
「この子たちを病院まで運んだら義父さんに連絡して、それから私も仁の家に行くわ。だから私抜きで勝手なことはしないでよね」
「わかっているよ。君抜きで殺っちゃったら本当に八つ当たりされそうだし」
「その時はやり過ぎないように注意するわよ」
「まず八つ当たりをやめる努力をしようZE! みんな仲良くだZE!」
仁のつぶやきに二人は耳を貸さず、理香は突風のように駆けて病院へ、東間は彼の腕を掴んで引きずるように彼の家を目指して走り、複数の家が東間の自宅同様に植物に襲われているのを目の当たりにして急停止。
悟ったような表情で虚空を見つめる仁の頬を連続で叩いて正気を取り戻させ、生命力の強い植物の妖怪相手に苦戦を強いられている住民たちの援護に回り、除草剤入り手投げ弾で植物の妖怪たちを枯らして回った。
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