第十八話
始まりを告げる血塗れ拷問器具乱舞。
落ちている物を適当に投げつけるが如く、一直線に向かって来るだけの拷問器具を避けることはそれほど困難ではない。
が、それは飛んでくるのが単体または少数の場合であり、十を超える数の拷問器具が全方向から向かって来るのを見て仁は回避を諦め、受け流しに徹する。
勢いこそあるものの、変化球のない直球勝負。
その場から一歩も動かず、最小限の動きで拷問器具を受け流し、拷問器具同士を激突させて破損させる彼に野次馬が如く観察していた東間が感嘆の息を、理香が不貞腐れたように頬を膨らませる。
「やっぱり、仁は流石としか言いようがないね。いつもこれくらい真面目にやってくれれば僕たちが出しゃばる必要はないんだけど」
「……ちょっと複雑な気分」
「どうして?」
「訊くまでもなくわかるでしょう」
「理香が道場で努力しているのは知っているけど、それでも仁には及ばない。師範代とまともに試合ができるのも僕たちの中じゃ仁だけ。素直に凄いと思う気持ちと努力しても努力しても追いつけない嫉妬に近い気持ちが渦巻いている。かな?」
「わざわざ説明ありがと。ついでに言えば普段から真面目にやって欲しいっていう気持ちもあるわ。本気でふざけているせいで格下相手に窮地に陥るあのバカには」
「面白半分の方がまだマシっていうのはあるよね。真面目かつ全力でふざけられたんじゃ僕たちが何を言っても聞く耳持たなそうだし」
肩をすくめる東間たちは参戦の意思を示さず、雑談を続ける。
故に幼馴染みたちに見捨てられたような気分に陥ってしまった仁は膝を抱えて蹲ってしまい、その隙を好機と見てしまった血の少女は拷問器具を操り、彼の拘束を試みた結果、蹲った体勢のまま跳躍するという予想外の行動に翻弄され、動揺している間に背後から拘束される。
何が起きたのか説明を求めようとしても仁は不敵に素敵に不気味に嘲笑うだけ。
雑談に夢中になっている二人も一瞬の出来事に気付けず、いつの間にか仁が血の少女を拘束しているという事実だけを認識する。
「仁、終わったの?」
「見ての通り、これから始まる」
「――ああ、そういうこと。僕たちは外に出ていた方がいいかな?」
「うむ。俺としても理香ちゃんには嫌われたくない。だがしかし、この溢れ出る研究意欲が目の前の少女を丸裸にしろと訴えていてな」
「こういうところは保険医の弟子よね」
「僕たちは何も見ないし、聞かなかったことにするからなるべく早めに終わらせてよ。あまり時間を掛け過ぎると明日までに帰れなくなるかもしれないから」
「任せたまえ」
自信満々な仁と死しているにもかかわらず、迫る恐怖に身を震わせて生者たちに助けを求めるが如く手を伸ばす血の少女と。
見捨てるような感覚に襲われ、若干だが気分を害するものの、部屋中にこびり付いている血の痕と臭いに自業自得と二人は情けを掛けずに外へ出る。
出口のない密閉空間で二人きりになった彼等が何をするのか。
壁を背にして星空を見上げる東間と理香は想像し掛けた頭を理性で制御し、気を紛らわせるために適当な話題を振る。
「そういえば神凪君、また華恋ちゃんに怒られたらしいよ」
「また? 今度は何をしたのよ」
「なんでも、体育や部活の時、動きやすいようにブルマをプレゼントしたとか」
「……どうしてブルマ?」
「さあ? 単純に神凪君の好みだったんじゃないかな」
「ブルマが?」
「ブルマが」
「……そんなことをしているから怒られるのよ」
「いや、怒った理由はブルマをプレゼントされたからじゃなくて、使用済みのブルマをプレゼントされたからだって」
「確かにそれは怒るわね。一体何処で売っていたの? 一体いくらで買ったの? それ以前に誰が穿いていたの? まさか神凪君が穿いたの?」
「骨董品屋で安く売られていたから買ったそうだよ。ちなみに誰が穿いていたのかはわからないけど、現役の女子高生が穿いていたとかいう噂だったかな」
「犯罪じゃない?」
「みんなが納得しているなら問題ないんじゃないかな? 実際、僕も以前に後輩の女子から使用済みのスクール水着をプレゼントされたことがあるし」
「アンタ、何を受け取っているのよ」
「僕もバレンタインデーにまさか使用済みのスク水を渡されるなんて思っても見なかったよ。後日、その子とは会っても避けられるようになっちゃったし、結局何がしたかったのかな?」
「……チョコをプレゼントしようとして、間違ってスク水を渡しちゃったとか?」
「どんな間違いさ」
「女の子は時々、どうしようもないミスをしちゃうことがあるのよ。これは悪女と呼ばれている人たちも例外足り得ないんだから」
「ドジッ子悪女なんて需要、あるのかな?」
「需要の有る無しは関係ない。言うなれば生まれた時から背負っている業のようなものだと理解しなさい」
「嫌な業もあったものだね」
「お待たせー」
「遅いわよ、仁――うっ!?」
重苦しい音と共に開け放たれた扉から漂う、むせかえるような死の臭い。
直視はできるが鼻を向けたくない、悪臭と呼ぶのも憚られるような腐臭に二人は苦悶の表情を張り付けて顔をそらす。
「おいおい、待たせたのは悪かったけど、その態度はどうかと思うぜ。仁君傷付いちゃうよ。涙を流しちゃうかもよ」
「い、いや、時間が掛かったことはどうでもいいよ。そんなことより何なのさ、このとんでもない臭いは」
「うぬ? そんなに酷イカ? まあ確かに室内はグロい意味で二十歳未満のお子様は立ち入り禁止な光景が広がっているが、靴を除いて俺の体と服は一滴も血が付着していないんだぞ! えっへん!」
「自慢にならないわよ! っていうか臭い! 本当に臭い! マジ臭い!」
叫んだことも影響しているのか、吐きそうになった理香は口を押さえて込み上げてくる物を全力で呑み込む。
我慢する彼女の背中に愛しさを覚えた仁は背後から彼女を刺激して色々な物を解放させることを思考するが、実行すれば半殺しにされそうなので自重する。
「そ、それで、仁、何か情報とか、道具とかは手に入れたの?」
「東間、その発想は探索ゲームの影響を受け過ぎだぞ。まあ鍵は手に入れたけど」
「ど、何処の鍵?」
「知らん。だが中ボス的なポジションの奴が持っていた鍵だ。先に進むための鍵であることに間違いない!」
そっちの方が遥かに探索ゲーム的な発想なんじゃないかな。
浮かんだ言葉を口に出そうとしたが、同時に胃の奥から昇って来た物も吐き出しそうになってしまったので理香同様に耐える。
少しでも刺激を受ければ出してしまいそうな彼等に悪戯心を刺激される仁であったが、刹那に形容し難い殺意の込められた眼差しを向けられたことで伸ばそうとした腕を引っ込めては直立不動体勢で待機。
また、凄まじいの一言に尽きる死臭も密閉されていたからこそより酷い物へと悪化したのであって、外の空気と混じり合ったことで段々と臭いが薄まっていく。
「むっ、これは臭いの危機。悪臭を補充しなければ無害な臭いになってしまう!?」
「ッ、余計なことしたら、ぶちのめすから!」
「うい。すんません」
臭いが薄くなったことで少しずつだが回復の兆しを見せる東間と理香。
何事もなければ吐き気を乗り切れる――そんな風に考えてしまったからか、緑の液体に満たされていたプールからアメーバ状の何かが染み出すように動き出す。
中庭の植物を取り込みながら仁たちへ忍び寄る緑色の液体。
音もなければ生物としての気配もないため、気付かれることなく接近を果たすも何処かから投げられた小石が壁に当たり、小さな音に三人が振り返ったことで緑色の液体の侵食を視認する。
「おお、今度は死霊どころか変なのが相手っぽいな」
「――フゥー……ったく、こっとはまだ完治してないのに、面倒ね」
「でもだいぶ回復したよ。逃げるくらいならできるけど――」
「逃げるって何処に逃げるんだ?」
質問された東間が三百六十度全方向を見回してみると、いつの間にか緑色の液体に包囲されていることを知る。
逃げ場のない状況。迂闊に触れればどのようなことが起きるかわからないため、仕方なく三人は惨劇の場である拷問部屋内に逃げ込み、扉を閉める。
全てが大気と混ざり合ったわけではないため、密閉空間と化した拷問部屋。
最初に入った時とは比べ物にならない死の臭い。
鼻孔を直撃する腐臭の衝撃で意識が朦朧とするのに耐え、なるべく置かれている物や惨状を直視しないよう心掛けながら部屋の奥へ逃げるも、彼等の後を追うように閉ざされた扉の隙間から緑色の液体が染み出す。
完全なる袋のネズミ状態。逃げようにも逃げ場など既になく、緑色の液体が拷問部屋を埋め尽くすのも時間の問題。
「とまあかなり追い詰められておりますが、私は元気です」
「ふざけるのは余裕がある時にして!」
「というかこの部屋も長くは保たなそうだけど、どうする!?」
「向こうに何処かへ続いている隠し扉がありますが」
「そんな物があるなら先に言いなさいよ!」
「いや、だって罠っぽかったんだもん。俺の勘だと即死系トラップ付き?」
「じゃあ僕が先頭を歩くよ」
「その心は?」
「理香は(一応)女の子だし、仁はわけのわからない奇声を上げながら進んでトラップに引っ掛かって自滅しそうだから」
「我が幼馴染みは伊達じゃないな。正解だ!」
「威張って言うことじゃないって何度言ったらわかるの!?」
「何度言ってもわからないと何度言えば気が済むんだ!?」
「死ね!」
「軽々しく死ねとか言っちゃダメなんだぞ! そんなことばっかり言っているからこの世界から老害が消えないんだ! 消えろ!」
「それじゃあ先に行くから、喧嘩に夢中になって呑まれないよう注意してね」
口論を止めず、仁が指差した隠し扉を開ける彼の目の前を大鎌が通り過ぎる。
開けた者の頭を刺し貫き、両断する趣味の悪い罠だったが、仁の言葉に従い、事前に警戒していた東間は身を仰け反らせて大鎌を避ける。
「それ、振り子になっているから戻ってくるっぽいぞ」
「忠告ありがとう」
起き上がらせようとした体を止め、仰け反った体勢を維持。
瞬間、戻って来た大鎌が彼の目の前を通り過ぎ、隠し扉の奥に消えたかと思えば再び彼の眼前を過ぎていく。
起き上がれば容赦なく頭を貫かれるため、彼は仰向けに寝転がり、半回転してうつ伏せになると匍匐前進で進行。
隠し扉の中はやはり闇に包まれており、明かりとなる物は何一つない。
「これは慎重に進む必要がありそうだ」
「うむ。東間よ。その心は大切だ。キチンと取っておくが良い」
「何様よ、アンタ」
「男子高校生様」
「男子高校生に様なんて付けていいの?」
「いいんじゃねえの? 最近はメイド様とか執事様とかいろいろあるみたいだし、奉仕する側が支配者になることを望んでいる者も多いのだよ」
「男子高校生って奉仕する立場なのかな?」
「どちらかといえば奉仕される側かもしれん」
「この状況で無駄話ができるアンタ等って尊敬できるかもしれないわね」
「無駄話をしているのはお前もだろうというツッコミは?」
「却下。いいからさっさと先に進みなさいよ。知能があるなら空気を読んで待機してくれるかもしれないけど、あの緑色のアメーバみたいな奴は空気なんて読んでくれないんだから」
「うむうむ。理香ちゃんの言う通りだ。無様な死に様を晒したくないのなら鰈の如く平べったくなりながら華麗に突き進むべし!」
冷え固まる空気の中、東間は無言で前進し、置いて行かれないよう仁と理香も匍匐前進で隠し通路の中を進む。
蔑まれることがない代わりにツッコミを入れられることもない、総じて居心地の悪い空間を形成してしまったことに後悔の念を抱きながらそれでも彼は己の言動を省みることなく床を這う。
「……ハッ!? そうだ!」
「Gみたいにカサカサ進むのは却下」
「叩き潰されたくなければおとなしく匍匐しなさい」
「…………」
文句のつけようのない先読みに絶句するしかない仁はこのような状況を招いた緑色の液体に憤怒を滾らせる。
復讐心に身を焦がす彼の背中を呆れながら見つめる理香の靴に粘り気のある液体が微かに触れ、僅かな違和感からすぐ後ろにまで迫ってきている物の正体を察し、戦慄から声を張り上げる。
「仁! 東間!」
緊張感のある叫び声。
内容を聞かずとも危険が迫っていることを察した二人は跳ね起き、東間は真っ直ぐに全力疾走、仁は理香を抱きかかえると即追走。
速度は変えず、しかし隠し通路の隅から隅まで埋め尽くそうとする緑色の液体に改めて脅威を覚えた彼等は走り続け、出口らしき壁を蹴破って脱出を果たした。
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