ぼくの願いとわたしの願い
「どうしてそうちゃんに、あんなこと言わせたんですか」
怒るぼくを、お兄さんは面白いものを見る目で見る。実際、この人の思惑通りに全て動いているのだろうから、楽しくて楽しくてしょうがないのだろう。そんな顔をしていた。なのにその瞳は、暗い水の底を思わせるような、また人を凍てつかせる冷たい色をしていた。
「言わせた?違うよ。あれは、『神崎創』の願い事だろ?つまり、キミの願い事だ。神崎創を構成していた異常性、殺人衝動と憎悪。相馬武人を構成していた凡庸性、幸福主義と愛情。交換されたのは、殺人衝動と愛情。さぁ、どうなると思う?」
「わかんないよっ……」
泣き出しそうになる。でも分かっていた。それが、どういうことかなんて。分かっていて、ぼくは、そうちゃんと代わった。
お兄さんは、ニコニコと笑いながら続ける。
「キミのせいであの子はこれからずうっと、神崎を皆殺しにしてもずうっと、消えない殺人衝動に悩まされる。だって彼女が望むのは、キミの幸せなんだから。キミの幸せは、神崎を殺すことでしか手に入らないんだから」
「うそだよ!そんなことない!そうちゃんは、そんなことしない!」
叫びながら、納得してしまう自分を感じて寒気がした。それを望む自分が、どうしょうもないくらい情けなくて、情けなくて。涙がポロポロとこぼれ落ちる。
たった一度でよかった。
一度でいいから、誰かの愛情をこの身に感じてみたかった。
そうして得た愛情は、今まで受けてきたどんなものよりも温かかった。生きてきてよかった。そう、初めて思えた。
でも、同時に。
ぼくが罵詈雑言を浴びせられ、吐血し傷が残る程の暴行を受け、犯されていたその時に、幸せに生きていたのだと思うと、温かな家族が待つこの家で、過ごしていたと思うと。
「妬ましかったんだ。同時に羨ましかったんだ。そうだろう?だから、代わった。自分と代わることがどういうことか、知りながら」
「……」
「まぁ、保って一ヶ月か二ヶ月。その間に何人か殺すだろうね。キミに見せてくるんじゃないかな、だってキミのために、狂って殺すんだから」
「なにも、ないんですか。そうちゃんを、もとにもどす、ほうほう」
「あるよぉ?ーーーーーーー、ーーーーーーーーーーーーー」
風が吹き、落ちていた木の葉を巻き上げていく。木々が騒めき、あたりを一瞬、黒く染め上げる。そうちゃんの好きが散っていく。そうちゃんがぼくに取ってきてくれたサクラソウが、視界の隅で鮮やかに咲く。そうして戻ってきた静けさの中で、ぼくはお兄さんの言葉を噛みしめる。
「それしか、ないんですか」
「ないよ。怖い?」
「こわくないです。それが、ほんとうなら」
「嘘はつかないよ。だからあとは、キミが決めるだけだ」
じゃあねと親しげに手を振って、お兄さんは去って行った。心配そうにこちらを見ていたお兄ちゃんが、慌ててこちらへ駆けて来た。お父さんは、お兄さんを見送るために一緒に歩いて行ってしまった。
しきりに声を掛けてくるお兄ちゃんと共に家の中へ入っていきながら、そうちゃんと、家でぼくの帰りを待っていたはずの妹の事を想う。
そして二ヶ月後、そうちゃんとぼくは再会する。
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