指切り死体と殺人衝動
「あと三つ……あと、三つ……」
昨夜女から切り取った小指を壺の中に入れた。
悪臭を放つそのツボは、すでに原形をとどめていない他の、おそらくは小指と思われるものが今入れられた小指を含め、四本入っていた。
壺の中の小指を愛しそうに見つめ、名残惜しそうにふたを閉めると、冷蔵庫の中へとしまい込んだ。
扉を閉めてしまうと、臭いは少し和らいだ。
一人だけの、広い家。
父は仕事に出かけてしまったし、兄は旅行に出てしまっていて、三日後まで帰ってこない。
「……暇、だなぁ。でもしばらくは殺しに行けないからなぁ……」
今頃、誰かが死体を見つけているかもしれない。
みつかるように放置したのだ。これで見つからなければわざわざ誰かが片付けてくれたことになる。
小指を切り落とし、服を剥ぎ取り一万回殴り、最後に針を千本突き刺した。
金切り声を上げていた女だったが、七千回殴ったころから弱りだし、針を突き刺す頃には死んでいた。
腫れあがった肉体に針を千本突き刺すあの感覚を思い出し、笑みがこぼれる。
次は、誰を殺そうか。
「……今度は、学生を狙ってみようかな……?」
あの子が、笑っているような気がした。
※※※
小指コレクターを探し始めて数日が経過した。
結局、雨の日以外も無理やり連れだされ捜索しているのだが、一向にそれらしき人物は見当たらない。
それどころか、昨夜は警察に見つかりかけ、危うく補導されるところだった。
簡単に見つかるとは思ってはいないが、この数日でもう一人、小指がない女性の死体が発見された。これで被害者は四人となった。
警察は血眼になって小指コレクターを探しているが、捜査はそれほど進んでいない。私たちには好都合だが、一般市民は不安と恐怖でいっぱいだろう。
「……わかってはいたけれど、なかなか見つからないわね」
「まぁ、もう四人も殺しているし、飽きてやめてしまったかもしれないね?どうしようか、今夜で捜索、やめる?それとも……」
立ち止まって、私の方を振り返る。
「立花さんが囮になってみる?」
「嫌よ。襲われた瞬間に切り殺してしまったらつまらないじゃない」
「わぁ、断る理由が恐ろしいね。もしかして、立花さんの方が僕より筋肉あるんじゃないかな。筋肉質だったりする?」
高校生とは思えない、物騒なようで、どこか抜けた会話を続けながら、屋上への扉を開ける。
生暖かい風が、私を一瞬包み込んで、離れていく。
雲に隠れた陽の光が、薄く屋上を照らしている。
雨が降ってきそうな、少しだけ不安になる天気の中、一人でお弁当を食べている生徒がいた。
「あれ、櫻野さん?どうしてこんなところで食べてるの?」
秋山くんの問いかけに、櫻野さんが顔を上げ―――。
「……っ!?けほっ、けほっ!ご、ごめんなさい、ごめんなさい!すぐにどきます、帰ります……!ごにゅっ、くり……」
私が秋山君の隣にいるのを見ると、食べていたものをのどに詰まらせ、少しむせながら謝り続け、逃げるように屋上から去っていった。
……いや、実際逃げたのだ、私から。
私はなぜか、彼女に怖がられている。入学式からの不登校のあと、学校に復帰した初日から、避けられ続けている。
会うたびに、声にならない悲鳴を上げて逃げていく。
本人から説明がないため、理由は今も不明のままだ。
「……私、彼女に何かしたかしら?」
「さぁ、僕に聞かれてもね……。あぁ、そうか今日は夏川がいないんだ。だから櫻野さん、こんなところで食べていたのかな。悪いことしたかもね」
「全然、悪いことしたと思ってないでしょう?」
「よくわかったね、さすが立花さんだ。だってほら、櫻野さんが逃げてくれたおかげで屋上を二人占めだよ」
秋山君が言う通り、櫻野さんがいなくなったことで、屋上には私と秋山君がいるだけになった。これなら、誰かに聞かれる心配はないし、誰かが来てもすぐわかる。
櫻野さんのことが気がかりだったけれど、今はそんなことよりも、小指コレクターに関しての話をしたかった。
早く、早く、小指コレクターを殺したくてたまらない。
この手で、切り刻みたい。
お昼ご飯をのんびり食べながら、今後の方針を話し合う。
どこを探せばいいか。どうやって追い詰めるのがいいのか。どうやって、切り刻んで、殺せばいいか。
気づけば陽の光が雲の隙間から差し込んできていて、肌を温かく照らしていた。
今日も、雨が降ることはなさそうだ。
「……やっぱり、立花さんが囮になるのが一番手っ取り早いんだ。相手が狙うのは一人の女性だからね。立花さんが一人で夜の暗い道を歩いていれば、十人中十人は振り返ると思うよ?」
「そんなわけないじゃない。でもまぁ、確かにそれができれば一番いいのよね。問題は、どこに現れるか」
「そうなんだよねぇ。過去、小指コレクターが出現した場所は、四つともバラバラだったし。ただそろそろこのあたりで出そうではあるんだけど……?」
秋山君が首を傾げ、屋上の入り口を見る。
つられて私もそちらを見るが、何も変わったところはない。
「どうしたの、秋山君。なにも……」
と、言った瞬間に、屋上の入り口が勢いよく開き、生徒が二人入ってきた。
一人は男子生徒で、もう一人は女子生徒だ。
女子生徒の方がこちらを見つけ、走り寄ってきた。
男子生徒の方は女子生徒に手を引かれ、引きずられるように後ろからついてくる。
「こんにちは。あなたが立花さん?」
女子生徒の問いかけに、無言でうなずく。確認をすませると、今度は笑顔で別のことを尋ねた。
「突然で悪いんだけど、モデルになってくれないかな?」
※※※
わたしは屋上から逃げていた。
葵くんがいない学校は、怖くて、怖くて。本当は、休もうかと思っていた。
でも、葵くんにはそんな考え見透かしていて、どうしても外せない家の用事があるからと、わたしと一緒に学校に行けないことを謝ったあと、
「もちろん俺がいなくても、ちゃんと学校に行ってね?」
と釘を刺された。
別に、学校に行くのはいい。授業を受けるのだって、別にいい。
人と関わり合わなければ、何でも。
階段を駆け下りる中、わたしとは逆に階段を駆け上がる二人組を見る。
女子生徒が男子生徒を引きずるように走っていく背中を見ると、どす黒く汚れていた。あんなにも、楽しそうに笑っているのに。心の中は、黒くて暗い……。
気持ち悪くて、見たくないのに、固まって動けない。結局二人が階段を上がりきるまで見つめる羽目になる。
深く息を吸って、吐いて、吸って、吐いて。
少し落ち着いてから、わたしは教室ではなく保健室へと向かった。
今日は、このまま帰ってしまおう。
心の中で葵くんに謝りながら、ふと立花さんのことを思い出してしまい、また少し吐きそうになる。
あぁ、やっぱり彼女は苦手だ。
※※※
放課後、私は秋山君と共に美術室へと向かっていた。
私にモデルを頼んだ女の子は、
そして神崎創に引きずられていたのは、
二人の名前と学年は、秋山君が短い時間で調べ上げたらしい。
今更ながら、秋山君の交友の広さに驚いた。
「部活で残るのなら、遅くまで残っていても怪しまれないし。何より僕が立花さんのモデル姿を見てみたい」
という理由から、硬直している私を無視して、神崎創と話をまとめてしまった秋山君だったが、私が怒っていると感じたのか、少し慌てた様子で付け加えた。
「もちろん、僕がいるのは最初だけだよ。本当はずっと見ていたいんだけどね。僕は僕で、小指コレクターのことを知っていそうな人に声をかけるつもりだから、安心してモデルに集中してよ」
「知っていそうな人って、……情報屋みたいな人がいるの?」
「うーん、少し違うかな。まぁヒントくらいはくれると思うよ。立花さんにも、近いうちに紹介できるといな」
秋山君の知り合いというだけで、まともな人間ではないような気がした。
「モデルといっても、座ったままらしいから楽だと思う。休憩もあるらしいしね。今日を含めて四日間、頑張ってね立花さん」
美術室につくと、中にはすでに神崎創と相馬武人がいた。
「やーやーいらっしゃい、待ってたよ!ようこそ立花さん!」
「こんにちは。立花さん、秋山君」
二人はそれぞれ、テンションのかなり違う挨拶をして、私たちを迎える。
美術室は美術部の活動の為か、普段使っている机や椅子が端に寄せられ、かなり広く感じられた。
真ん中にぽつりと置かれた椅子が三脚。
私と、神崎創と、相馬武人が座る椅子だろう。秋山君の椅子はなかった。
「改めまして、わたしは神崎創だよ。はじめちゃんって呼んでね」
「ぼくは、相馬武人です。今回は、神崎さんの無理なお願いを聞いてくれてありがとうね、立花さん」
神崎創は笑顔で、相馬武人は困ったような顔をして、それぞれ自己紹介をした。
「さぁ、さっそくだけど、描き始めちゃおうか!どうぞ座ってよ、立花さん!」
神崎創は私の後ろに回ると、背中を押して真ん中に置かれた椅子へと連れていく。
相馬武人は相山君に椅子を勧めていたが、秋山君はすぐに出ていくから、と断っていた。
まだ明るい窓の外を眺めて、私は早く夜がくることを願った。
今日は、雨は降らないだろう。
※※※
美術室を離れた僕は、彼に会うために暗い林の中を歩いていた。
ただ座っているだけなのに、立花さんは放課後の日の光を取り込み、身に纏う黒い制服が、動くたびに輝いていた。
あの場で、殺して食べてしまわないよう堪えるのに必死だった。
口の中に広がる際限無く湧く唾液を、絶え間なく呑み込んでいた。
「……食べたい、けど、食べてしまったら、もう一緒にいられなくなる」
自ら望み、手に入れた食人衝動を、少しだけ恨んだ。
気が付くと、目的地についていた。
暗い林の奥はブランコが一つだけ設置された公園になっていたが、彼と、今着いた僕以外は、誰も公園内にはいなかった。
ブランコに乗っていた彼は、僕の到着に気が付くと、こちらを見て笑顔を見せた。
「やぁ、そら。久しぶり。今日はどうしたんだい」
「わかってるくせに。……小指コレクター、知ってるでしょ」
「もちろん」
彼の隣のブランコに腰掛け、少しだけ漕いでみる。
生ぬるい風が頬を撫でる感覚に、昔を少しだけ思い出し、懐かしい気持ちになる。
彼の話を聞きながら、僕は立花さんのことを考えて、笑っていた。
小指コレクターの情報は得た。
あとは、この情報で立花さんがどう動くかだ。
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