小指コレクター

指切りげんまん、死んだら御免

 草木も眠る丑三つ時。

 昼間はうるさかった都会の喧騒も、今はしんと静まり返っている。

 静寂を破るのは、一人の女の叫び声。

 その金切り声は、ぼくの高揚感と混ざり合い、心地よく響く。


「いやだいやだいやだいやだっ、いたいっいたいいたいいたいいたいっっっっっっっ!誰か助けてよ!お願い誰かっ!」

「……さぁ、がんばろう。もう少しだから、ほら、もう少し、もう少し……」

「やめて、やめてぇ。わたし、何にも悪いことしてないのにっ、どうしてっ、こんな」


 今日の女はよく喋るな、と思いながら、ぼくはあの歌を口ずさむ。


「……ゆーびきーりげーんまーんうーそつーいたーらはーりせーんぼんのーます、ゆーびきった。死んだら御免」


 歌い終わったちょうどその時、女の小指を切り落とし終えた。


「ぎゃああぁぁぁああぁああああ!いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!わたしのっ、わたしのっ、指っ!返してぇぇぇぇぇぇ!」


 女は暴れまわるが、努力は泡となって消えていく。

 感情の高ぶりで痛覚が麻痺しているのだろう。女が動くたびに血が吹き出しているが、女は痛がるそぶりを見せなかった。

 ぼくは女に優しく笑いかけた。


「安心して。もしあなたが、ぼくの質問に正しく答えられたら、この指を返してあげる」

「ほ、ほんとに……?」

「もちろん。正しく答えてくれたらね」


 雛鳥のようにこちらを見つめる目は、信頼と希望が混ざり合ってキラキラと輝いていた。

 きっとこの女の思考はいま、指を返してもらうことでいっぱいなんだろう。

 だからぼくは、希望のこもった質問をあんなに与える。


「……質問は一つだけ、あなたはーーー」


 ※※※


 五月。私が学校に再び通いはじめて1週間が経過した。

 始業式から出ていなかったせいか、「あれ、こんな奴いた?」という反応だったが、私の外面の良さと、秋山くんのフォローのおかげで、ようやくクラスに馴染みはじめていた。

 一人だけ、私が近寄ると逃げるクラスメイトがいる。何故だろうか。

 それ以外は何事もなかった。平和だった。恐ろしいほどに。殺人衝動も、湧き上がってはこなかった。

 しかし平和は、終わりを迎えた。


「……小指コレクター?」

「そう、知らない?2週間ぐらい前から起きてる、連続殺人犯の俗称。発見された死体は三体。全員が女性全ての死体から小指がが切り取られているから、小指コレクター」

「……物騒ね」

「それ君が言うの?」


 放課後、一緒に帰る男女の会話ではない、と思う。

 秋山くんが何故小指コレクターの話を持ち出してきたのか、わからなかった。でも心の中で、殺人衝動の気配が、確かに感じられた。

 久しぶりの衝動に驚きと興奮を感じて、思わず、ポケットにある愛用ナイフをぎゅっと握りしめた。

 顔に出ていたのか、そんな私を見て秋山くんは嬉しそうに、


「立花さんなら興味持ってくれると思ってたんだ。どうやら立花さんの殺人衝動は、立花さんの感情と直結してるみたいだからさ」


 と語った。

 私は衝動の余韻に浸りながら、秋山くんの方を見た。

 その横顔は夕日に照らされ赤く、血のように染まっていた。長い前髪が揺れて、その奥で暗く輝く瞳が、私と同じ、狂気に満ちていた。

 その横顔を見続けていると、また殺人衝動がこみ上げてきて、思わず目をそらした。


「……そういう秋山くんは、どういう時に食欲が湧くの?この前は、大人一人をペロッと食べてたと思うけど……?」

「あれは別腹だよ。多分。それよりほら、小指コレクターのことなんだけどね」


 露骨に話を逸らされた。

 秋山くんは、自分のことになるとすぐに話を逸らす。いつかは、話してくれると信じたい。

 また、殺人衝動の気配がした。

 深く濃く、甘くとろけるような感覚。

 それは、殺人衝動だと教えたのは……。


「……立花さん、聞いてる?」

「えっ、あぁ、……ごめんなさい聞いてなかった、なに?」

「だからね、僕らで探そうよ、小指コレクター」

 

 なにがだからなのか、全然分からない。

 突然のことに頭が混乱している私を無視して、秋山くんは続ける。


「僕らで小指コレクターを探して、そいつを殺しちゃえばいいんだよ。君は殺人を楽しめるし、僕は君の料理を食べて証拠隠滅できるから、一石二鳥だと思うんだ。いなくなって困る人は、多分いないだろうし」


 どうかな、と締めくくり、私の返事を笑みを浮かべて待っている。


「……雨の日、だったらいいわ」


 小さく答え、笑う。

 その答えを聞き、秋山くんはさらに笑みを深くした。

 今夜から捜索を開始することを決め、準備のためにそれぞれの家へと帰った。

 これから殺し食される小指コレクターとやらを少しだけ哀れに思ったが、どのような作品に仕上げるかを考え始めると、そんなことを考えたことすら忘れてしまった。

 殺人を犯すことへの快楽に身を委ね、夜が来るのを待っていた。

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