食人鬼の日記①

 さて、何を書こうかな。

「報告書はいらないから日記をつけて後で見せろ」と言われたけれど、これでは報告書を書いているのと同じじゃないだろうか。

 今日も立花さんは美味しそうだった、とか書けばいいかな?

 怒られそうだなぁ。立花さんに。


 生暖かい風が吹いて揺れたカーテン越しに、立花さんの部屋の窓が見える。遮光性の低いカーテンが、月の光を誘い込み、薄っすらと黄色く輝いていた。もう寝てしまったのか、立花さんの部屋は明かりが点いていなかった。

 今日はもう出かけないだろう。立花さんは雨の日にしか殺人を行わない、というこだわりを持っているらしい。

 とりあえず、小指コレクター死亡後のことを書いてみよう。死亡直前までの経緯は、むしろあの人の方が知っているだろうし。

 気がすすまないまま、僕は日記もどきを書き始めた。


 ※※※


 2人の小指コレクター、相馬武人と神崎創の死亡は学校では伏せられた。

 相馬武人は病気のため遠くへ療養に行ったことになり、神崎創は海外へ留学に行ったことになっていた。

 かなり急な決定で、事前の告知もなかったため、周囲には戸惑いの声もあったけど、それもすぐに収まった。立花さんは、そのことには特に関心を示さなかった



 2人が在籍していた美術部。この美術部にはあの2人しか在籍しておらず、今年も新入部員が入らなければ相馬武人の卒業とともに廃部になる予定だった。しかも、神崎創は別の部活へ移動する予定だったらしい。

 しかし、神崎創は僕らを勝手に入部させていた。

 書類上顧問となっている先生に、「部長はどっちがやるんだ?」と聞かれてかなり驚いた。とりあえず僕が部長となり、廃部なりかけの美術部(仮)に僕らは所属することになった。

 活動については、他の部と被らなければ変えてしまって問題ないらしい。これについては、再度立花さんの話し合う必要がありそうだ。

 その時の表情はーーー。

 少しだけ、苛立っているようで。なのに、悲しそうだった。言ったら多分、ナイフを突きつけられるんだろうけど。



 神崎家は、先輩たちの妹が当主になった。今はまだ大丈夫だろうけど、逆恨みされているであろうことは確かなので、いずれ報復にやってくるだろう。その時は立花さんに守ってもらう。僕は、か弱い食人鬼なのだから。

 相馬家は、先輩たちの兄が当主となる予定だ。現在の当主である先輩たちの父親はまだ健在で、こちらは特に、逆恨みの心配はしなくてもよさそうだ。


 書くことがないので、最後に立花さんのことを書こう。

 立花さんは今日も美味しそうだった。最近は特にそう感じる。出会った時の甘い匂いが増して、立花さんを食べろと急かしてくる。

 でもどうしてだろうか。

 立花さんは食べたいけれど、食べたくない。感情これは、なんだろうか。


 ※※※


 おやつがわりに骨を噛んでカルシウムを補給する。報告書の代わりとしては、これで十分だろう。僕は日記を閉じた。

 

 就寝の準備に取り掛かろうとした瞬間に、着信音が部屋に響いた。

 不吉で暗い、美しい旋律が部屋に響く。最近気に入ったこの着信音に設定しているのは、1人しかいない。


「ーーーこんばんは、立花さん」

「こんばんは、秋山くん。今から殺しに行くのだけど、秋山くんも来る?」

「わぁ、物騒なデートのお誘いだなぁ。行くから、ちょっと待っててもらえるかな」

「えぇ、待ってる」


 そう言って、電話は切られた。

 めずらしく素直な反応だった。いつもなら言葉で冷たく切り裂いてくるのに、声の響きは優しかった。拍子抜けだ。小指コレクターとの戦闘で、会話で、立花さんの中で何か変化でもあったのだろうか。

 まぁそれはともかく、早く行かなければ殺されてしまうので手早く準備を終わらせて、僕は窓から飛び出した。

 月は雲に隠され、代わりに雨が降り出していた。

 日記を書いている間に天気が急変したらしい。土砂降りとまでは行かないが、雨はかなり強く降っている。

 立花さんは玄関の前で、傘もささずに僕を待っていた。


「お待たせ。月が綺麗な夜だね」

「雨が降っているじゃない」

「さっきまでは月が出ていたんだよ。……立花さん、傘は?」

「ないわ。殺す時、邪魔じゃない」

「なるほど……。じゃあ、一緒に入ろうよ。風邪、引いちゃうよ」


 傘を差し出した僕をしばらく見て、立花さんはなぜかため息をついて傘の中に入ってくれた。肉食動物を手懐けているみたいな気分だ。


「今日は、誰を殺すのかな?確か2人続けて男だったよね。しかも凄く不味かった」

「不味いのは知らないわ。塩とか醤油、砂糖でもかければいいじゃない」

「そういう問題じゃないんだけどなぁ。素材の味を楽しみたいんだよ、僕は」

「理解できないことに対して理解を求めるのはやめて。殺すわよ」


 懐に隠したナイフを素早く喉元に突きつける。先程感じた、違和感を感じるほどの素直さは気のせいだったようだ。


「理不尽だなぁ。証拠隠滅してあげてるのに?」

「勝手にしてるんじゃない。私、今まで死体が見つかったことはないもの」

「ふーん……。あぁそうだ。明日、夏川が僕たちに話があるみたいなんだ。部活のことがどうとか言ってたよ」

「何を話したっていいわ。ーーー私の邪魔を、しなければ」


 男が1人、フラフラと前の道を歩いている。その歩みは遅く、頼りない。手には、包丁を握っている。街灯に照らされた刀身が、赤く光るのが見えた。


 立花さんは、雨の日にしか殺さない。

 そしてもう一つの大事なこと。

 相手も、殺人鬼であること。

 猟奇的であればあるほど、良い。

 まぁ、立花さんは気付いていないみたいだけど。


「さぁ、殺しましょう」


 男が暗い路地への道を曲がって見えなくなると、立花さんは傘を飛び出し雨の中を静かに、素早く駆けて同じ道へと入っていった。

 飛び出す前に見えた横顔は、確かに笑っていた。

 僕はのんびりと、同じ路地へと向かって歩いていく。徐々に大きさを増す金属の重なり合う音、擦れ合う音が心地よく響いて、男の叫び声を最後に、夜の闇と雨の中に溶けて消えていった。

 今日のご飯には、本当に醤油や塩をかけてみようか。

 日記にもついでにこのことを書こうと決めて、僕は首を切り裂かれ血を吹き出し続ける男の死体へ歩み寄った。

 

 調味料をかけた人肉は、やっぱりまずかった。

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