「トラシュスさん。そいつ、正気なんですか?」


「いや、正気ではない。まあ正気の時もある。これだけ強大な魔物になると、意思を部分的にしか支配できないのでね。時間限定なのさ」


「じゃあ、急いで俺を殺さないといけないわけですね」


「そうだとも。貴方を生かしたままでは、いくらなんでも私の計画に支障が生じる。……ここに来てくれて、正直助かったよ」


「計画?」


 まんまと誘導されたことより、そっちの方が気掛かりだった。

 狙いを定めているヒュドラの前に立ち、トラシュスは後ろに手を組んでいる。


「世界を変えようと思ってね。何せもう五百年、この世界は同じままだ。そろそろ別の方向から刺激を与えないと、面白くないだろう?」


「……」


「おや、どうしたのかね英雄王。君なら分かってくれると思ったのだが?」


「いやまあ、それは」


 大笑いしたくなるぐらいに、分かっている。

 

 俺達はきっと同じ種類の生き物だ。新しい常識を作り出し、時代が生まれる瞬間に快楽を見出している。

 力の充溢。それが多分、彼との間に共通する状態だ。


「外道同士、仲良くしよう。仲良く、殺し合おうじゃないか」


「……言い得て妙ですね、その外道って」


 お互い、外に向かって歩いている。

 俺は魔物に対して、彼は世界の支配構成に対して反論を抱いている。


「……最後にもう一度聞きたい。私と共に戦う気にはなれないかな?」


「なれません」


「理由を聞いても?」


 決まってる。


「俺の大切な人を、化け物呼ばわりしたでしょう? ……今は、それが一番の理由ですね」


「ははっ、なるほど。しかし私は、あの言葉を撤回するつもりがない。謝罪する気もない。よって――」


「ええ」


 戦う。

 ヒュドラの咆哮が、その意思を代弁した。

 動き出す八つの頭部。展開した魔弾ごと食い千切ろうと、大気を震わせて殺到する……!


「っ!」


 予め構えていた魔弾は、彼らの顔面へと吸い込まれた。

 仰け反り、悲鳴を上げるヒュドラだが、怯もうとはしない。一部の頭部が吹き飛ばされていようと同じだった。


 治っている。

 負傷した先から、次々に治癒されていく。ビデオテープが巻き戻されるように、骨と肉が再構築されていく。


 これが彼の能力。不死の属性が形にする、高速再生。

 何度吹き飛ばしたところで、その結果は変わらない。


「歳食ったのに相変わらずかよ……!」


 全盛期と変わらない戦いぶりに、口から出るのは文句だけだ。

 このまま戦い続けていたのでは埒が明かない。前回ほどの用意もないし、彼の再生能力を突破するのは不可能に近い。


 なら狙うのはトラシュスだ。

 彼が操っている以上、彼を倒せば止まる筈。九頭の竜、その本体を倒すよりは簡単な仕事だ……!


「っ……」


 飛び掛かる頭を回避して、彼我の乖離を詰めにいく。

 衝撃と雄叫びは尽きない。太鼓でも打ち鳴らすように、ヒュドラはコロッセオそのものを揺さぶっていく。


「この――」


 片っ端から吹き飛ばしていくものの、順調な流れとは言えなかった。

 もちろん、消耗らしい消耗はない。まだまだ魔力には余裕があるし、それこそ三日三晩の戦いになろうと生還できるだろう。


 だが倒せない。

 倒せなければ意味などない。この敵を越え、勝利へ到達しなければ――


「はは、どうした!?」


 自分の手柄でもないだろうに、トラシュスは楽しそうに挑発してくれる。

 応えられるのかどうかは、分からない。


「むっ」


 ありったけの魔弾を展開して襲いかかる首を一掃する。

 発生した一瞬の隙。しかしヒュドラの再生は一瞬、トラシュスを狙い撃つだけの時間稼ぎは行えない。


 だが別の場所なら狙える。

 天井だ。


「行け――!」


 撃つ。撃ち砕く。

 夜よりも暗い天井は、俺の魔弾によって木っ端みじんに吹き飛んだ。降り注ぐ瓦礫の山。トラシュスを押しつぶすには、十分すぎる規模があった。


 しかし彼を守る九つの首は、それらを正確にはじき落していく。防ぎ切れずヒュドラの身体に当たる場合もあるが、彼が頓着することはない。


 あくまでもトラシュスを優先に。海竜の王は初めて、自分以外の生き物を守るために動いている。

 十分すぎる隙だった。


「魔弾展開……!」


「ぬ……!」


 必殺は尾を引いて。

 無数の閃光が、トラシュス目掛けて駆け抜ける。


「甘いぞ!」


「!?」


 言葉と共に虚空から出現したのは、盾だった。かつての戦友が使用していた『女神の白盾』。

 それが、撃ち込まれた光の群れを四散させる。


「さすがに撃ち抜くことは不可能なようだな! さあどうする!?」


「っ――」


 瓦礫による誘導はもう使えない。すべてヒュドラの周囲に突き刺さるか、砕け散るかしていた。

 九つの首が、もう一度俺を見る。

 襲いかかった、その直後。


「むン!」


 突如現れた半透明の壁によって、攻撃がすべて遮断された。

 俺の前には杖を構える一人のゴブリン。王であることを証明するマントは、壁から流れる風に靡いている。


「ドヴェルグ!?」


「助けに来たぞ、友ヨ! ミドリが知らせてくれたのダ!」


「なに!?」


 飯作れって言ったのに、アイツ。

 ドヴェルグの魔術による障壁は、殺到するヒュドラの首を完全に堪えきった。が、既に次が構えられている。油断は出来ない。


「吾輩が防グ! その間に友は、敵の懐に潜り込メ! 至近距離での魔弾なら貫通できるだろウ!?」


「分かった……!」


 直後、ヒュドラの攻撃が再開した。

 四方八方から首が流れ込む。正面だけの防御では間に合う筈もなく、ドヴェルグは全方位に障壁を展開させた。


 隙を見計らい、首の間を駆け抜ける。

 背後から追い縋るヒュドラ。しかしその行為を、突き刺さった瓦礫やドヴェルグの障壁が妨害した。

 目の前には、未だに余裕を崩さない敵の姿。


「くらえ……!」


「――」


 その瞬間にも彼は笑って。

 光の中に、消えていった。

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