Ⅲ-Ⅱ

「――有り得ない。気が狂ったのか? 貴方は。それともあの化け物に絆されたのか?」


「化け物?」


「貴方の隣にいた、読心のスキルを持つ少女のことだ。……彼女のような存在は忌み嫌われる者でしかない。にも関わらず共にいるということは――」


 明確な批判を込めて、トラシュスは先の言葉を告げようとする。

 意見を聞きたくないのは俺の番だった。化け物? ミドリが? 言っていいことを悪いことがある。


「読心のスキルを持つ者は悪魔だ。奴らは私達の心を覗き、世界を乱す。あの少女が、貴方と共にいたところで害があるだけだ。考えを読まれて、何も面白いことなどない」


「……知り合いにでもいるんですか? 同じスキルの子が」


「いるわけがない。ただ、暗黒時代に女達の世界を作った、その発端が同じ能力を持っている。あの少女が同じ結果を呼ばないと何故言える?」


「彼女はそういう性格じゃありませんよ。……っていうか、それなら船に乗り込んできた時点で始末するべきでは?」


「正直、私は貴方があの船に乗っているとは知らなかった。ジュピテルに潜り込ませた間者から、召喚の情報を聞いていたぐらいだ」


「なるほど」


 ともあれ、ミドリに危害を加えさせる気はない。

 部屋に漂っていた緊迫感が、形を帯びてしまいそうなぐらい濃くなっていく。扉の向こうにいる衛兵も、きっと中の異変を感じ取っていることだろう。


 それでも逃げる素振りはしない。俺は間違いを言ったわけでもないんだから。


「……貴方の言葉には根拠がない。読心を持つ巫女は、常に世界を動かしてきた。あの少女もいずれそうなる」


「彼女がそれを、望まないとしても?」


「そうだ、外堀を埋めることなど簡単だ。貴方にどのような意思があろうと、民衆はいつかあの巫女を求める。失われた歴史ですら、それを証明している」


「……だからなんですか?」


「何?」


 ミドリの意思を度外視しているトラシュスには、怒りを禁じえない。

 もちろん、彼女がそれを求める可能性はゼロじゃないんだろう。仮にそうなったとしたら、俺はその決定を尊重する用意がある。


 しかし、今の段階で一体何が言えるのか。

 否定も肯定も出来ない筈だ。ここに当人はいないし、歴史が証明しているからと言っても根拠にはならない。


 かつて。

魔王を討伐する時も、魔物との共存を持ち出した時も、俺は同じことを言われた。不可能だ、歴史がそれを証明している、と。


 それでもやった、歴史の定型を人の力で覆せると証明した。

 なら今回だって同じことだ。どれだけの人間に包囲されようと、ミドリの願いを、理想を第一にする。世間なんて関係ない。


 彼女を幸せにする。

 俺に課せられた仕事は、それだけだ。



「……俺と貴方の意見は相容れないようですね。お互いのためにも、ここは無かったことにしましょう」


「――」


 失望からか、トラシュスは視線を下げて動かない。


 俺もこれ以上付き合うつもりはないので、問答無用で居間を後にした。廊下へ出ると直ぐに兵の姿があって、人も殺せそうな目で睨んでくる。


「――待ちたまえ」


 そのタイミングでもなお、トラシュスは諦めようとしなかった。

 腰を下ろしたままである彼の眼差しは、完全に冷え切っている。


「貴方には何も読めない筈だ。少女の本心も、貴方がどう思われているかも。……にも関わらず、時間を共有すると?」


「ええ」


 意思は堅いまま動かない。


 これ以上は会話に進展がなさそうなので、俺はそのまま廊下へと足を運ぶ。左右にいる厳めしい男達の眼差しは主人と同じだった。


 居間にいたメイドの案内で、俺は玄関へと戻っていく。トラシュスの部下は同行しない。大方、主人へ同調しに向かったんだろう。

 微かに、ガラスの粉砕される音が聞こえた。


「……大変そうですね」


 静寂が戻ってくる中、人目がないことを確認してメイドに尋ねる。


「いえ、そこまででは。ジュピテル以外にも監視を送り込んでいる国はありますので、そちらの方が面倒なぐらいです」


「何か手伝えること、ありますか?」


「そうですね……申し訳ありませんが、手を貸して頂けると幸いです。囚われた者達の生死については掴めましたが、監禁場所が分からないままで」


「候補とかはあるんですか?」


「コントスの郊外です。以前から、そこでトラシュスの部下が目撃されています。ただ、具体的な場所までは……」


「分かりました」


 話している間に、場所はあの円柱があった広すぎる玄関へ。何人ものメイド達が忙しそうに動いているのが印象的だった。

 俺の前にいる彼女は、そのまま無言で進んでいく。


「――気を付けてください」


「トラシュスさんを、ですか?」


「はい。彼の家系は、コントスの教会で埋葬された英雄に連なるもの。彼らはその誇りと共に生き、暗黒時代が訪れるまで栄えていたと聞きます」


「……そうでしたか」


 あまり、嬉しいニュースではなかった。

 不要な同情が湧いてきてしまう。もちろん根本的には彼らの自業自得なんだろうけど、そこで割り切れるほど鬼にはなれない。


「それと、彼は何か切り札を持っているようです。魔物に関する何かを」


「海竜とか、ですか?」


「そこまでは。……王の方で調査を行うのであれば、出来るだけ目立たないようにお願いします。コントスの者達に気付かれると、騒ぎになる可能性もありますので」


「努力します」


 踵を返したメイドに一礼されて、俺はトラシュスの邸宅を後にする。

 青空と空腹の音が、俺を出迎えるすべてだった。

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