Ⅲ-Ⅰ
トラシュスが所有している馬車に乗って向かったのは、コントスの中心部。
やってきた俺達を迎えたのは、幅が教会の二倍はありそうな邸宅だった。外壁は白亜の一色で覆われ、どこか古代の神殿にすら思えてくる。
邸宅の警備に当たっているのは、鍛え抜かれた身体つきの男達。
俺の常識からすれば当たり前なのだけど、世間的には珍しい光景だろう。ジュピテルの城を歩いた時も警備は女性ばかりだったし、どこか新鮮な感覚さえある。
「こっちだ」
トラシュスとその部下に囲まれながら、俺は邸宅へと入っていった。
ロビーには巨大な円柱がいくつも並んでいる。これでは神殿風、というよりも本当に神殿だ。柱の表面には神話のワンシーンらしきものまで刻まれている。
ひょっとすると、暗黒時代を乗り越えた歴史的な建造物なのかもしれない。千年前の教会も、一部がこれと同じ作りをしていた。
あるいは、当時の技師を雇って作らせたのか。
様々な想像を浮かべつつ、口を堅く結んだまま奥へ。俺を囲んでいる男達は猜疑の目を向け、落ち着きが完全に欠けていた。
「そう警戒しないでくれたまえ。私は君と友好を深めたいのだ」
「……」
欲しいのは盲目的な忠誠にしか思えないが。
くっ、と口端を釣り上げて、出しそうになった批判を冷笑で済ませる。当然ながら左右の彼らは気付いていたが、実力行使に移るような愚行は犯さなかった。
それから一分もしない内に、一つの部屋に招かれる。
どうも居間らしい。木製だが艶のあるテーブルが、東から差し込んでいる陽光を反射させている。
椅子は二人分。俺とトラシュスのものであることは言うまでもない。
「下がれ」
苛立ちを保ったままの部下達へ、金髪の主人は短く言った。
彼らは素直に従って居間を後にする。代わりに出てきたのは、エプロンドレスに身を纏ったメイドらしき二人。片方はトラシュスが着ている白の上着を受け取り、部屋の片隅にかけていた。
俺に近付いてくるもう一人も、無言で上着を渡すよう手を差し出す。
トラシュス自身に好意なんて微塵もないだろうが、それと彼女らの仕事は無関係だ。戦闘能力が落ちるわけでもなし、俺はギルドの赤いローブを美女に渡す。
『ご心配なく』
そう、脳内に直接言葉を受けながら。
念話である。そして彼女が告げた言葉には、一つ心当たりがあった。
ユキミチに付いていた監視の女性達。彼女らの無事を、メイドの女性は知っているのかもしれない。
もう少し話を掘り下げたいところだが、念話を使うにしてもアニュトスの目を盗むのは困難だ。あれにはそれなりの集中力が必要になるし。
「君を呼び出した理由は一つだ」
テーブルの上に両肘をついて、邸宅の主は厳かに語り始める。
「この世界を元に戻すため、私に協力して欲しい」
「元に戻す……?」
「そうだ。こちらの世情については、既に説明を受けているだろう? もともと男達の社会だったのが、民衆の下らん感情によって女の社会となったことを」
もちろん知っている。首を横に振っても話が長引くだけだし、俺は素直に縦を選んだ。
希望通りの反応に、トラシュスは満足げ。前のめりな姿勢となって、本格的な勧誘の構えを取る。
「世界をあるべき姿に戻すため、協力して欲しい。民衆から、女から国家を取り戻すのだ。そしてかつて語られた世界国家を、我々の手で復活させる」
「……一ついいですか?」
「ああ、構わないとも」
無事に発言権を確保して、俺は肺の底まで息を吸う。
少しでも情報を引き出すことが、今は肝要だ。向こうは多少なり、好意的に接してくれているわけだし。
ま、どんな条件を出されても手を組む気はないけど。
「どうして俺の力が必要なんです? 俺が召喚された勇者だから、ですか?」
「その通りだ。君は、君たちには我らが太祖・英雄王と同じ力が流れている。君達こそ、世界の継承者なのだ。……私も勇者の家系ではあるが、世代を得ていることで力はほとんどなくてね」
「なるほど。じゃあもう一つ聞きたいんですが、他に協力関係となった勇者はいますか?」
「一人いる。君の友人……かな? 同じように黒髪だったが」
「ああ、それなら」
どうもこの男が、ユキミチの協力者だったらしい。
念話を聞いた時点で怪しかったが、これで確定した。今回、主に叩きのめさなければならない敵のことも。
頭の中をさっさと整理して、俺はトラシュスを見つめ返す。
「お話の方ですが、お断りします」
「――」
「興味がありませんし、付き合ったところで面白くなさそうなので。残念ですが他をあたってください」
では、と俺は座ったまま礼をしてから、腰を上げる。あまりにサッパリとしている所為か、部屋にいる二人のメイドはうろたえるばかり。
トラシュスも似たようなもので、絶句したまま固まって動かない。何十年と続いた鉄の結束を一言で切り捨てられた、そんな顔をしている。
俺が退出しようとしても、彼はまるで動こうとしなかった。
「――待ちたまえ!」
ドアノブに手をかける直前、彼はショック状態から回復する。
「君の――いや、貴方の正体は知っている!」
「……」
「どうか我らにご協力願いたい! このままでは世界から、勇者の血筋が消えてしまう! 貴方の功績が消えてしまう! どうか――」
「俺は興味がないと言いました。答えはそれだけですよ」
「な……」
信じられない、とばかりにトラシュスは目を見開いていた。後ろからど突けば目玉が落ちるんじゃないか、っていうぐらい。
しかしその気持ちは、そのまま返してやりたいところだった。勇者の家系だなんて、そもそもの原因に属してるじゃないか。
まあ彼自身が罪を犯したわけではない。多少の考慮は必要だろう。
「何故だ! 貴方は戦い、その果てに世界は統一された! 崩壊の引き金となった、暗黒の時代が憎くはないのか!?」
「憎いですよ、そりゃあ。貴方に言われるまでもなく、俺は引き金を引いた人間に好感を持てないでしょう」
「だったら何故!?」
「や、貴方と手を組むことに興味がないんですってば」
突き詰めてしまえば、そんなところ。
彼は唖然として動かない。そんな子供じみた意見は聞きたくないと、驚いたままだ。
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