Ⅱ-Ⅱ

「成長してからも、周囲の輪に加わってるのは同じでした。まあ本人はさすがに飽きてたみたいですけど」


「そして、一緒に行動を共にするように?」


「そうなりますね。ギルドの方にも、一緒に冒険者の登録をしまして。……本当に色々と急で、その――」


 胸のうちを告白しそうになって、俺は口籠ってしまった。


「どうなさいました? 遠慮せずに仰ってください」


「いやでも……」


 口にすることで、より疑念を深めそうで抵抗がある。


 分からないのだ。

 ミドリの考えていることが、いまいち掴めない。確かに俺のよく知っている少女だし、アンブロシアに来てからの急激な接近は喜ばしいものだ。


 故に、危うさを感じてしまう。

 彼女が生き急いでいるような予感。明るさの裏にあるナニかを、自分は見抜けていないんじゃないかと。


「……なるほど」


 少し痛いぐらいに俺の手を握っているシスターは、妙な圧を放って納得していた。


「参考程度に留めておいて欲しいのですが……ユウさんもミドリさんも、焦っているのではないでしょうか?」


「……どうしてそう思うんですか?」


「今の話を聞く限り、お二人の間には距離感の変化があったように思えます。ユウさんは、あまり他人と一緒に騒ぐ性格ではなさそうですし」


「……」


 ほぼ初対面の人間に言われると、少しばかりショックを受ける。もちろんシスターは、悪い意味で言ったんじゃないのだろうけど。

 にしても、彼女の指摘は的確だ。まるで人の心を読んだかのように。


「きっとミドリさんは、今まであった貴方との距離を、時間を埋めようと必必死なのでしょう。だから少しでも長く一緒にいたいですし、迷惑もかけたくないと我慢する。つまり焼きもちを妬いているんですよ、彼女は」


「だ、誰にですか?」


「それは分かりません。ユウさんの近くにいる、魅力的な女性へ――じゃないですか? まあ女性である必要はないですけど。とにかくミドリさん以外で、ユウさんが夢中になれる何かですよ」


 思い当たる節は、無いわけじゃない。

 例えば異世界召喚それ自体だ。胸を張って言うべきかどうかは不明だが、俺はアンブロシアに戻ってきて心が躍っている。


 もちろん理由のないことじゃない。自分では納得できるものだ。


 しかし、ミドリは違う。

 俺が魔王討伐に費やした時間や労力は、彼女にとって完全に未知のものだ。豹変した、と内心思われていたって仕方ないかもしれない。


「それにミドリさん、人のお世話をするのが好きそうですし。……ユウさんに認めて欲しくて、仕方ないんですよ、きっと」


「なんですかね……」


「ふふ」


 シスターは手を離すと、そのまま信徒席から立ち上がった。


「ミドリさんはとても良い方ですから、大切にして上げてください。あ、式は是非この教会で。私まだやったことないんですよ、愛を誓いますか? ってやつ」


「は、はあ?」


「いやー、楽しみですね。若い男女の未来を祝福するその日が。先日も女神からお告げがあったんですよ。黒髪の二人組がお前のラッキーアイテムだって」


 該当する神の顔が直ぐに浮かんで、それまでの気分が一気落ち込む。


 まあ、あの女神はそういう性格だ。千年前の時も何度苦労させられたことか。魔王討伐すら自分達の娯楽として捉えているんだから、本当にタチが悪い。

 許されるなら、いつか直にぶん殴ってやりたいところである。


「では私はこれで。お二人に、神々の祝福があることを祈っています」


「どうも、ありがとうございました」


 言葉は定型的でも、深々と頭を下げて最大限の敬意を示す。

 シスターも同じように会釈をして、女性司祭の後を追っていった。本音を言うと俺も同行したいところだが、ミドリの回復を思えば我儘は言えない。


「その前に、考えなきゃいけないこともあるしな……」


 シスターの指摘した、焦り。

 俺は異世界を謳歌しようとして、ミドリはそれに追いつこうとして焦っているのだとすれば。安心の材料をどこかで示さねばなるまい。


 異性としての愛情とかでは、たぶん足りないんだろう。もっと効果的な方法が必要だ。

 誤魔化すようなやり方だって好ましくない。彼女は、人の心を読めるんだから。


「……って、既に焦ってるな」


 信徒席に深く座りこみながら、自嘲が零れる。

 そうだ、焦りが原因なら、焦ることをまず止めないといけない。時間はたっぷりあるわけで、彼女を理解させる時間も同じようにある。


 今回のことで多少は痛い目にあったわけだし、無茶については今後控え目になると信じよう。


「昼飯でも食いに行くか」


 タイミング的には悪くない。ここでミドリが戻ってくるのを待っていても、暇を持て余すだけだろうし。


 でも自分の行き先は告げておこう。無言で消えたら、それこそミドリの不安を煽ってしまう。

 俺は近くにいるシスターへ声をかけ、女性司祭や先ほどの彼女へ伝言を託した。


 魔王討伐をイメージしたものだろう。荘厳なレリーフが刻まれた二枚扉を、俺はそのまま通過する。


「やあ、船の少年」


 直後に、足が止まった。

 コントスの領主・トラシュスである。彼は二名の部下を引き連れ、威圧的な面貌で俺を睨みつけていた。


 剣呑な空気を感じ取ったシスターが、慌てて駆け寄ってくる。が、獰猛な肉食獣を連想させる領主の一睨みで、その場に立ち止るしかなくなった。


「……何の用ですか?」


 因縁をつけにきたのは明らかだろうけど。

 平静なままの俺に何を感じたのか、トラシュスは鼻を鳴らして背を向ける。ついて来い、という無言の命令だろうか。


 同意してやる理由は一つもないけど、下手に拒絶して癇癪を起されるのも面倒である。


「ユウさん……!」


 後ろからは、別れたばかりのシスターの声。

 落ち着くよう身振りで示した後、大丈夫ですよ、と俺は一言だけ返す。


 焦らない、焦らない。ミドリへの態度を改める、良い試験運転だ。

 それに。

 王者とは常に、泰然としているものである。

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