Ⅱ-Ⅰ

「原因は疲労と、魔力酔いですね。今日一日、安静にしていれば回復すると思いますよ」


「そうですか……」


 俺はホッと胸を撫で下ろしながら、教会の責任者らしい女性司祭の言葉を聞いていた。


 現在地は礼拝堂の一角。人の往来は一段落しており、忙しなく動き回っていたシスター達の姿も見えなくなっている。

 女性司祭は立ち上がって一礼すると、礼拝堂の奥にある扉を潜っていった。


「良かったですね、大事に至らずに済んで」


 ふふ、と微笑しながら隣に座ってくるのは、ミドリへ手を貸してくれたシスターだった。


 歳はこちらと同じ、十代後半といったところだろう。落ち着いた物腰は高貴な身分であることを匂わせる。ひょっとすると、貴族の家系から預けられたクチだったりするんだろうか?

 勘ぐりは適当なところで止めにして、俺はシスターの言葉に肯んじる。


「そうですね、結構無理してたようですから……」


 一体、いつからだろうか? 魔力酔いとなると、ゴブリンの巣に向かった昨日だろうか? あるいはさっき、海竜と一緒に向かった時?


 推測は推測を呼び、結論までは辿り着けない。一番必要なのはきっと、彼女の回復を願うことだろう。

 ならそうしようと心を決めて、女神がデザインされたステンドグラスへと目を運ぶ。


「ところで、お二人はどのような関係なのですか? もしやご兄妹で?」


「いえいえ、単なる昔馴染みですよ。つい最近までは距離があったんですけど、まあ色々あって一緒に行動するようになって」


「まあ、素敵な関係ですね。私は付き合いの長い殿方がいないもので……貴方がたのような関係には、少し憧れます」


「……お互い、甘えすぎちゃうところもありますけどね」


 何度目か分からないため息が、自然と口から零れていた。

 いかんいかん、後ろ向きな考えは止そう。解決すべきはこれから先の行動であって、過去を嘆いたって仕方ない。


「あら、甘えすぎて何か悪いのですか?」


「へ?」


 以外にもシスターは、俺の罪悪感に興味を示してきた。

 澄んだ青色の瞳に、攻撃的な意思はいっさいない。年頃の少女らしく、無邪気な本心を浮かべている。


 っていうか。

 さっきミドリへ出した言葉が第三者から来て、俺は目を点にするだけだった。


「ミドリさんが倒れる少し前から貴方がたを見ていましたが……とても良い関係だと私には思えます。ユウさんにはユウさんの、ミドリさんにはミドリさんの願望があって、とても素敵ですよ」


「が、願望?」


 神様に仕えている人の台詞か?

 いやしかし、神々は自分の快楽のためであれば手段を選ばない連中である。その下にいるシスターや司祭が、一癖か二癖ある人物だろうと不思議はないかもしれない。


 となると逆に興味が湧いてきて、俺はシスターの瞳を覗き返していた。


「ミドリさんは、自分の求めているモノでユウさんを振り回すことを辞さない女性だと思います。司祭様の診察中、少しお話もしてきましたので。間違いないでしょう」


「なんか、凄い厄介な女の気が……」


「確かにそうかもしれませんね。ですがミドリさんは、貴方に全幅の信頼を置いているからこそ、我儘を言うのです。……まあ、今回については行き過ぎているかもしれませんが」


 言いながら、名前も知らないシスターは俺の手を取った。

 不意のことで全身が硬直する。もちろん彼女的には、迷える子羊へ手を差し伸べたぐらいの気持ちなんだろうけど。


 しかし、しかしだ。フラットな眉と、彫刻のように整った顔立ちでは心臓に悪い。包むように触れる指先も、脈拍数を上げる一因だ。


「私でよければ、相談相手になりますよ? ミドリさんに話しにくいこともあるでしょう? 赤の他人にぶつけてしまった方が、気が楽になります」


「と言われても……」


 はてさて、何を話せばいいのやら。

 悩んでいる間もシスターは手を放さない。むしろ強くなっているぐらいで、色々と勘違いしてしまいそうになる。


「……じゃあ、昔のことなんですけど」


「はい」


「彼女、男一家に生まれまして。初めての女の子だし末っ子だしで、随分と大切に育てられたらしいんですよ」


「ふふ、お優しいご家族ですね。私の家は逆に女だらけなので憧れます」


「あ、そうなんですか。……でまあ、彼女も世話されっ放しは嫌だったらしいんですね。だから色々手伝おうとしたらしいんですけど」


「拒否されてしまったと?」


 頬を膨らませて文句を流すミドリを思い出しつつ、俺はシスターに頷きを返す。


 作戦が失敗した彼女が頼ったのは母親だった。自分も皆の役に立ちたいと、協力を申し出たのである。


 しかし第二弾も見事に失敗。そもそも彼女の家にいる男性陣は、意外にも家事には積極的だった。娘を含めて四人も子供がいたため、自然とそうなったらしい。


 ともあれそうして、ミドリの作戦は根本から成り立っていなかった。木島家は人手不足に縁遠いお家だったのだ。


 そこで彼女が目をつけたのは、学校。

 何をトチ狂って選んだのかは分からない。が、ミドリはそこで作戦通り、あるポジションに君臨することとなる。


「カギ大将、って分かります?」


「ああ、分かりますよ。やんちゃな子供達のまとめ役ですよね?」


「そう、それです。……家で上手くいかなかったミドリは、そっちに活躍の場を求めまして。中学校――十三歳ぐらいになるまでは、かなり有名な子だったんですよ」


 普段は可愛らしいが、暴れると手がつけられない。

 もはやどこかの猛獣である。まあ家の方では比較的落ち着いていたので、家族もそこまで心配はしなかったが。

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