Ⅰ-Ⅱ

「ジュピテルのところでは、ちょっと曖昧だったからね。改めて聞けて満足だよ?」


「さいですか……」


「疲れたような顔しないのっ。そんなに恥ずかしかった?」


「そりゃお前、こんな人前だぞ!?」


 教会に近付いているということもあって数は減っているが、群衆と呼べる単位の住人がいることに変わりはない。

 オマケに飛んでくる疎らな拍手。行き先を考えると、早大に誤解されていそうな気がする。


 まあいつか、胸を張って行きたい場所ではあるけれど。


「ん、ユウ君はやっぱり初心だねー。もう少し堂々としてていいんだよ?」


「言われて直ぐに出来ることじゃないだろ……」


「あー、それはそうかもね。でも自信持っていいのは本当だから、それだけは忘れないで。ユウ君を大好きな私が保証します」


 とびっきりの笑顔を向けて、彼女は俺を黙らせる。

 そのまま、真っ直ぐに教会へと歩いていく。開け放たれたままの二枚扉が近付き、定期的に人の出入りも行われていた。


 中は意外と、地球にあったような教会像と変わらない。

 何十と並ぶ信徒席、意匠が凝らされたステンドグラス。差し込んでくる陽光は宝石のように輝いている。


 神秘的な雰囲気に魅了されるまで、そう時間はかからない。一言ぐらい感想を出そうとは思うけど、それすら頭の中からは消えてしまった。


「――っと」


「? ミドリ?」


 気付けば、彼女が足をもつらせていた。

 完全に膝を突きそうになる直前で、どうにかミドリの身体を支える。何か別のことに気を取られてたんだろう、と彼女の譲りな楽観を抱きながら。


 しかし不意に触れた手は、びっしょりと汗で濡れている。


「み、ミドリ?」


「っ」


 顔を覗き込みながら呼ぶと、彼女は途端に目を反らしてしまった。

 何か隠そうとしているのは明白で、俺は逃げようと立ち上がる彼女の手を握る。大量といっていいぐらいの汗は錯覚でも何もなく、その不調を訴えていた。


 見れば顔面蒼白。さっきまで元気に話していたのが嘘みたいだ。

 あるいは、単なる空元気だったのか。


「な、何?」


 無理やり手を振り解いて、ミドリはいつも通りの抑揚で尋ねてくる。


 今でも隠し通せると思っているんだろう。……甘い考えだと叱りたくなると同時に、ついさっきまで気付けなかった自分を殴りたくなる。


「調子が悪いなら先に言え。酔ったのか? それともスキルか?」


「べ、別に何でもないって。ちょっと躓いただけで――」


 身体は本人の願いを裏切っていた。前に歩こうとしたものの、膝からくず折れてしまったのだ。

 近くにいたお陰で助けに入れるけど、このまま町を歩くなんて無茶でしかない。


「で、どうなんだ? 原因が分からないと治しようがないぞ」


「だ、だから大丈夫だってば! ユウ君もしたいことあるんでしょ? 急がないと、そろそろお昼になっちゃうよ」


「お前なあ……」


 見るからに息が荒くて、肩まで揺らしている人間の台詞じゃない。

 そりゃあ優先してくれるのは嬉しいかもしれないが、ミドリがこんな状況では喜ぶ以前の問題だ。どうにか彼女を病院なり、休める場所へ連れて行かねばなるまい。


 手を貸そうとしても素直に甘えない想い人を見ながら、俺は辺りへ視線を走らせる。


「あの、どうかなさいましたか?」


「う」


 苦々しい顔付きになったミドリの正面には、修道服を着た若い女性が立っていた。間違いなくこの教会に務めている人物だろう。


 万事休すとばかりに、幼馴染は項垂れている。やはり体調が悪い自覚は持っている模様。


「顔色が優れませんね……よければ休んでいきませんか? 長旅でお疲れでしょうし」


「い、いえ、私は――」


「彼女だけでも休ませてやってください。この辺りに慣れてなくて」


 ミドリの拒否を遮って、俺は修道服の女性に言い切った。

 非難がましい目を向けられるのは当然だが、憔悴しきったミドリはそれどころじゃないらしい。直ぐに力が抜けて、また倒れそうになっている。


 一体、どれだけの我慢をしていたのだろう?

 何気ないため息は、自分の不甲斐なさに当てられたものだ。ミドリをハシャいていると評したが、彼女よりも周りが見えていないのは俺だったらしい。


 教会の女性――シスターと呼んでいいのか分からない彼女は、俺に変わってミドリに手を貸していた。彼女の方も素直に甘える。


「では奥の方に部屋がありますので、そちらへ。医術に詳しい者もおりますので、直ぐに診てもらいましょう」


「ありがとうございます」


 いえいえ、とかぶりを振るシスターに沿って、俺は教会の中へ。

改めてステンドグラスの美しさに魅入る中、入り口を挟むように置かれた台座の上へ興味が向かう。


そこには木彫りの像があった。左右で別のデザインで、片方は盾を持った者。もう片方は剣を掲げた、精悍な青年の像である。


 いや、精悍とか言っちゃいけない。ただの自画自賛じゃないか。

 まあこれを作った職人の腕は、素人目にも褒めた方が良さそうな気はする。事実とはやや異なっているが、細部までの作りは見事だ。


「……お久しぶりです」


 当時から年上だった盾の使徒へ、俺は小さな声で挨拶する。

 ――きっと、目の錯覚だろうけど。

 木彫りの戦友からは、元気な再会の挨拶が聞こえた。

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