第七章 港町コントス
Ⅰ-Ⅰ
無事に全員と交渉を終了させて、俺とミドリ、セネカの三人はコントスに降り立った。
一言で町の特徴を言うのであれば、多種多様な人間が交差していることがまず目立つ。商売目的で訪れている物はやはり多そうだが、それでも髪の色や肌の色、服装には統一感がない。
なるほど中立の二文字は、決して飾りではないのだろう。ああいう
「ようこそコントスへ。町の主人ってわけじゃないけど、歓迎するよ。……ところで、君達はこれからギルドに?」
「そうですね、一度顔は出しておこうと思います。ただ――」
「ただ?」
「ここに魔王討伐に加わった英雄の墓があるって聞いたんです。どこにあるのかご存知ですか?」
「ああ、それなら教会にあるよ」
話しながら、現在地である港から南西をセネカは指した。
詰め込まれた建物の中でも、ひときわ目を引く建造物がその先にある。頭一つ突き抜けた屋根に聳える巨大な盾。本物なのか、原物に似せて作った装飾品なのかは分からない。
でも、覚えている。
馬鹿デカイ盾を持って、仲間達を守ってくれた男の背中を。
「……」
「あそこが教会だ。英雄王と
「は、はい?」
「もしかして船酔いでもしたかい? ボーっとして」
「あ、ああ、大丈夫ですよ」
努めて冷静を装い、俺は無理に笑ってみせた。
セネカはひとまず納得してくれたようだが、怪訝そうな目は相変わらず。が、事情があることを思い出したのか、表情から力を抜いた。
「えっと、じゃあ今日のところはここで解散かな。主人の娘さんと会う目途が立ったら、ギルドに連絡する方向でいいかい?」
「はい、お願いします」
逸る気持ちを押さえながら、俺はセネカに改めて一礼した。ここまで連れて来てくれた礼と、船員達を説得してくれた感謝と、過去を探ろうとしない義理堅さに感謝するため。
しかし彼は、大したことじゃない、と手を左右に振るだけだった。
「僕はただの商人さ。受け取れる利益があって、君達に味方をした。それだけだよ」
「中には、商売ごとと関係なさそうなこともありましたけど? 船にいた皆さんのこととか……」
「ふふ、ユウ君は商人に不向きだね」
「は?」
「君と信頼を築くことは、将来的に見て有益、ってことさ。珍しい魔物の素材を手に入れた時は、真っ先に僕へ声をかけてくれる、とね」
「――そうですね、そうします」
最後に笑みを交わし合って、その巨大バックを見送ることとなった。
自分でも理由が分からないまま、ずっと俺は手を振っている。彼の姿が人混みに消えても、あのバックだけは見えていることだし。
それでも、時間が経てば完全に見えなくなるもの。セネカが角を曲って建物の影に消えたところで、挙げていた手をようやく下ろす。
「……思ったよりも冷たい人じゃない? セネカさん」
なんと。案外親しく接していたと思いきや、ウチのお嬢様は批判にしか聞こえないことを言っていた。
ミドリにしては珍しい。彼女はよっぽどのことがない限り、影で悪口を吐き出すなんてしない子だ。
それだけ彼女にとってはショックだったのか、あるいば別の理由か。
下手な推測はせず、そうか? と俺は何も無かったかのように言い返す。
もちろん、当人はご不満の様子。
「だってさ、あの人はユウ君を利用するって言ったんだよ? 単なる利害の一致で関係を持つなんて、冷たすぎない?」
「おいおい、昨日知り合ったばっかりの相手だぞ? 利害の一致で協力するなんて、むしろ自然な方じゃないか?」
「でもギルドの人達は、もっと暖かく迎えてくれたんじゃん。アレは?」
「うーん、アレだって利害の一致って言えばそうなるんじゃないか? アデルフェさん達は俺達っていう人手を確保して、俺達はその代わりに秘密を守ってもらう、ってさ」
「むー」
心底、とまでは行かないが、ミドリは納得できていないらしい。
疑問を解消させてやるべきか悩みものだが、ここで流しても益は出ないだろう。セネカに対し、不満を引き摺ってしまうだけだ。
俺は腕を組んで、どう説明したものかと作戦を練ってみる。
「……よしミドリ、利害関係の一致、とやらを良いモノとして考えよう」
「良いモノ?」
「そう、簡単に信頼が確立できる良いモノだ。その後から心の籠った信頼に移ったっていいんだし、友情入門としては悪くないと思うぞ?」
「入門、ねえ……」
やはり納得した風ではないが、俺は構わず歩き始めた。目指すは右手の先にある教会。せっかく来たんだから、旧友の墓参りは済ませないと。
頭の中で色々考えているのか、ミドリの足取りは重かった。うーん、と思案に唸る音がコントスの喧騒に消えていく。
まあ気持ちは分からないでもない。言葉から連想するイメージは、決してプラスではないだろう。
なので、
「ユウ君は、それと同じ理由で私に優しくしてくれるの?」
わりと爆弾じみた疑問を、さっくり投下してくれた。
いやいや落ち着け。さっき自分で、良いモノとして考えろ、って言ったばかりじゃないか。丁寧に説明すれば、ミドリも分かってくれる筈。
それでも冷汗は出ていて、掌を濡らしながら俺は話すことにした。
「……ミドリが楽しそうだったり、幸せそうだったりすれば、俺は凄く嬉しいぞ。ミドリだって、日々つまらない方が楽しい、ってわけでもないだろ?」
「それはそうだね。――でも、それだったら他の人でも私を楽しませることは出来るんじゃない? ユウ君の意見、ちょっと後ろ向きだと思うんだけど」
「いやそれは、その……」
「その?」
直前までの重い空気を取っ払って、ミドリはニヤついたまま下から覗き込んでくる。
何だろう。ハメられている気がするのは気のせいでしょうか?
彼女の指摘を引っ繰り返す言葉など、俺には一つしか浮かんでこない。ミドリはそれを言わせたいんじゃなかろうか?
堅く口を結んだままの俺を、彼女は楽しそうに観察している。
教会の正面が見え始めても、そんな構図は変わらない。イタズラ好きな妖精のように、愛らしい表情で俺の周りを回っている。
「ねえねえ、どうなの? 代わりがいそうなことを、ユウ君はやりたいの?」
「……ああそうだよ、やりたい。でもそのままでいるつもりもない」
「つまり?」
「……一番幸せにしてやれる人間になりたいんだよ、ミドリのこと」
途端、彼女は花が咲いたような笑みを形にした。
「よっしゃ! 言質いただきましたー!」
「やっぱりか……!」
「いやー、いいタイミングかと思ってね。不意打ちって重要でしょ? あ、別にセネカさんのことは嫌ってたりしないから、ご安心を!」
あり余る喜びを表現するためか、彼女は町中にも関わらず踊っていた。
左右に揺れるだけの簡素な踊りだが、生来の美貌もあってとても絵になっている。どこかの貴族令嬢かと見紛う声が出るほどだ。
一通り感情を発散したミドリは、いつも通り右腕に定位置を占める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます