Ⅱ-Ⅱ

「なあ、皆の墓ってどこにあるか知ってるか?」


「大半はノヴァスティーノにあると聞ク。地元の王達は、故郷で埋葬されたとのことダ」


「そっか……」


 いつか、顔を出してやりたい。

 せっかく目立たないように言われているのだ。それを最大限利用し、ギルドの冒険者として各地を回りたい。


 それも出来るだけ早く。ドヴェルグとの約束がある以上、いつかは表舞台に立たねばならないのだ。正体だっていつバレるか分からないんだし。


「なあ、ここから一番近い連中の墓ってどこだ?」


「ついさっきお前達が向かおうとしていた、北の町にあった筈ダ。吾輩が直に見たわけではないが、冒険者達の噂を何度か耳にしていル」


「お、なかなか好都合だな」


 とはいえ、純粋な観光気分ではいられない。

 ユキミチから聞いた奴隷商が気になる。話を聞く限り北の町はかなり大きそうだし、そちらに向かっている可能性はある筈だ。


 ジュピテルだって候補には上がるが、向こうからすれば敵の懐。優先順位は低くなる。


「心の準備をして行くとするかね。つっても、海竜の治療が――」


「ユウ君、ユウ君!」


 じっと現場を見守っていたミドリは、なぜかこちらの方に戻ってきていた。可憐な細い眉を、葛藤で曇らせながら。


「シー君はね、お母さんと逸れちゃったんだって。それで探してるウチに、あの湖へやってきたらしいよ」


「やっぱり子供だったのか……シー君?」


「うん、名前。さっきつけた」


「そ、そうか」

 本人の同意は得てるんだろうか? と、ミドリの向こうにいる海竜・シー君へ両目を向ける。


 幼いとは言えそこまで子供ではないのか。雄か雌かも分からない水の竜は、どこか困惑した顔付きである。

 本名が別にあるのか、そもそも個体名称自体に困っているのか。

 果たしてどちらなんだろうかと、ミドリの言葉に耳を傾けながら思う。


「それでね、船から母親の気配がしたから近付いたんだって。あ、鳴き声は寂しくてつい漏らしちゃったらしいよ?」


「漏らしたレベルの話じゃなさそうなんだが……まあ親御さんとの再会はさせてやりたいな。どこにいるのかサッパリだけど」


「だよねえ。シー君も分からないって言ってるし……あ、船が来た方向とか分かれば手掛かりになるんじゃない? セネカさんなら知ってると思うけど」


「まあ、そうだな」


 船の中に母親を閉じ込めている――なんて予感も浮かんだが、海竜の巨体でそれは無理だろう。沈没するに決まってる。


 そもそも気配って何だ? 確かに海中で生活している彼らは、嗅覚が優れているわけじゃないだろうけど。


「なあミドリ、感じたのは匂いじゃないのか?」


「うん、違うって。魔力の気配を感じた、って言ってたよ。船が入った町とかで付いたんじゃないかって」


「なるほど……」


 あの辺りにある船が、高い頻度で立ち寄る町。

 直ぐに思い浮かぶのは、やはり北の港町だ。様々な国から物が流れるとあれば、海竜なんてキワモノが入っている可能性はあるかもしれない。


 まあ、他に手掛かりが無いだけとも言えるが。


「よし、セネカさんに詳しく話してみるか。魔物が捕獲されたりする場合が、どれぐらいあるのかも知れるだろうし」


「じゃあ一回、あの村に戻る?」


「だな。……というわけでドヴェルグ、後のことは頼んでもいいか? 今日中には戻るからさ」


 ちょうど暴れはじめた海竜に目を向けつつ、ゴブリンの王へ提案する。

 彼は相槌を打って、杖に取りついた魔石を外していた。


「怪我人は吾輩が責任を持って送り届けよウ。友は己の使命を全うするがよい、これもやル」


「い、いいのか?」


 彼が自作したとされる転移の魔石。便利かつ強力な能力を見た後では、本気で遠慮したい気持ちになる。

 しかしドヴェルグは、差し出した手を引っ込めない。当然だとばかりに押し付けてくる。


「いくつか替えもあるのでな、問題なイ。ただ、回数制限はあるので注意してくレ。回数が尽きた場合は、放っておけば回復すル」


「……ありがとな」


 謝罪はしない。戦友の純粋な行為なんだから、感謝で讃えるのが筋だ。


「使い方は単純ダ。目的地を思い浮かべながら、軽く魔力を流し込むことで発動すル」


「さすがに未踏の地へは行けないのか?」


「うむ、そこまではナ。あと距離が離れすぎていたり、浮かべた光景と現在の光景に齟齬がある場合も上手く起動しなイ。注意するようニ」


「……意外と不便だな」


 ちょっとした批判を挟みながら、俺は魔石を手にして立ち上がった。

 ためしに魔力だけ流し込んでみると、即座に魔術陣が出現する。広さはギルドにあったものと同じぐらい。俺の用途に自然と合わせてくれているんだろうか?


 案外と当たりではありそうな気がする。何せドヴェルグは、ゴブリンの歴史でも稀代の名工だったりするからだ。千年前の戦いでは、各地の伝説にある魔剣や聖剣を作りだした天才である。石に独自の判断能力を持たせるぐらいはお手のものだろう。


 そんな天才でも、女性の愛情は作りだすことは出来ないようだが。


「んじゃ、ちょっくら行ってくるよ。……ミドリも一緒に来るんだろ?」


「もっちろん! シー君のお母さん探しは、私が責任を持ってするからね!」


「分かった分かった」


 ガッツポーズをした後、彼女は俺の隣へと並ぶ。

 ミドリによって恋人らしく腕を組まれ、ドヴェルグの嫉妬を買ったのは言うまでもない。

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