Ⅰ-Ⅲ

「グルル……」


 微かに唸り声を洩らしているが、俺達を敵視している気配はない。

 むしろ縋るような雰囲気ですらある。頭を低い位置まで下げて、恭順の意思を示している感じもあった。


 実際、助けを求めてはいるんだろう。

 海流は首の辺りに怪我を負っている。見るからに痛々しく、肉の一部が外気に触れていた。


「ね、ねえユウ君、この子……」


「村の人達が見たって魔物、かね……」


 巨体と言えば巨体の持ち主だ。森に姿を隠すことだって困難で、ゴーレムにも迫る体躯の持ち主である。


 しかしこれ、子供だ。

 俺が知っている海竜に比べると一回り小さい。成体の特徴である角も、こちらから見る限り確かめることは出来なかった。


「だ、大丈夫?」


 腰を抜かしている御者を横に、ミドリは幼い海竜へと問いかける。

 呼びかけられた当の竜は、コクリと首を縦に振った。そういえば読心スキルには、福次効果として念話があったっけ。


 通常の念話に比べると効果範囲は短かった筈だが、正面の相手と話す上で不便はなさそうだ。


「どうしてここに来たの? 困ってることがあるなら、そこのお兄さんが何でもしてくれるよ?」


「おい、期待させすぎだろ!?」


 しかし構わず、海竜はじっと俺のことを見つめてくる。

 今にも涙を流しそうな目は、彼? が本当に困難へ遭遇していることを示していた。ミドリが村で言った通り、負傷もしているし。


「……分かった、とりあえず移動しよう。ここにいたんじゃ、村の人達が不安がるだろうしな」


「でもどうやって移動するの? この子、辛くて動きたくないって言ってるし、御者さんもいるよ?」


「む」


 困った。どちらも放っておくわけにはいかないのだが。

 怪我の深刻さは、見る限り海竜の方が上だと思う。が、御者の方も苦しそうな顔になっているのは同じ。


「……御者さんの方は、俺が村に連れてく。ミドリは海竜を――」


 頼もうとしたところで、小さな変化が次々と起こった。


 ゴブリン。

 巣がある森からは大分離れているのに、彼らは次々に地中から飛び出してきた。一般人に近い御者が怯えているのは言うまでもない。


「ふはははハ!」


 そんな中、少し大きく盛り上がった土があった。

 次の瞬間には、一メートルと少しの背丈があるゴブリンが登場する。手に杖を持って、王としての雰囲気をいつも通り演出していた。


「友よ、昨日ぶりだナ! 大変そうだから駆け付けたゾ!」


「粘着質な男だな」


「そ、そう言うのは止めてくれるかなァ!? この前も同じこと言われたんだけド!?」


「じゃあ二回目なのか。お前も業が深いなー」


「ぐあッ」


 ゴブリンの王ドヴェルグは、そのままガックリと膝をついた。自慢の杖が辛うじて身体を支えている。

 しかし王としての意地は捨てられないのか、配下達の憐みを糧に復活を果たした。


「い、いや、吾輩は粘着質でも有能な王だシ? 多少の粘着質は許されて然るべきではないカ?」


「……」


 駄目だコイツ。いや、ユキミチよりはマシだけど。

 そんな風に妙な慣れ合いをする一方、ゴブリン達は倒れたままの御者を運び始めた。体長三十センチ程度とはいえさすが魔物。集まれば大人一人持ち上げるなど造作もない。


 もちろん当人はパニック状態。地面へ手を伸ばす選択肢も浮かばないようで、下ろしてくれと悲鳴を上げるだけだった。


「……ドヴェルグ、お前確か治療の魔術獲得してたよな?」


「うむ、使えるゾ。先ほどの怪我人を治せと言うんだろウ? 任せておケ」


「ありがとな。……で、もう一つの問題も手伝って欲しいんだが」


「うム」


 同じ返事をして、ドヴェルグは海竜の前に進み出た。

 もはや像とアリである。ここから海竜を動かしてくれる光景が、俺にはどうにも思い浮かばなかった。


 しかし太古の戦友は、落ち着いて杖で地面を打つ。

 と、周囲に複雑な模様の円陣が出現した。ギルドにあった転移陣に近い。恐らくはまったく同一のものだろう。


 だがその規模は明らかに違う。向こうは二、三人が入れる程度だったのに対し、こちらは百人単位の人間ですら押し込めそうな広さだ。

 振り返るドヴェルグは、俺の方に杖を出して誇らしげ。


「……何をしたか聞いて欲しいんだな?」


「すっごい上から目線だナ!? まあ正解だけド!」


 心境を指摘されて焦るドヴェルグだが、咳払い一つで平静さを取り戻す。いや、元の自信満々な顔に戻ったと言うべきか。


「杖の先端に赤い魔石がついているだろウ? これは吾輩が加工した特注品でナ。物を浮かせたり、転移させることが出来るのダ」


「だ、大丈夫なのか? こんな巨体でも」


「問題なイ。……それより、早く移動するぞ友ヨ。吾輩の民によると、北の町が騒ぎに気付いているようダ。まもなくこちらに来ル」


 なら急がなくてはならない。正体だけではなく、魔物と親しくしているところを見られるのも、現状ではマイナスだ。


「では、行くゾ!」


「ああいや、その前に馬を――」


「それも吾輩が引き受けル。さ、行くゾー」


 杖の先端にある魔石へ、ドヴェルグは手を乗せる。

 息つく暇もなく、俺達とその周囲にある様々なものは、戦場を後にした。

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