Ⅰ-Ⅱ

「証明してやるよ……僕がお前なんかより優れてる事実をなあ!」


「おいおい、誤用だぞ今の」


「な、何?」


 呆気に取られているユキミチを余所に、俺は魔弾を再装填。初撃で決めることを念頭に、ありったけの魔力を指先へ回す。

 壊し甲斐のある獲物を前に、口元の笑みは止まらない。


「お前が俺より優れてるのは事実じゃない。――妄想だろ?」


「っ――!」


 堪忍袋の緒が切れたのか。

 喚き立てることもなく、ユキミチはゴーレムを駆動させる。


 力が肩から腕へ、指へ伝わるまでは遅い。岩人形は摩擦で関節部分を削りながら、見た通り鈍重な一撃を放とうとする。


 そんな隙だらけでも、ユキミチは勝利を確信したように破顔していた。確かに一般的な魔術では、ゴーレムの皮膚を突破することさえ至難だろう。


 故に成す。

 普通なんて檻は、とっくの昔にぶち破っているんだから。


「潰れろおおおぉぉぉおおお!!」


 少しぐらいは花をやろう――傲慢とも取れる余裕の中、俺はゴーレムの挙動を見上げていた。


 街道に深く沈む、ゴーレムの巨腕。

 されど。

 必殺を期した一撃は、空高くへ飛散して消えた。


「――え」


「はっ」


 初めてみた。

 絶望しきった、偽善者の面を。


「うわあああぁぁぁ!?」


 絶叫が空気を揺らす。呼応して動く隻腕のゴーレムが、主人を守ろうと必死になる。

 危険を顧みず行動すること自体は、別に否定しようと思わない。ユキミチの命令ではなく独断で動いたとしたら、ゴーレムは気高い仕事を成したことになるだろう。


 ユキミチには、勿体ない仲間だ。


「っと」


 飛び上がり、周辺の大気ごと巻き込むような鉄槌を躱す。

 俺の双眸に映るのは、責務に忠実な人形の頭部。


「次回はまともな主人だといいな……!」


「――」


 期待だけ告げて、蹴散らした。

 直撃した魔弾は、快音と共にゴーレムの頭部を砕く。鮮血の代わりに飛び散る瓦礫。森に逃れたユキミチへも、そのいくつかが降りかかった。


 残った首から下も自壊していく。形を維持していたユキミチの戦意喪失、核の一つである頭部を砕かれたことで、スキルとの接続が切れたのだ。


「ひ、ひ、ひいいいぃぃぃいい」


 惨敗を喫した兵は転ぶように駆けていく。

 なら狙う必要はない――と言いたいところだが、今回はちょっとだけ信念を曲げよう。彼がここにいることも含め、聞きたいことがいくつかある。


「おい」


「ぎゃあっ!?」


 威力を落とせるだけ落として、無防備な背中に魔弾を叩き込む。

 ユキミチは踏ん張ることもなく、土の上に頭から入っていった。今も続く悲鳴は耳障りで仕方ない。


 出来ればこのまま捨てたい気分だ。が、それぐらいは我慢しないと。人の命が掛っているかもしれないんだし。


「お前の周りにいた女の子達はどうした?」


「ひいいいぃぃっ」


 魔弾を突き付け、自白を迫る。

 しかし彼は怯えているだけで、こちらの言葉が聞こえているかどうかも怪しかった。同情を誘うぐらいの痛ましさである。


 俺はため息を零しながら、彼の視界から魔弾を消した。

 何に対して息をしたのかは言うまでもない。憎悪を向けられる相手だというのに、簡単に甘さを向ける自分へ対してだ。


 もちろん今に限っては有効な手段だろう。これ以上怯えさせたって、話が聞けないのは間違いない。


 だが甘さは甘さ。

 いつか自分の足をすくうんじゃないかと、ミドリを危険に晒すんじゃないかと、少しばかり不安になる。


「もう危害を加える気はないぞ。大人しく答えてくれたら、俺も大人しく逃がしてやる」


「ほ、本当か!?」


「ああ、男に二言はない」


 涙と鼻水で濡れていた表情が一転、いつも見ている自信を取り戻す。

 これで実力と性格が備わってればなあ。まあそうなったところで、今の彼とつるんでいる連中とは不仲になるだろうけど。

 憐憫を込めて、俺はユキミチを見下ろしていた。


「で、お前の近くにいた子達は?」


「あ、アイツらなら捕まえたよ。僕に対して妙なことをしようとしてる、って聞いてね。もっとイイ女をくれるって言うから、売ってやったのさ!」


 はは、と彼は誇らしげに胸を反らす。大人を欺き、悪戯に成功した子供のような顔だった。


「……その取引をした相手はどこのどいつだ?」


「はあ? なんでお前にそんなこと言わなきゃなんないんだよ? ……ははん、さてはお前も欲しいんだな? 分かった、金さえよこせば――」


 脅しに魔弾を撃ってみる。

 無論、直撃はさせなかった。今の精神状態じゃ、威力を落として撃つのは難しい。妥協して妥協して妥協した結果、頬に擦過する程度の射撃をした。


 返事の仕方を間違えたことに気付いたらしく、ユキミチは完全に青ざめている。

 まあそこまで大きな情報は望めない。いかにも口の軽そうな彼に、重要な事実を吐く人間がいるものか。


「わ、分かった、話す! 話すよ! 昨日、奴隷商だ、っていう男から取引を提案されたんだ! もっとイイ女を知ってるから、アイツらと交換しないか、って!」


「乗ったんだな?」


「あ、当たり前だろ! 僕はヒーローだぞ! 美女を侍らせる権利があって当然じゃないか!」


 馬鹿かコイツ。

 喉まで来た罵倒を、俺は無言で嚥下する。言い争ったって無駄だ。コイツの人格が矯正されるには、今まで培ってきた人生を台無しにするぐらいの衝撃が必要だろう。


「……じゃ、帰っていいぞ。お仕事があるんだろ? どうせ」


「っ……」


 屈辱に濡れたままのユキミチへ、俺はあっさり背を向ける。

 だからだろう。後ろにいる小物は、ニタリと笑みを零した――そんな、気がした。


「甘いんだよおおおぉぉぉ!!」


「――」 


 砕け散ったゴーレムの破片は、彼にとって鈍器の代わりらしい。担ぎあげて、力の限り振り下ろそうとしている。


 最後の足掻きだ、仕方ない。一蹴されて終わる哀れな姿を、しっかり焼き付けておくとしよう。土産話にはなるだろうし。

 だが、


「うぼっ!?」


 振り下ろす射程へ入るより先に、ユキミチは吹き飛ばされていた。

 イマイチ分からない事の発生。とはいえ彼は完全に意識を失っており、倒れたまま動かなかった。


 彼を攻撃した現象の正体は、水。

 一瞬しか視界には映らなかったが、鉄砲水みたいな一撃がユキミチを襲っていた。生きてるのかどうかはここからだと確認できない。


 まあ召喚された時点で、少し身体は頑丈になってる筈。


「……ご愁傷様」


「……」


 にしても、一体誰の仕業だろう? 俺はもちろん、ミドリにもそんなスキルは備わっていない筈だが。

 途端、馬車を挟んだ向かい側で草木が揺れる。


「ゆ、ユウ君!」


 襲撃地点に残してきたミドリの抑揚に、これといった焦りはない。純粋な驚きだけが声に乗っている。

 敵意や殺気の類もない。となると、味方が来たのか。


 いくつかの疑問を秘めながら、俺は駆け足で彼女達の元へと戻っていく。

 いや、戻るまでもなかった。

 少なくとも、ミドリが驚いた原因を知るには。


「海竜……!」


 海の中に生息する、覇者の一角。

 それが俺達を見下ろしていた。竜種らしいトカゲのような外見、魚と同じヒレ。人を握れそうな手には水掻きも付いている。


 翼の方はさすがに持っていない。飛行する必要がないのだから当然だろう。


 口周りからは水滴が零れている。ユキミチを失神させたのは、どうやらコイツの仕業らしかった。

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