第六章 海竜のワケ
Ⅰ-Ⅰ
もう一度馬車へ乗り込んだ俺達を、適度に成長した森林が出迎える。
とはいえ人の手が入っている場所であり、彼らは街道によって二つに引き裂かれていた。窓から外を除くと時折、右の森から左の森へと動物が移動している。
「あれ? 魔物じゃないんだ」
ごく当たり前の光景を覗きながら、ミドリは目を丸くしていた。
「アンブロシアには普通の生き物もいるぞ。仮に魔物ばっかりだったら、文明を作る前に何回絶滅すりゃあいいんだ、人類」
「あははっ、それもそっか。……でも繁栄する上で、魔物との衝突を避けられたわけじゃないよね?」
「もちろん。まあ当時は神の助けもあったって話だから、そこまで苦労したかどうかは分からないけどな」
「神?」
馬車の振動を感じながら、横からはミドリの問いが聞こえる。
そういえばアンブロシアの神については、まったく触れていなかった。召喚は教会で行っていたようだが、その後は近付いていないし。
傲慢だけど嫌いになりきれない、人間味がありすぎる彼らのことを脳裏に浮かべる。
「この世界の神様はな、魔術の発生源なんだよ。彼らに祈りを捧げたりすることで、魔術の発動権を得られるんだ」
「じゃあ神の助けっていうのは、魔術を使いやすくなる、ってこと?」
「基本的にはそうだな。……まあ、今は多少事情が違うとは思うけど」
「どういうこと?」
「千年前の時点で、アンブロシアの神々は地上に居座ることが出来なかったんだよ。魔物の勢力が急に広まったことが原因、だったかな?」
そのため彼らは代弁者として異世界人を、異世界召喚術を生み出した。
わざわざ違う世界の人間を呼び出した理由は定かではない。何度尋ねてみても、たまたまお前が選ばれた、という曖昧な回答しか出てこなかった。
案外、本当に偶然だったりするのかもしれない。あの人達? はどこか抜けているというか、全知全能の存在、なんて雰囲気ではなかったし。
「まあ近いうちに教会へは行くことになるぞ。魔術、使えるようになりたいんだろ?」
「もっちろん! そうすればユウ君と同じ魔術師だもんね! ……ところで信者になる必要とか、そういうのはないの?」
「無い……筈だ。教会は誰にでも魔術を教えてくれるし、場所としても提供してくれる」
まあ厳密に言うと、信者という単語はアンブロシアに存在しない。
そもそも宗教らしい宗教が存在していない。確かに教会では礼拝、神々への生贄が捧げられていたりするが、それが国から独立しているかというと少し違う。
神々は我らの父であり、母である。
俺の知る限り、アンブロシアのどんな国家でもこれを厳守していた。文明の最初期から続く観念で、教会がある辺り今も変わっていないだろう。
むしろ強くなってるんじゃないか、という予想さえある。暗黒時代なんてモノがあったんだし、人々の拠り所としては十分じゃないだろうか?
まあ逆に、神々は何もしてくれない、と絶望を覚える機会ではあったかもしれないけど。
「……できたらこの後、町で教会でも探してみるか? 俺も調べたいことがあるんだよ」
「じゃあそうしよっか。本格的な観光気分――」
だね、と言葉は続かない。
突然の衝撃で、馬車が横転したのだ。
「きゃあっ!?」
「っ――」
ミドリだけでなく、御者や馬までもが悲鳴を漏らす中。俺は幼馴染をしっかりと抱えて、馬車の衝撃に備える。
鈍く衝撃が響き、空回りする車輪の音が微かに聞えた。
直後。
今は天井となった窓を、黒ずくめの男がこじ開ける。
手には剣。どう考えても、殺意を持っているようにしか見えない。
「死ね!」
「ひっ……」
しがみ付くミドリの力が強くなる。
なら、
「てめえが死ね……!」
扉を木っ端みじんに吹き飛ばす量で、魔の弾幕が放たれた。
打ち上げられた黒ずくめは悲鳴すら出さない。惨めに手足を回して、そのまま重力に引かれていく。
さて、ボーっとしている暇はなさそうだ。
「出るぞミドリ。誰だか知らんけど、危険なものは危険だからな」
「う、うん!」
幼馴染を抱きかかえたまま、跳躍一つで馬車の外へ。襲われた際に扉とその周囲は吹き飛ばしているので、一人ずつ出る必要はなかった。
後で弁償しよう、なんて益体のない考えが脳裏を過る。
「六、七……十人ちょっとってとこか」
既に姿を現している者もいれば、幹の影で様子を伺っている者もいる。後者は恐らく、正当な魔術師だろう。
時間をかけると厄介だ。大規模詠唱に入っている場合、ミドリや御者を危険に晒してしまう。
蹴散らすことを優先して、俺は少女を地面に下ろした。
「っ、ユウ君、御者さん怪我してる!」
急ぎ足で駆け寄るミドリ。
横目を向けてみると、手綱を握っていた彼は確かに倒れていた。血を流していない辺り、魔弾の直撃でも受けたんだろう。
馬に乗って逃げて欲しいところだったが、彼らは倒れて動かなかった。
こうなったら悠長にはしていられない。外傷がなくとも、医者じゃない俺に容態を判断することは不可能だ。
「嫌な気分で家に帰られちゃ、俺の目覚めが悪いしな」
口元を歪めながら、数十の魔弾を展開する。
相棒達はまるで、餌を強請る小鳥のように俺の周囲を旋回していた。実際には攻撃命令を待っているだけだが、付き合いが長いと可愛らしく見えてくるものである。不思議。
警戒からか、黒衣の彼らはわずかに身を退く。
合図だ。
「行け……!」
前後左右、敵の気配を感じる場所すべてに魔弾がぶち込まれる。
加減なしの、
何やってんだと自分で自分を叱りたい。これじゃあ目立つ一方じゃないか。
しかしミドリや負傷者がいる以上、自分一人のペースで戦えないのが事実だ。不幸中の幸いは、襲ってきている者達が男性であることぐらい。
「ふ――!」
「っ!」
魔術による防壁で辛うじて防いだ一人へ、一瞬で隣接する。
指先に装填される五発の魔弾。魔術によって衝撃を生み出すよう作られたソレは、至近距離になればなるほど威力を増す。
ようは全力。
再び防壁を生み出したところで、まとめて撃ち抜くだけの話。
「がっ!?」
快音を響かせ、壁が散った。
男は勢いよく、森の奥にまで吹き飛ばされている。あとは木の一本に激突して、立ち上がる余力を見せることはなかった。
残るは三名――視線の数から、姿が見えない分も含めて断定する。
「は、はは、あははははっ!」
構えた瞬間、三名の気配が遠のき始めた。
代わりに来たのは耳障りな嘲笑と轟音。大地そのものが組み替えられていくような、巨大な重低音が
持ち上げられる木々。徐々に強くなる足元の振動。
何か。
常軌を逸する巨大なものが、生まれようとしている――
「ははははっ!!」
隆起し、まき散らされた土塊から現れる巨大な人形。
五メートル近くありそうな巨体は、指先の一片に至るまで石で造られている。瞳は無機質な岩のまま。あるのは形だけで、生物としての機能は凡そ期待できない。
いや、必要ないのだろう。この怪物――ゴーレムとでも呼ぶべき岩人形の肩に、主人である少年が立っている。
「ユキミチ……」
「ははっ、どうだ三下! 僕のスキル『錬金』で作りだした怪物は!」
「……」
お見事、と素直に称賛してやりたいところだ。まさか召喚されて二日目で、こんな大物を作りだすなんて。
しかしお遊びが過ぎる。こんな巨体、遠くの町からも視認されるだろう。正体を隠さなければならない俺にとっては好ましくない。
まあ逃げてしまえば証拠は最小限なわけだが、ヤツに背中を向ける選択自体、俺の頭には出ていない。
粉砕の二文字が、思考を埋め尽くしているのだから。
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