Ⅱ-Ⅱ
「……大丈夫なんですか? アデルフェさん」
「あ? 別に問題ないよ、渡したのは簡単な探索系だったしね。……ところでユウ、アンタもさっき何か言いたさそうだったけど?」
「し、仕事しますっ!」
触らぬ神に崇りなし、である。
哀れな二人組の生贄もあり、これで片付けるべき仕事は残り十。彼らが午後もあくせく働いてくれるとして、最低でも五つは引き受けた方が良さそうだ。
問題は何にするか。討伐系を残すのはまあ、あの二人には酷な気もする。途中で疲れ果ててしまうだろう。
俺は覚悟を決めて、討伐系の依頼をアデルフェの元に持っていく。
「いいのかいそれで? 可愛い彼女も危険に晒されると思うんだが」
「その辺りは自分でどうにかしますし、守ります。――で、詳細の方を教えてもらえますか? なんか知らない地名とか入ってますし」
「ああ、構わないよ」
腰を上げるアデルフェは、奥の部屋から大きな地図を持ってきていた。カウンターの上に広げるのは難しいため、三人揃って転移陣の近くにあるテーブルへ動く。
地図の中央には、昔使われたギルドのエンブレム。剣と籠手を交差させた、今のギルドは使っていないマークだ。
見る限りはこの国、ジュピテル王国のシンボルとして使われているんだろう。千年前の戦いは基本、俺もギルド所属だったし。
「えっと、このマークが王国の領土?」
空いている椅子を引きながら、ミドリは地図を覗き込んでいる。
「領土というよりは、町がある場所だね。昨日、外に出て気付かなかったかい? この王国、都市国家なんだよ」
「都市国家……?」
「一つの都市が国になっている場合のことさ。暗黒時代で英雄王の残した世界国家が滅びたあと、この辺り都市国家が並んでるよ」
「――」
説明を聞いている間に、ミドリがこっそりと一瞥を寄こしてくる。
眉尻を下げて、気を遣ってくれているのが一目で分かった。なので数度、頷きを返すだけに留めておく。
心配ない、と。やることは決まってるんだから、暗い気分に陥ることはない。
表情の変化だけで意図は伝わったらしく、ミドリの頬から力が抜ける。
「……アンタら、本当に夫婦みたいだねえ」
「そ、そうですか!?」
「ああ、ちょっと羨ましいよ。アタシは男運が無くってねえ……実家の両親からも、結婚はまだかー、って手紙が来るぐらいだよ。そういう気遣いが一番嫌だってのにさあ」
まったく、とギルドマスターは頬杖をついている。
深入りすれば地雷を踏み抜くのは確実。俺とミドリはもう一度アイコンタクトをとって、アデルフェの扱いには注意しようと誓うのだった。
「んで依頼の方だけど、これは討伐ってより調査かね。貴族方からさ、ある場所に住む魔物を調べて欲しい、って来てるんだ」
「よく今日まで放っておきましたね……」
「引き受けるやつがいなくてねえ。依頼してきた貴族の方も、可能であれば、って言ってたし。あとこの時期、ちょうと忙しくて――いや、言い訳はみっともないか。とにかく説明するよ」
三人の視線が集中する地図にて、アデルフェはジュピテルの左上、方角にすると北西の位置をなぞった。
その辺りには丁度、水面らしきモノが記されている。
だが異常に広い。海、ということになるんだろうか? いま見ている地図には端から端まで記されておらず、詳細は分からない。
「ここにある『クレーネ湖』が、この依頼で調査して欲しい場所さ。どうも見慣れない魔物が出る、って噂でね」
「噂?」
「魔物の姿を明確に見たやつがいないんだよ。報告者は大抵、雷鳴のような鳴き声を聞いたとか、湖の底に巨大な影を見た、とかでさ。いまいち確証が取れてない」
「その確証を取ってくるのが仕事、ですか。でもどうして貴族から? 一応は討伐系の依頼ですし、本来は国なんじゃ……」
「これについては曖昧だったからね、貴族が特別に出させてもらったのさ。……働き者の良い人だし、機会があれば会わせてやるよ」
「分かりました」
俺の返事に合わせて、ミドリも腰を上げる。
俺は彼女を止めることも、注意するよう念押ししておくこともしなかった。何だか楽しそうにしているし、もし魔物と戦う羽目になっても守ればいいだけのこと。
アデルフェがいるにも関わらず抱きついてくるミドリと、俺は肩越しに振り返る。
「……目的地までは徒歩ですよね?」
「転移陣が使いたいってのかい? 悪いけど、あれは使える回数が期間ごとに決まってるんだ。都市を観光するついでだと思って、親から貰った二本足を使っとくれ」
「了解です」
ミドリの方は不満そうだが、まあ我慢してもらおう。
ギルドの扉を開けると、雲ひとつない青空が目に入る。
まさに絶好の冒険日和。世界そのものが、これから行う依頼を祝福しているようにも感じる。
大好きな幼馴染に手を握られながら、俺はジュピテルの中を歩いていった。
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