Ⅲ-Ⅱ

「お」


 頭の中で決意を新たにしていると、いよいよ開けた場所に出る。

 いずれもゴブリンの住居だろう。いずれも岩を削って作ったもので、冷たい地下の世界を比喩するように飾り気がない。人間の感覚でいえば、極めて原始的な生活環境だ。


 もちろん、中の方まで原始的ということはない。大昔から、彼らは彼らなりに人間の文化を模倣している。


「ようこそゴブリンの巣ヘ。さっそく吾輩の家に行こウ」


「ああ」


 来客に驚くゴブリン達に囲まれつつ、俺とミドリは巣の奥を目指していく。

 ほとんどの建物は彼らの規格に合わせ、小さい玄関しか設けていない。例外はドヴェルクの家と思わしき巨大な邸宅だけだ。もちろん、ゴブリンにとって、ではあるが。


 高めの叫び声で歓迎する彼らの間を、俺達は慎重な足取りで進んでいく。

 ときおり、子供のゴブリンが近付いてくるためだ。間違って踏んだりすれば、間違いなく諍いの種になる。ってああ、靴を引っ張るのは止めろ!


「では友ヨ。この千年間、何をしていたのか話してくレ」


 無事に建物の入り口を潜ると、ドヴェルグは二人分の椅子を出しながらそう言った。


 俺達の身体には少し窮屈な椅子だが、せっかく用意してくれたのだから無視はしない。壊さないように注意しつつ、ゆっくり腰を下ろす。


 テーブルには、石で造られたコップが二つ。

 忙しく動き回っているのは、ドヴェルグの元で働いているゴブリン達だった。水をコップに入れると、彼らは一礼してから去っていく。


「……なんか、随分と丁寧なゴブリンだな。昔はもっと愛想なかった気がするんだけど」


「なに、単なる教育の成果ダ。人間との共存を目指すのであれば、多少は仕込んでおかなければならン」


「なるほど。確かにドヴェルグも、昔に比べて滑舌よくなってるな」


「ふふん、そうであろウ? 吾輩は努力家なのダ。ゴブリン同士の意思疎通は最悪、言葉を使う必要は無いのでナ」


 俺はもう一度首肯する。彼らとは敵対した過去もあるので、その生態は知り尽くしていると言っても過言ではない。

 もちろんミドリは、興味津々な瞳でドヴェルグを見つめていた。


「言葉を使わなくても大丈夫って、どういうこと?」


「うむ、ゴブリンはな、魔物の例に漏れず生まれながら魔術を発動できル。もちろん複雑な魔術は行使できぬガ……我が一族の場合は思念会話、つまり念話と呼ばれる魔術が使えるのダ。まあこれは、人間にも使える魔術だが」


「念話……?」


「ようはテレパシーみたいなもんだよ」


「ああっ」


 イメージしやすい説明だったのか、ミドリは自分の掌を叩いていた。

 ゴブリンのそういった能力は、人間の感覚で言うとスキルに該当する。ドヴェルグの説明通り生まれながらに持っているもので、こちらも人間と同じだ。


「……ところで友よ、この少女は誰ダ? 千年前には見なかった顔だガ」


「えっと、説明すると難しいんだが――」


「恋人です! いやもう夫婦!」


 言葉を遮って、地下全体に広がるほどの大声をミドリは放った。

 ドヴェルグは唖然として、俺はどう反応したらいいのか分からなくて動かない。そりゃあもちろん、将来的にはそうなりたいですけどね?


 強くなった心臓の音を感じながら、千年前の友人に目を向ける。

 彼は、なぜか泣いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る