Ⅲ-Ⅰ

 ゴブリンの住処は地下にある。冷たい岩肌と、薄暗い闇が彼らの世界だ。


 といってもドヴェルグの趣向からか、俺達が入っていく地下への穴は大人が入れる広さがある。少しいびつではあるが階段も整備されていた。


 壁には一定間隔でかけられた松明が。これもひょっとすると、人間が来ることを想定して作ったのかもしれない。ゴブリンは夜目が効く種族だったし。


「いつかかつての同士を迎えるのが、吾輩の夢であっタ。魔王を討った男が最初の客とは、予想もしていなかったがナ!」


「俺もドヴェルグが元気だとは思わなかったぞ。……王になれる個体って、百年ちょっとが寿命なんじゃないのか?」


「確かにそうダ。しかしゴブリン王の死とは、次代へ王権を引き渡す儀式でもあル。王に交代する必要性がなくなれば、吾輩のように千年生きることは可能なのダ」


「つまり惰性で生きていると」


「い、いやあ別に、吾輩暇じゃないシ? 人間に怖がられないようにしつつ、引きこもり生活を送っていたのだヨ?」


「ほほう」


 ギルドの冒険者がこの森をどう思っているか、知ったらドヴェルグはどうするんだろう?


 反応を想像すると面白くて、俺は笑いを押し殺しながら彼に続く。――周囲にいるゴブリンまでもが、王へ同情する視線を向けているのは内緒だ。


「ねえユウ君、この人とどういう関係なの?」


 さすがに隣を歩いているミドリは、後ろで手を組みながら尋ねてくる。


「魔王と戦った時、魔物側から出た協力者だよ。どうもかなり厳しい扱いを受けてたらしくてな。もう我慢ならんと、人間と協力して戦ったわけさ」


「……魔物さん達にも、色々あるんだね」


「人間と同じで、一つの共同体だからな。魔王が出る前から、人間と共存してた魔物もいたらしいぞ」


 といっても、千年以上昔の時代である。一説によると二千年以上前の時代だとか。


 人間と魔物が共存していた名残だって、当然ながら残っていない。ドヴェルグが行動を起こした時も、人間側は疑いの目を向けていた。

 まあ当時の賢者――よわい数千歳のジジイが間を取り持ったため、大きな衝突には至らなかったが。


「……でも王様、どうしてこんな人里離れた場所で暮らしてるの? 魔王と戦った時に協力したなら、人間とは友好的に接してるんじゃないの?」


「うむ、その疑問はもっともダ。が、吾輩達は見ての通り、地下で隠れ潜んでいる。勇者が地上を覆い尽くした、暗黒時代があったものでネ」


「暗黒時代?」


 眉根を潜めるミドリと一緒に、俺もその単語へ首をかしげる。

 でもアデルフェも同じ言葉を口にしていた。俺が地球に戻ってから千年間の、まだ知りえない歴史ということだろう。


 当時を思い出してか、ドヴェルグは背中を丸めている。


「暗黒時代は本当に酷いものであっタ。多くの同胞が殺され、友好を結んだ多くの人間が殺されタ。勇者どもの手によってナ」


「……」


「友よ、責任を感じる必要は無いゾ。何せ吾輩が死にかけた時、救いの手を差し伸べてくれたのはお前が救った人々だっタ。……お前がいなければ、ゴブリンは既に滅んでいたのダ」


「――そうか」


 深く息を吐いて、頭の中にあった煩悶リセットする。

 罪の意識で自分を責めたって、事態が好転するわけではない。忘れていいわけでもないだろうけど、どこかで区切りをつけるのは大切だ。


 何事も極端はよくない。異世界召喚だって、連発しなければ世界を良くするための方法ではあるんだろうし。

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