Ⅱ-Ⅲ

「ささ、ユウ君? きちんとお仕事の続きしようねー。予定をすっぽかしたりするんじゃ、英雄王の評判も悪くなっちゃうよ?」


「俺の正体知ってるのは少数だから問題ないだろ。……王女様の方は、そこまで徹底してなさそうだけど」


「だねー。門番の人達まで、軽く事情話してたみたいだし」


 明日目覚めたら正体がバレていた、なんて展開も有り得そうだ。

 まあその時は覚悟を決めて動くとしよう。どれだけ後悔したって、人は過去に戻れない。現在を戦い抜くのが、俺達に認められた選択だ。


 奥に進む度、闇はどんどん濃くなっていく。そろそろ足元も危うくなってきた。


「どれ、いい加減点けるか」


「? 懐中電灯でも持ってきてるの?」


「似たようなモノならあるぞ」


 念のため、と指先に用意しておいた魔弾。そこへ追加の魔力を流し込んで、より強く発光させる。

 異世界アンブロシア式の懐中電灯が、あっという間に完成した。


「これで大丈夫だ。光の強さとか、問題ないか? ある程度なら調整できるけど」


「今ので平気。……でも、魔術って便利なんだね! 私も使ってみたいなあー」


「時間があったら教えるか? 照明に使うのはそこまで難しくないし、他にも日常生活で役立つ魔術は沢山あるぞ」


「例えば?」


「家事全般をこなす魔術とか」


「何それ便利!」


 見事に食いつき、教えて教えて、とミドリは肩を揺さぶってくる。

 ならさっそく、と行きたいところだが、こんなところで教えるのは場違いでしかない。町に戻って、落ち着いてから教えよう。


「も、戻ってからな。応用の効く魔術だから、しっかり――」


 言葉を締めくくる直前、無数の視線を察知する。

 魔物だ。


「……ユウ君」


 ミドリも読心のスキルで感じ取ったらしく、全身を強張らせている。

 視線の数からして敵は四、五体といったところ。木の裏に隠れて俺達の様子を観察している。


 魔弾の展開は、次の瞬間に果たされた。

 何もない空間に突如として浮かぶ光球。大きさは俺の手で握れる程だ。表面には電流のようなモノを走らせ、術者の戦意を代弁している。


「このまま行くから、ちゃんとしがみ付いてろよ?」


「うん」


 直前までの抑揚から一転、緊張感に満ちた彼女が返してくる。

 向けられる敵意は濃くなっていく一方だった。逃げなければ命はないぞと、威圧的な警告すら込められている。


 なら、粉砕するまでだ。


「ギイイイィィィイイイ!!」


 痺れを切らした一体が、背後から襲いかかる。

 視界には捉えない。そもそも、先に攻撃が来ているのだ。振り向こうなんてすれば、相手の一撃をまともに受けてしまうだろう。


 故に。


「大声を出すのはよくないな」


 音を頼りにして、数発の魔弾を叩き込む。

 悲鳴はなかった。それを発するだけの暇が、敵には与えられなかった。


 冷静なまま背後に目を向けると、奥の方に小さな影が見える。ゴブリンだ。小鬼とも呼ばれる魔物で、身体が小さく群れを成しているのが特徴だと記憶している。


 月明かりが照らす彼らの姿は、三十センチそこいらの小さなものだった。腰に布を巻いている以外は裸。骨さえ浮かびそうな細身が特徴である。

 

 一見すると脅威には見えないかもしれない。が、その爪と牙は、刃物のように研ぎ澄まされている。人間の肉など容易く切り裂いてしまうだろう。場合によっては、骨も。


「っ……」


 仲間が倒されたのを区切りに、次々と襲いかかるゴブリン達。


 無謀にも、正面からだった。

 しかし、その密度は一枚の壁にも等しい。感じていた視線以上に、彼らは押し寄せていたようだ。これなら並みの冒険者は倒されてしまうだろう。


 無論。


「数には数だ……!」


 敵を迎えるのは、かつて王を討った者。

 遅れを取る道理など、どこにもない。

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