Ⅱ-Ⅰ

「わー! 凄いすごーい!」


 ミドリを背負いながら、一気に草原を駆けていく。

 完全に人間の移動速度ではなかった。獣、あるいは滑空する鳥の勢い。足元に魔弾を叩き付けつつ、その余波で加速していく。


 もちろんそれだけではない。全身に魔力を巡らせ、身体能力の補強も行っていた。通常のままでは、姿勢を上手く制御できないからだ。


「――」


 風を切るように。人の視線や気配に気を配りつつ、俺達は町から離れていく。


 まあこの光景を目撃されただけでは、英雄王との関連性を疑われることはないだろう。移動を補助する魔術は、基礎的な術式へ分類されるからだ。


 もちろん今の速さは、基礎のレベルを大きく超えている。

 そのため目的地に当たる森も、既に視界の中へ入ってきていた。


「なんか鬱蒼とした場所だねー」


「魔物が巣を作るとなれば、自然とそういう場所が選ばれるからな。連中は基本、自然に寄り添って生きる種族だし」


「へえー」


 到着までは、あと少し。

 目と鼻の先へ森が来たところで、俺は魔術を解除した。背中にいるミドリのことも地面に下ろす。


 近付いたことで分かる、濃厚な魔の気配。

 魔物にとって、空気中に混じっている魔力は餌だ。強力な魔物がいるのであれば、必然的にその生活圏の魔力は高濃度になる。


「……」


 環境に不慣れなミドリが気掛かりだが、別段おかしな様子はなかった。

 まあ不思議なことではない。俺も以前の召喚直後、似たような場所へ行っても平気だった。召喚された時点で、高い耐性を獲得していると考えられる。


 もちろん過信は出来ないので、ある程度の注意は払った方がよさそうだが。


「じゃあさっそく行こうよ。えっと『アネモネの霊草』だっけ?」


「ああ、薬の材料らしい。光を放ってるのが特徴だそうだ」


「分かりやすい草だねー。でもどうして光るの? 魔力だっけ、それのせい?」


「あー、確かそうだったと思う。植物によるらしいんだけど、一定量の魔力をため込むことで発光する、だったかな。魔石と同じ原理だとか」


「ふむふむ、じゃあ私達の身体が光ったりすることはないんだ?」


「いや、場合によってはありえるぞ。ほら、アデルフェさんの髪、ちょっと光ってたろ」


「あっ、うん!」


「あれは魔力の影響だろうな。アンブロシアには人間と魔物の他、亜人っていう種族がいる。アデルフェさんはその血が流れてるんだろ」


「ふむふむ、なるほど」


 一通りの説明を終えたところで、俺は森の方へと向き直った。

 そろぞろ日没。ただでさえ光を遮っている森なんだし、急いで霊草を探し出そう。夜は魔物達が活性化する時間でもある。


 魔弾はいつでも撃てるよう、指先に一つ作っておく。


「よし、しゅっぱーつ!」


 声を大にして、ミドリは先頭で森の中へ。俺も直ぐに背中を追う。

 中はほとんど人の手が入っておらず、密林と呼んでもいいぐらいだった。大股で進んでいたミドリの足も、一瞬で重くなっている。


「……デートに適した場所じゃないね、ここ。アデルフェさんの嘘つきっ!」


「これぐらいなら大丈夫、って思ってたんじゃないか? ……歩くのが嫌なら、またおぶってやるけど?」


「えっ、本当!?」


 薄闇の中でも分かるほど、ミドリは目を輝かせる。


 甘やかしてるかなあ、なんて思いつつ、俺は背中を見せて屈むことにした。彼女は遠慮なく身体を預けてくる。

 さっきもやったばかりだが、幼い日のことを連想させるには十分だ。

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