Ⅰ-Ⅱ

「そうそう、この人は宿舎を管理してるマーテルさんだ。これから世話になるだろうから、顔は覚えといてくれ、二人とも」


「あ、はい」


 首を縦に振る傍ら、マーテルと呼ばれた老婆も頭を下げる。俺達も揃って会釈を返した。


 どことなく、物腰が柔らかそうな人物である。歳を重ねていることが余計にそう感じさせるんだろうか?

 一方で背筋の方はピンと伸びており、見た目ほどの老いを感じさせない。宿舎の管理人ということで、身体を動かしているお陰なんだろう。


「――」


 マーテルは頭を上げると、じっと俺のことを凝視する。


「な、何ですか?」


「……いえ、最近の男にしては芯の通った方だな、と思いましてねえ。なにぶん歳を取ってるもんで、男性に対して良い印象が無いんですよ」


「は、はあ?」


 謝罪の意味も込めてか、マーテルは先ほどよりも深く顎を引いていた。

 それから、彼女は軽い足取りで宿舎の中へと戻っていく。活き活きとした後ろ姿は、まだまだ若い連中に負けないと誇らしげだ。


「マーテルさん、昔に何かあったんですか?」


 彼女の姿が見えなくなったところで、俺は一つの疑問を口にした。失礼なことかもしれない、と心に一抹の杞憂を抱きながら。

 しかし、回答者のアデルフェは依然明るい顔である。


「勇者の大量召喚、知ってるだろ? あの時代に連中は、次々に子孫を作っていった。で、生まれた男子は、先祖の功績を持って貴族とかの権力者になるわけだね。……褒め千切られて連中は育ち、色々やらかしてくれたわけさ」


「勇者の信用が落ちたのと同様に、男達の信用も落ちたと?」


「まとめるとそうだね。一時期なんて、国の重鎮が勇者の末裔だけて構成された暗黒時代があってさ。五百年ぐらい前だっけね? この国も、当時は随分と荒れたらしいよ」


「だから町の中には、女性の方が多いと?」


 城を出てから、ずっと引っかかっていた疑問。

 アデルフェは顔色一つ変えないまま、俺の推測を肯定した。


「今じゃ国の軍隊すら女達で構成されてるし、貴族の当主は例外なく女だよ。まあ冒険者ギルドとか暗黒時代の被害者だったところじゃ、まだまだ男達は活躍してる。一部例外はいるとしてもね」


「はは、困ったもんですね」


 幸道みたいな二人組を思い出して、つい冷笑を浮かべていた。


 まだギルドの仕事が残っているらしく、アデルフェは駆け足で宿舎の前を後にする。ギルドの建物は隣にあるわけで、そこまで急ぐ必要もない気はするが。


「……じゃあ歩くとするか。あんまり時間は無さそうだけど」


「いいっていいって。私はユウ君と一緒にいられれば――」


「おい!」


 和やかな空気をぶち壊してくれる、醜い怒号。

 誰何すいかを問うまでもなく、本日勇者として迎えられたばかりの少年が立っていた。


 彼は学校の制服姿のままである。周囲の人々からは奇異の視線を向けられており、目立つことこの上ない。

 もちろん、彼はその目立ちっぷりが好きなんだろうけど。


「ふん、小汚い衣装で隠れたつもりかよ? どうせ僕には勝てっこないって言うのに」


 余裕のない表情で、幸道は俺達の前へ近付いてくる。彼が熱を上げているであろうミドリは、やはり俺の後ろに隠れていた。

 皮肉たっぷりの嘲笑を浮かべて、底の浅い瞳を睨み返す。

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