Ⅰ-Ⅵ

「はあ……」


 腰を下ろすなり、こっそりと彼女は嘆息する。


「どうした?」


「ん? いや、他人の視線がね、ちょっと気になっちゃって。私、注目されるのって苦手なんだよねー」


「そうなのか? 学校じゃ、割と皆の中心にいたろ?」


「だけど、知ってるでしょ? 私に女友達がいないの」


「む」


 もちろんだ。

 理屈は単純で、ミドリの男子人気によるもの。彼女は小学校の頃から噂になる美少女で、当時から男達に囲まれていたのである。


 一時期、ミドリはその状況を受け入れていた。兄や弟がいたこともあり、男性的な趣味や遊びは彼女の趣向に叶っていたのである。


 といっても、あくまで小学校までの話。

 中学、高校と上がっていくにつれ、彼女は孤独を覚えていったんだろう。


「……その、すまん」


「へ? なんで謝るの?」


「いや、中学に入った辺りから、あんまりミドリと接してなかったろ? ……その時にいろいろ動いてれば、役には立てたのかな、と」


「んー、でもユウ君はさ、あんまり目立つの得意じゃないでしょ? 私と距離が出来はじめたのも、そういう理由だし」


「まあ……」


 世界を救っておいて何だが、俺は人前に立つことが得意じゃなかったりする。

 もちろん、他人と交流する上で問題があるレベルではない。好き嫌いの話だ。


「ユウ君とあんまり遊べなくなっちゃったのは、私にも責任があるから。気にしないで。それに――」


「それに?」


「変な言い方だけどさ、ユウ君が皆の輪から外れてて嬉しかったんだよ? この人は昔と変わらないんだなあ、って自分の帰る場所を示されてるみたいで、凄く安心した」


「ははっ、そりゃあ良かった」


「うん、ありがとうございます。……だからさ、これからも私の帰る場所でいていね? 今後どうなるかなんて、私全然分かんないけど」


「……分かってるよな? ここが異世界だって。ミドリは帰りたくないのか?」


「ユウ君に任せる」


 あっさりと出た、信頼の言葉。

 そこで自分の本音を出すべきかどうかは、正直迷う。彼女の人生まで、両肩へ圧し掛かってくることになるからだ。ミドリだって分かってる筈。


 にも関わらず彼女は、こちらに全幅の信頼を寄せている。


「……俺はあんまり、向こうに戻る気はないんだ。こっちの世界には、それなりに愛着があるし」


「じゃ、私もそうするね」


「お、おお、随分とまあ、あっさり決めるお嬢様だなあ……」


「だって仕方ないでしょ、ユウ君と一緒にいたいんだもん。……それに向こうだと、私を知ってる人が多すぎるし。自由に生きたいなら、こっちの方が都合好さそうじゃない?」


「なるほど」


 順応の早さを褒めるべきか、理想への追求を讃えるべきか。

 どちらでもあるんだろう。俺が思っている以上に、ミドリという少女は前向きなようだ。


 と、一階からはアデルフェの声が。

 件の商人がやってきたらしい。俺はイオレーから渡された荷物を背負い、ゆっくりと木製の床を降りていく。


 隣に並ぶミドリの笑顔が、やけに印象的だった。

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