Ⅰ-Ⅱ

「早く行こっ! これからの生活に色々関係するんでしょ?」


「ああ、一般人に化けるためのな」


 どこまで出来るか、凄く不安だけれども。

 ミドリの細い指に掴まれながら、俺はギルドの建物へと進んでいく。随分と積極的な彼女への驚きも、胸の中には抱いていた。


 あと、もう一つ。


「……」


 遠くなっていく広場の光景を見て、俺は違和感を確かにした。


 女だ。

 全体をみると、女性の数が極めて多い。昔の異世界アンブロシアは男性社会で、外に出ている者はすべて男性だったのに。


 こちらも千年を得て変わったんだろうか? 比率が同じというより、完全に逆転しているのが気になるところだが。


「失礼しまーす」


 色々考えている間に、ギルドの中へと突入する。


 両開きの扉を開けた先には、こぢんまりとした空間が広がっていた。

 正面にカウンター、右手に魔物討伐の依頼が貼り付けられている掲示板クエストボード。ちょうど一組の男達が、依頼の記された紙を千切っていった。


「えっと、どうすればいいのかな?」


「受付の人に話してみよう。登録の手続きも、あそこで出来る筈だから」


「分かった。――って」


 俺達の前には、仕事を始めようと外に向かう男が二人。

 邪魔になっているんじゃないかと、俺とミドリは一歩横に動く。が、彼らも同じように動いてくれた。


 うちの一人が、下心丸だしの笑みを浮かべている。


「へへ、可愛いお嬢ちゃんじゃねえか。俺達と一緒に遊ばねえ?」


「そうそう、こんな地味そうなヤツほっといてさ。今から格好いいところ見せてやるから、一緒に仕事クエスト行かない?


「……」


 幸道の時と同じで、ミドリは俺を盾にしている。

 必然的に憎悪の矛先はこちらへ向いた。彼らの細く整った顔立ちが、敵意一色で染まっていく。


「おいガキ、どけよ。お前みたいなヤツにお嬢ちゃんは似合わないぜ?」


「自分でも分かってんだろ? 不釣り合いだってさあ」


 ケケ、と耳障りな笑みを浮かべながら、彼らは挑発を止めない。

 さてどうしたものか。蹴散らすのは簡単だが、イオレーから頼まれたこともある。言葉で退けてしまうのが一番だろう。


 俺は軽く息を吸って、彼らを睨み返した。


「治療は済んだのか?」


「あ……?」


「いや、随分と喚いているようなんでね。ひょっとしてどこか痛いんじゃないか、って思ったんだ。――まあ、馬鹿につける薬は無いって言うけど」


「てめえ……!」


 あっさり、向こうの感情には火がついた。

 しかし構うことなく、自分でも分かるぐらいの鉄面皮で彼らを見つめる。ここから先は保証できないぞ、と無言の警告を込めて。


 結果は直ぐに現れた。二人揃って、一歩後ろに下がったのだ。

 彼らにとっては無意識な、本能的な動きだったんだろう。が、二人は口先だけの反撃にも出ない。蛇に見込まれたカエルのように、凍り付いて動かなくなっている。


「大したことないんだな」


 視線すら動かさない彼らを押し退け、俺は改めてギルドへと入った。

 カウンターには受付の女性が一人。神秘的なまでに青い長髪を靡かせ、感心した眼差しでこちらを見ている。


 年齢は二十代半ばぐらいだろう。余裕のある雰囲気で、凛々しい大人の女性だと納得させた。


「アンタやるねえ。魔眼を使ったんだろ? いま」


「あ、分かるもんなんですか?」


「そりゃあね。魔力の流れを見れば一目瞭然さ」


 右手に火のついていない葉巻を持って、受付嬢は嫣然と微笑む。


「大気中の魔力を伝って、相手に強力な暗示をかける魔術……それが魔眼だろ? 今の時代じゃ、かなり稀少なスキルって聞いてるけど」


「――そうなんですか。ちょっと田舎で鍛えてたもんで、希少って言うのは初めて聞きましたね」


「田舎……? ああっ!」


 何に驚いたのか、受付嬢は跳ねるような勢いで立ち上がる。

 同じように驚いたのは、ギルドの建物にいる人達だ。二階に通じる階段の奥から、次々に何事だと顔を出してくる。


 さっそく目立っていることに焦りを覚えつつ、俺は受付嬢の方に視線を戻した。

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