第30話 向けられた悪意

「花村さん、何だか個人宛の手紙が来てるんでお渡ししますね」

「え?なぜここに?」

「さぁ…。差出人がないんで、ダイレクトメールですかね」


クリニックになぜ?と思いながら受け取った封筒を見ると、ソノダクリニック 花村 由梨と宛名シールが貼ってり確かにダイレクトメールの様に見えた。


スタッフルームに行き、分厚い封筒を開けてみると、中からは写真が出てきた。

「え…」


そこには、一昨日から昨日の物と思わしき貴哉と由梨の二人の写真と、それから貴哉と美女が顔を寄せあってカフェにいる写真が入っていた。


「なにこれ…」



震える指でその一枚一枚を見た。

全て隠し撮りのようなそれは望遠なのか、近くからなのか撮られているかのようではっきりと顔が写っている。

「なに…これ…」


「どうしたの?花村さん」

「水川さん…」

「やだ、嫌がらせ?」


絶句している由梨を見て

「顔色悪いよ…大丈夫?」

「平気…」

全く平気ではなかったけれど、そう条件反射的に答えていた。

由梨はその手紙を捨てるのも怖くなり、カバンにしまう。


昼に、貴哉から電話がかかってきたときに由梨は

「…貴哉さんは、変わったことはありませんでしたか?」

彼と二人で写っていた事と、貴哉と美女が写っていたから気になったのだ。

「…変わったこと?」

「手紙がきたとか」

「いや、ないよ。どうかした?」

「いえ、何でもないんです」


(じゃあこれは…私へのいやがらせなんだ)


誰かわからないけど、由梨は悪意を向けられている。


そして、その写真は毎日のようにクリニックのポストに入っていて…

「また来てたよ。怖いね…警察に相談に行ったら?」

「はい…」


受付事務の中森 月乃に心配そうに言われる。


由梨は午前診の終わったあとに、警察に相談に行くことにした。


「うーん。この写真だけなんだよね?しかも撮られてるのも外ばっかりだし、脅迫とかもされてないよね?心配なら一応防犯ブザーは貸し出せるよ」

「…いいです。持ってますから」


これくらいで言われても、何も出来ないという雰囲気で由梨はすごすごと引き下がった。


隠し撮りはほとんど毎日続いていて、そして翌朝にはそれが届けられる。


(気持ち悪いし…怖い…)


特に、貴哉と仕事帰りなどに会った日にはとてつもない枚数が届いて由梨を脅すかのようだ。


(なんなの…)


写真の事は貴哉に告げられずにいた。美女の事も聞けず由梨は貴哉と会うのが少し怖くなる。


「でもさぁ…花村さんへのストーキングなら、どうして会社のポストに届くのかな?ストーカーなら家とか盗撮しそうじゃない?これだとまるで素行調査みたいよね」

夏菜子の言葉にそれはそうかも知れない。

気になることはもうひとつあった。


それはスマホには時々渉からの電話がかかって来ていた。本当に、時々…。


(まさか…渉じゃないよね)


こちらがいやがらせならともかく、向こうがする理由がわからない。

由梨は昔の同僚にRENというアプリで連絡をとってみる事にした。


『ひさしぶり』

『ゆりちゃん?ひさしぶり!元気?』

『みんな元気にしてるかなと思って』

『元気!元気!ターミネーターも相変わらず怖いけどね。あ、白石先生が…あ、覚えてる?研修医の。由梨の事聞かれたから、元気にまた働いてるってだけ言っておいたよ。そんなに親しかったっけ?』

ちょうどどうやって聞こうかと思っていた渉の名前が出る。

二人が過去に付き合っていたことは和花くらいしか知らない。和花にすら自然に終わったかのように言っていた。

『ターミネーターも元気なんだ~白石先生とは親しくないよ。何でだろ』

『由梨の事、好きだったんじゃない?』

『好きってそんな事ないでしょ。白石先生って既婚でしょ』

『どこから、その話聞いたの?先生はシングルだよ』

『…え?そうなの?私、誰かと間違えたかな』

『そうじゃない?してないって言ってたよ?あ、もう仕事で行かなきゃ』

『仕事、頑張って。忙しい時にごめんね』

『ううん。また、ご飯でもいこ』


(…渉が結婚、してない?)


一昨年の4月から、渉は研修医として来ていた。

由梨は出来るだけ避けていたから話す事はなくて、そうだ…でも、指輪はしてないね、と看護師たちが噂していたのは聞いた。

でも、つけて無いだけだと思っていた。


(まさか…本当に渉が?)


そんな疑いを抱いた…そんな時に…。


渉…。白石渉は、由梨の前に現れたのだった。


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