第23話 ざわめく心

白石 渉は、由梨が18歳で桐王大学附属 白菊女子短期大学の学生の頃に知り合った。


由梨たち看護学生は、解剖実習と言うものがありそれは医学部の学生たちと合同で行われ、桐王大学の医学部に行くことになっていた。

その時はそれで終わったのだが、友人である和花たちは、彼らと合コンの約束を取り付けていたのだ。


合コンははじめてだったから、どうすればいいかわからず、盛り上がる周囲を見ながらちびちびとジュースを飲んでいた。

「おとなしいんだね、由梨ちゃん」

いきなり、名前で呼ばれてどきりとした。


渉は、今時の服装と、ヘアスタイルでとてもチャラチャラして見えてより緊張させられた。

「ごめん、友達が由梨って呼んでたからさ」

「あ、そうでしたね」

「俺は白石 渉。渉でいいから」

「渉、さん」

「うん?男なれしてないんだ、渉って呼び捨てにしてみて」

「…わ、たる」

「そうそう」


渉はそういうと、あれ食べる?次何を飲む?とか聞いてきて、気を使って構ってくれたのだ。


お酒も入り盛り上がってるそんな中。亜弥からのメールをチェックして、返信すると

「これ、由梨ちゃんの携帯?」

「あ、はい」

「ふーん、やっぱり女の子らしいケース。由梨ちゃんぽいね」

「そうですか?」


渉はそのスマホを手に取ると、あっと躊躇っているうちに、アドレスの交換をしてしまった。


「今度さ、二人で会おうよ。由梨ちゃん、可愛いしさ、俺また会いたいんだ」

「その…」

「いや、だった?」

優しく微笑みかけられて、由梨は首を横に振る。


戸惑ってはいるけれど、嫌ではない。

渉からのメールが来たのは、その日の夜だった。


『土曜日、会おうよ』


どう返事をしたものか、和花に相談した。

「どうしよう?和花」

「今は彼氏いないんでしょ?だったらさ、気軽に会ってみたら?もう18だし、一回も彼氏がいないのも卒業してみたら?」

和花の言うように、由梨はまだ付き合った事がなかった。

「チャラそうかもしれないけど、嫌になったら別れたらいいんだし」


そう言われて、恐る恐るメールに返信をした。

それから、由梨は渉との付き合いが始まることになるのだが…。


渉は医学部だけあり、忙しいのか会うのはいつも、彼の空いている時に突然だった。

外であったのは、はじめてのデートと、その次のデート。

その後は、渉の家か由梨が病院の寮に入ったら由梨の部屋になっていった。

そんな、付き合いがゆるゆると4年続いた。

渉は、由梨とあった数日後に居酒屋に呼び出した。


ひさしぶりの外での待ち合わせに何となくうきうきとして、なのに…そこに女の子が渉の隣にいるのを見つけた。


(浮かれて、バカみたい)


由梨はそこで、何のために呼ばれたのか覚った。


わざわざ呼び出して、バカにしてる。

(4年も…付き合ってたのに…)


「あのさ…」

渉がそう言いにくそうに口を開いたかと思うと

「私、妊娠してるの」

隣の女の子がそう言った。少しばかり露出度の高い、色っぽく見える彼女。

だけど、どうしてだろう…何も、感じなかった。


会うのはいつも、渉の都合。それも、最近は月に数回になっていた。会えば、会話もそこそこに体を重ねてそれで終わり。でも、由梨も忙しくて渉の事は後回しでその事に不満を抱かなかった。

(とっくに…この人とは終わってたのかな…)

ぼんやりと二人を見ていた。


この人、妊娠してるって言っていた。それをわざわざ言うと言うことはつまりは、結婚するつもりだから別れろと言われるのか。


「それで…。要するに、私と別れてその人と結婚するからってことを言うためにわざわざここの席に呼んだの?」

「…ごめんな、由梨」

渉がいつものように、軽く言うので、由梨の頭ははどんどん冷えていく。怒りは心を渦巻いていた。けれど、それはとられて悔しいじゃなくて、気がつかなかった自分と、下らないこの席に浮かれてやって来た自分。


「話はそれだけなの?」


「ごめんね、由梨ちゃん。でもね、由梨ちゃんが忙しすぎて渉とてもさみしそうだったの」

女の子に‘’由梨ちゃん‘’と呼ばれて、更に由梨の心は苛立ちを覚える。

「そうですか、白石さん。じゃあ鍵を返してくれます?」

「由梨…俺は…」

(もう、いらない…でしょ)

「返してくれますか?すぐに」

渉はキーケースから部屋の鍵を外すと、由梨の手に渡した。

「じゃぁ、お幸せに。どうぞ」

と言いおいて、席を立って店を出て行った。


4年も付き合ってたのに…涙のひとつも出なかった…。

由梨はどこか、おかしいのか…。由梨も毎日必死過ぎて…心が疲弊していた事に、この時はじめて気がついた。

こんな風に、街に出てきたのはいつぶりだろう。


センスよくディスプレイされているショーウィンドゥ。

毎日、仕事と寮の往復で…渉だって、そんな疲れた女より、さっきの女の子の方が楽しかったに違いない。

ショーウィンドゥにうつる由梨はぼんやりと生気がない。

(なんだか…とても、疲れたな)


こんな風に自分はなりたかったのだろうか?


由梨は…小さな頃、可愛い花嫁になることが夢だった。

そんなありきたりの口にするのは恥ずかしい夢。


明るい日差しのさす家と優しくて素敵な旦那様と…そして叶うならなら赤ちゃんが産まれて新しい家族を築く夢。


誰かの、たった一人の人に選ばれて愛されたい。

その事が難しいなんて、簡単には手に入らないなんて、小さな頃は思いもしなかった。


身なりに…気をつけよう。

せめて、自分が自分を労ろう。楽しいことだって見つけよう。おしゃれだってしなくちゃ…変わらなきゃ…。


由梨は渉に、選ばれなかった…。


そんな、黒歴史の相手である渉が、どうして電話をかけてきたのだろう。

ぼんやりと、スマホを眺めてしまっていた。


***


「由梨は…今、どこを見てるのかな?」

「あ、ごめんなさい。ついぼんやりとしてしまったみたい」

目の前には貴哉がいる。


彼は、由梨を裏切らない?たった一人の人に選んでくれるのだろうか。


「今日は…ゆっくり由梨を寝かせてあげようと思ったけど…無理だな」

「え?」

「よそ見…ムカツク」

「たか…」


由梨の声は、貴哉の唇で塞がれて封じられてしまった。


「昼寝、したよな?寝かさなくていいよな?」

ゾクリとするほどの黒い笑みを見せられた気がして由梨はおののいた。

「まって…」

「待たないな」

かりっと、ネグリジェの上から柔らかな胸の先端を噛まれ軽く悲鳴をあげた。

「貴哉さん…ちょっと…こわい」


貴哉はふっと微笑むと、

「怖くても、なんでも俺だけを見てろ」

谷間をきつく吸われて、そこに所有印がつけられた事がわかる。

「や、つけちゃ…ダメ」

「もう、手加減しないから、覚悟しろよ?由梨」

由梨はゾクゾクすると、体のすべての神経が貴哉を感じとるかのように、産毛の一本一本まで過敏になったように感じた。

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