第22話 dinner

はじめて来た家で、酔った挙げ句にぐっすり眠ってしまうなんて…。本当に恥ずかしいことをしてしまった。

と思いつつ、由梨はワンピースに続いて艶々のローズカラーのシルクのドレスを借りてドレスアップをする。


家族で夕飯を食べるだけなのに、さすがお金持ちは違うんだな…と、その人たちと共に自分も食べるのに、どこか現実感もなく、貴哉の母、麻里絵と志歩に言われるがままされるがままに身支度をした。


志歩はといえば、こういう時でもおしゃれなスーツ姿で中性的な色気を放っている。


「由梨ちゃん、鏡を見て~可愛く出来たわ!」

麻里絵は、髪を綺麗に編んで結い上げてくれた。

「うん、すごく可愛くなった」

志歩がそう言うと、さすが役者だけあってとても魅力的でドキドキと、させられる。

鏡にうつる由梨は格好だけはお嬢様のようになっていて、自分を見返している。


まるでステージであるかのように志歩に手をとられ、こういうのがエスコートって言うものなんだろうな…と、思った。


(和花が知ったら何て言うかな…)

和花の事を思い出すと、


「あの、志歩さん。少し図々しいのですけど…サインとかもらってもいいですか?」

そう言うと、志歩は嬉しそうに笑って

「私ので良いならいくらでも」

と了承してくれる。


歩き方から、所作からすべて男役を意識していて、とても格好いい。


「あの…お願いついでに、写メ撮っていいですか?」


小さく聞くと、志歩は快くうなずいてくれ、スマホで自撮りする。

「ポーズとる?」

「あ、お願いします!」


志歩はかっこよくポーズを決めてくれるので、由梨はパシャパシャと撮らせてもらった。

さすが慣れているのか、撮った写真を、チェックすると

「由梨さんは、どのポーズが良かった?」

「どれも素敵でした!」

由梨は笑みを向けると、志歩も嬉しそうにしている。


「私の娘ながら、とても格好いいわぁ」

麻里絵もにこにことしている。

「本当に格好いいですね」

そう言うと、ありがとうと微笑む。


「由梨ちゃん、今日はね une étoile からシェフを呼んでいるの。堪能しましょうね」


une étoileは由梨も名前だけは知っている三ツ星フレンチレストランである。

そこからシェフを呼んでいるとは…さすがセレブは違う。


「あの…でも…私は本当に同席してもいいんでしょうか?」


「洸介のことかしら?みんなで叱っておいたから、きっと反省していると思うわ」

「叱って…」


立派な成人男子である洸介と、叱る、というイメージがどうしてもそぐわない。

そして、シェフを呼んでると聞いて戸惑っているのが分かったのか、志歩が話しかけた。

「由梨さん、ごめんね、私は仕事柄どこに私の事を知ってる人がいるかわからないから。兄たちと食事するのも誤解されたくないから」

「あ…そうですね」


夢の世界を届ける琴塚歌劇団の人達は、男性と交際している所を知られてはいけないのだ。つまりは、男兄弟と歩いたりして、疑われたりもするかもしれないという事で志歩は避けているのだろう。


「うん。だから、ここはレストランだと思って、楽しんで?」

そう美しく微笑まれると頷くしかない。


ダイニングルームに着くと、貴哉が立って由梨の側に来ると、椅子を引いて

「どうぞ、座って」


「ありがとう…」

そうして貴哉の隣に座ると、みんなきっちりとおしゃれなスーツ姿なのに気がついた。

麻里絵は、グリーンとシルバーグレイのレースが綺麗なドレスである。


「洸介」

貴哉の父、暎一が声をかける。


「…由梨さん。先程は失礼な事を言ってしまい、申し訳なかった」

と立ち上がって謝ってきた。


由梨はぎょっとしてしまい、慌てて


「いえ…もう、気にしていませんから。私の方こそ社会人らしくなく反応をしてしまってすみませんでした」


「え~それで、椿というのは…」

「その件は…また、貴哉さんからきちんとお聞きします。ですから洸介さんは、お気になさらないで、大丈夫ですから」


椿の事を気にしてしまったが、もうこれ以上詳しく聞きたくなかった。詳しく聞きすぎると、よりいたたまれない気持ちになりそうだ。


「そうね、気分を切り替えて美味しく頂きましょう、ね?」

麻里絵がそう言うと、料理が運ばれてくる。


見た目も美しい前菜に気持ちもすこし和らぐ。


「由梨ちゃんは、看護師さんなのよね?やっぱり大変なの?」

麻里絵が話しかけてくる。

貴哉から聞いたのかな?と思い麻里絵を見た。

「そうですね…。やはり大変な責任を負う仕事だと、そう思ってます」

「貴哉もね、入院したことがあるのよ?」

「そうなんですか?それは大変でしたね」

麻里絵にそう聞き貴哉の方を見た。


「それでね、その時入院してるときに学生さんが来ててとってもひたむきで、可愛らしかったのよ」

由梨も、学生の時には病院に実習に行ったものだ。


「そうなんですね…。私も学生の時は病院に実習に行きました」

「実習厳しい?」

志歩が聞いてくる。

「あまり、思い出したくないくらいには」

躊躇いつつ答えた。

「最初の、実習は…本当にどうしていいかわからなくて、先生には怒られるし、泣いたらそれでさらに怒られるし…」

「泣いたら、怒られるの?」

「病気で入院してる患者さんの前で、泣くなんて言語道断です、って。今でもその、言葉だけは鮮明に覚えてます」

志歩がそれに深く頷いた。

「厳しそう」

「志歩さんも、厳しかったでしょう?」

「そうだね。でも、今はとても楽しい」

「それはとても素敵ですね」


由梨は志歩に微笑みかけた。


「由梨ちゃんは前はどこに勤めてたの?」

絢斗が軽い口調で聞いてきた。


「去年までは桐王大学附属病院にいました」

別に隠すことでもないが、何となく身辺調査のように思うが気にしないよう、自分に言い聞かせる。


「あれ、その貴兄の入院した病院だよね?」


「あ、そうなんですか?偶然ですね」

由梨は貴哉の方を見ると、貴哉の眼が冷たく絢斗を見ている。

「どうかしましたか?」

「…いや…」


「由梨ちゃん、いたかな?貴兄の入院って19歳のときだっけ?」

「そうそう、その位ね」

「由梨ちゃんもいたかも?」

「19歳だったら…7年くらい前ですか?さすがにまだ勤めてなかったです」


そう答えると、何だか絢斗の反応が妙で首を傾げた。


何か、知らないうちに自分がやらかしたのかな、と貴哉の顔を伺う。

何となく、顔が強ばっている気がして由梨は取って付けたように当たり障りない言葉を告げた。

「どれも、とても美味しいです」

「本当?良かったわ。後でシェフにも伝えておくわね」


「明日、貴哉は由梨さんと志歩の舞台を観に行くんだろう?」

暎一がそう貴哉に聞いた。

(あれ、麻里絵さんと約束したはずだけどな…記憶違い?)


「そうですよ」

「お前ははじめてだろう?」

「ですね」

「妹が頑張ってるんだ。しっかりと見てこい」

「俺も行きたいな」

絢斗が言うと、

「じゃあ、お母さんと座る?当日券もあるんでしょ、志歩」

「早くいかないと無くなるかも知れないけど」

「じゃあ、私たちの方が並びますよ?」

「いいのよ。私はまた志歩に頼めるんだから。たまには並ぶのも、楽しそうで良いわね」


このセレブな人が並ぶなんてなんだかとても、申し訳ない気持ちになる。


デザートまで到達する頃には、紺野家は家族らしく色々な話を交わしていて由梨は自分が話題から外れてホっとしていた。

(何というか…付き合ってる。とはいってもこの家格の差ってどうなんだろう…)

この家では、こたつってなに?って雰囲気である。

よく貴哉は由梨の家で普通に過ごしていたなぁと思う。



ディナーの後、貴哉のバスルームに向かうと、そこは部屋のすぐ隣にあり由梨にはお嬢様が着るようなネグリジェが用意されていた。

借りたドレスはどうしようかと悩み、そのまま部屋から持って出ることにした。

昼間借りたワンピースはすでに片付けられていて、部屋のハンガーにそっと掛けておいた。

多分、姿は見てないけれどお手伝いさんがいそうだと思った。

「貴哉さん?」


由梨が部屋に戻ると、貴哉は部屋のソファにゆったりと寛いでいて、その部屋の雰囲気と、スーツを着崩しているけどどこか品のある容姿と仕草が御曹司らしくぴったり似合っている。


「ゆっくり出来た?」

「まずまず…です」

「まずまず、か」


貴哉は苦笑すると

「由梨、今日は…本当にごめん」

「どうして…謝るの?」

「家の事は何も話してなかったからね。先に話すことで…由梨がどう反応するかと考えたら、なかなか話せなかった」


「いいんです。私だって…子供みたいな、反応をしてしまって…」


「椿…って言うのは、俺たちの幼馴染みで。まぁ向こうも大きい会社の娘なんだが…、高校位だったか向こうが勝手に将来は俺と結婚するとか言い出して、親たちもそうだといいか、位の話だった。洸介は…俺が他の会社に就職したから事あるごとに嫌がらせをしてくる。だから、本当に何でもない」

「…なんでも、ない?」

「ここ何年も、会ってもいない」

貴哉の綺麗な瞳が真っ直ぐに由梨を見つめている。


それが本当なら…。由梨にとってとても心地よい言葉で…、

(私だって…過去の事を責めるほど何もなかった訳じゃない…)


そんなことを考えていたら、由梨のスマホが着信を告げた。番号は、名前が出ない。けれど…その番号は記憶に残ったままであった。


(どうして、このタイミングでかけてくるのかな…)


「どうした?」

「…知らない、番号だから」

そう画面を見ながら言うと

「出てやるよ」


貴哉はするりと由梨の手からスマホをとると

「もしもし?」

と出た。


「…間違いだったのかな、すぐに切れたよ」

「ありがとう、貴哉さん」


貴哉が渡してくれたスマホを受け取って机に置いた。番号の相手は…由梨の元カレの白石 渉である。

終わったはずの相手からの電話なのに、なぜか心が乱された。

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