第21話 賽は投げられた( 貴哉side ⑥ )

貴哉は入社して4年目を迎えていた。

新人、という枠を脱してくると接待相手もそろそろ付き合いが長くなってきて、自然と砕けた会話も出てくる。

「紺野くんは、モテるだろう?」

取引先の重役についている相手は、そう話しかけてくる。

「自慢じゃありませんが、モテてましたね。多分」

「だろうなぁ…。君は結婚しない主義かな?」

「まだ考えてませんね」

「だったらどうかな?うちの姪は」


(…出たな…仕事が絡むと、邪険に断りにくい…)

「申し訳ないのですが、すぐではありませんが将来を約束した人がいるので」

口から出任せという、ありもしないことを言うと

「なんだぁ、そうか。じゃあ仕方ないなぁ」

とあっさり引き下がる。

これもいつまでも突き通せる訳でもない。


近頃、貴哉にはそんな話が降ってくる。要はお年頃だというわけだ。

仕事が絡むと、女性そのものが寄ってくるよりも厄介な事だと貴哉はひしひしと感じていた。


いっそのこと、椿と偽装結婚でもするか?ふとそんな考えが浮かぶ。


佐塚 椿は、佐塚建設の令嬢で貴哉たち兄弟とは幼馴染みに近い間柄である。椿は、モデルのような外見に反して貴哉と似たり寄ったりの性格で、年頃になった頃から『私は貴哉と結婚するの』と豪語していた。その理由を貴哉はほぼ正確に見抜いていた。


つまり、椿は誰とも結婚したくないのだ。しかし、令嬢である椿は誰も相手がいないとなると見合いやらなんやらと話が舞い込んでくる。もろもろの条件から貴哉の名前をあげたのだろう。


佐塚家としては椿がそう望むなら、とこれまで様子を見ていたし、椿が本気で言っている訳ではないとわかってるだけに、貴哉もまた勝手な事を、と放置していた。


しかし……偽装と言えど椿と夫婦などゾッとする。


フリで指輪をつけておくか?そうすれば、仕事的には面倒が押さえられるのか?

勤務先ではそれは通じず、いつかまた同じ問題が持ち上がりそうだ。


(…結婚か…)


会社の寮はあと、2年で出なければならず、例えばその時期に合わせるなら、そろそろ真剣に付き合う相手を見つけなければならない。


貴哉は、同じ部署の珠稀と、それから優菜を見た。唯一と言っていい、普通に会話をしている女性二人である。

珠稀は、上司と不倫しているから却下だし、優菜は仕事をするには良いが、どうだろう…。


(…ないな…)


優菜には仕事仲間としてしか見れなさそうだ。


(…これまで付き合う相手に不自由をしたことはなかったが…真剣にとなると難しい…)


加えて、この性格だ。

付き合えば…大概の女たちは離れていくだろう。これまでの経緯を思い出せばその確率は100%に近い。

なかなか前途多難だな

貴哉は自嘲ぎみに笑った。


「わ、なに?その黒い笑み。怖いって」

優菜が顔をしかめて言ってくる。

「顔と頭は良いんだから、笑い方位研究したら?」

「それ以外は取り柄がないみたいだな」

「自分でも、その黒い性格わかってくるせに。だから、怖いって」


そう貴哉にもはっきり言える優菜である。貴重な同期といっても過言ではない。


***


秋になると、上がったり下がったりの気温で貴哉の後輩の下島 悠太はここしばらく体調が悪そうだ。


「下島、病院行ったか?」

「おおげはでし!かぜでふから」


明らかに顔が赤く、言葉も危うい。

しかし、貴哉も悠太も忙しく、そのまま仕事を続けていた。


「…こんにょじぇんぱい…ぼれ、やっぱり…むり…そっ」


ごん!と悠太が机に頭を打ち付けるように力尽きた。


「…こら、倒れるな。面倒くさい」

「しゅみましぇん…」

「ちっ、忙しい時に倒れられたら、余計手間になるだろうが」

「しぇんパイ…冷たいっす…まじ、ふるえる…」


ため息をつきつつ、貴哉は近くのソノダクリニックを予約した。

予約時間まで悠太をごろんと応接室のソファに寝かせて、病院に連れていくロス分急いで仕事をこなす。

順番が近くなり貴哉は上着を悠太に被せると、

「おい、病院に行くぞ」


半ば担ぐようにして悠太を支えながら営業課を出ると、

「行ってらっしゃい」


と、他人事のように送り出すその声に、イラッとさせられる。

まだ今日の仕事が残ってるのに


ソノダクリニックに行くと、ぐったりとした悠太の代わりに手続きをし、順番を待った。


「下島さん、どうぞ~」

と看護師が呼んで、貴哉は思わず椅子からずり落ちそうになる。

(…まさか…再びの偶然か?)


「呼ばれたぞ、診察位は自分でいけ」

よろよろと悠太は歩いていく。


「大丈夫ですか?苦しそうですね」

その柔らかな声は、記憶のままである。

(…変わってない…)


なぜ、こんなところに…。大学病院に勤めていたはずだ。

まさか、こんな近くにいたのか。

近くにいたとしたら、どうだと言うんだ…


診察室の方から由梨が出て来て、貴哉の前に立つ。

「下島さんの付き添いの方ですか?」

「はい」

「今から、下島さんは点滴の処置をしますからベッドの方で付き添われますか?」


(やっぱり彼女は、俺を覚えていない…)


「あ、付き添います」


そう言うと、由梨はほっとしたように頷いた。

「では、こちらにお願いしますね」


記憶と重なる、彼女の笑顔。


(ああ…そうか。俺はこの笑顔が好きなんだ)


女性に、好き、だとどんな事であれ思ったのははじめてかも知れない。


診察室から、よろよろと出て来た悠太を貴哉は支えてやる。

確かに小柄な由梨では悠太を支えられなさそうだ。


「こちらのベッドに寝てくださいね。これから点滴をしますけれど、お手洗いは大丈夫ですか?」

「…ふぁい…」

「はい、では、横になってくださいね」


由梨は貴哉の方に目を向けると、


「会社の方ですか?お忙しくされてるんですね…」

由梨は手際よく点滴の準備をしながら話しかけてきた。

「そうですね、忙しいです」

「頑張ってるんですね」


由梨はそう労りの気持ちの滲む口調で言うと、ちくっとしますよと言いながら針を刺している。

貴哉は、悠太が倒れて腹立たしく思っていたが由梨にかかるとそうなるのか、と半ば感心する。

なんだか、仕事であわただしくして、すり減っていた神経がそっと優しく撫でられた気がした。

もっと、話したい、声が聞きたい…そんな欲求が沸き起こる。


(由梨と…。もう由梨と呼んでいいな…彼女といれば、心地よさそうな気がする)


テープで固定すると、終わったらベルを鳴らしてくださいと声をかけてカーテンを閉めて出ていった。


貴哉がベルを鳴らす前に様子を見に来た由梨は、

「もう、終わりますね」

と悠太の針を抜くと

「お疲れ様でした。お大事になさって下さいね」


ふんわりと微笑むその顔を見て、もう朧気になってしまった…かつて貴哉に氷枕をあててくれ、汗を拭いてくれたその手の感触をもう一度味わいたい。とそう思わせた。


悠太はすうすうと寝ている。貴哉はベッドの下の荷物を取ろうとして、するりと貴哉のスマホが落ちてしまい、手を伸ばした。


(…これは…このままにしておこう)


貴哉はそのまま、悠太を起こしてコートを着せる。

「ほら、行くぞ」


「ふぁ…い」


不確実なちょっとした企みが成功したら、悠太のこの失態は許してやろう。と会計をしながら思う。


これまでの貴哉の知る由梨の性格なら、近くなら届けると言うのではないかと…。


もしも…この何度目かの出会いが、何かに繋がったら…今度こそ、貴哉を由梨に深く刻み付ける。貴哉はそう心に誓う。


彼女は…まだ、俺を知らない。だったら、忘れさせない

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