第24話 観劇と。親友と。思い出。

一晩、貴哉に散々啼かされた由梨は翌朝ふらつきながらも、またまた借りた上質なワンピースにヒールを合わせた、可愛らしいお嬢様のようなスタイルだ。


「おはよう、由梨さん。朝食は和食で大丈夫だったかしら?」

「おはようございます、和食で大丈夫です」


由梨はまた貴哉に示された席に座ると、

「あの、麻里絵さん…、お借りしたお洋服はどうすればいいですか?」

「部屋に置いておいてもらってればいいわよ。似合ってたから、良かったらもってかえってほしいくらい」


朝食のあと、由梨は貴哉と麻里絵と絢斗と揃って絢斗の運転する高級外車で劇場に向かった。


「貴兄さ、なんでわざわざ中古の国産車買ったの?」

「なんで?」

「いや、だってさ。うちに車あるのに」

「絢斗、普通の若い会社員はこんな車に乗ってたらおかしい。俺は営業だぞ?こんな車で仕事になるか」

「へぇ~そういうことなのかぁ」

「絢斗、お前本当に普通の会社に入るのか?」

「入るよ」

「絢ちゃんは貴くんみたいに、立派に一人立ち出来るかしら」

麻里絵は心配だと、いう雰囲気で言った。

「ひでぇ…」


麻里絵はクスクス笑って絢斗を見た。


「そうやって、connoを蹴って入ったんだから、こっちが駄目だったから、やっぱり入れてって言うのは止めなさいね?」

「…マジ?」

「マジよマジ」

「貴兄には、洸兄が入れ入れ言ってるのに」

「貴くんは、今の所でもしっかりといい成績してるから。駄目で逃げる訳じゃなくて、本当に洸くんは貴くんに来てほしいの」

「だから、絢斗は最初からconnoに入っておけば良かったんだよ」

「貴兄に出来て俺に出来ないわけがない。俺の方がちゃんと人付き合いが出来るからな」

「なんだって?」

「貴兄みたいに不器用じゃないんだからな」


(不器用?)


「不器用…ですか?」

「由梨さんはさぁ、貴兄の事、器用だと思うわけ?」

「…器用、不器用…というか…。でも、凄くまっすぐだと思います」

「…えっ…!?」


絢斗が大きな声で驚いた。


「由梨ちゃんから見たらそうなるんだ…?」


「由梨…。もう、絢斗とは話すな」

貴哉はクールに言い放つ。


車を、劇場近くに停めるとまずは当日券を買いに向かう。

「あの列に並ぶのね」

うきうきと麻里絵は絢斗の腕を引いて並ぶ。


「由梨?」

並びに行く麻里絵を見送っていると、後ろから声がかかった。

「…のん?」

振り向くとそこには和花がいた。

「やだ、今日は誘ってなかったのに、偶然!…ってもしかして、デートだった?」

「こんにちは」

隣にいた貴哉が和花に挨拶をする。

「あ、由梨の友人の清川 和花です。あ、並んでくる!」

和花は麻里絵の後ろに並ぶ

「和花は私と高校の時からの友人なんですよ。いつも観劇するのも和花と行くんですよ」


やがて、無事にチケットを購入した麻里絵たちと、それから和花が寄ってくる。

「由梨、じゃあまた一緒にみよ」

「うん」


「由梨、清川さんも一緒に食事をしたらどうかな」

「いいですか?」


貴哉は頷いている。

「ありがとう貴哉さん」

由梨は、


「のん~」

と呼びながら追いかけた。

「ん?どうしたの」

「お昼、一緒に食べないかって」

「えー邪魔じゃない?」

「大丈夫みたい」


「すいませーん、お邪魔します」


元気よく言う和花だけど、何となく顔が疲れている。

「のん、もしかして明け?」

「うん。だから妙にテンション高いでしょ?あ、ユ◯ケル飲まなきゃ」


「お疲れ様だねぇ~」

「そのかわり!正月手当てももらえるし、明日も夜勤だけど、3日からは休みだし。だから、こうして思い付きで来ちゃった」

てへっと和花が笑っている。


「のんらしいね」

「でしょ?これが私の発散方法だから」


「で、ねぇ、由梨はいつの間に彼が出来てその彼の家族ぐるみで仲良くなったの?」

「えっと、本当に最近…」

「ふぅ~ん」



麻里絵の案内でイタリアンレストランに行くと、

和花は食事を朝からまだ食べていなかったらしく、たくさん注文していた。

和花は背が高く目力のある美人で、だからなかなか目立つ。


「のんちゃんめっちゃよく食べるね。俺、女の子がたくさん食べるの好きだなぁ」

「夜中仕事してたから、とーってもお腹が空いてるの」

「そっか、大変だね」

「ほんっとに、大変なの」

和花は思いっきり力を込めて言った。


「和花はオペ室と救急外来なんですよ。」

「由梨には無理な所だよね~」


「その通り、です」

由梨はしょぼんとうなだれる。

「そのかわり、私は病棟無理だしね」

和花は明るく言った。


「えっと、それで彼は名前聞いたっけ?」

「紺野です」

「紺野くんね。下は?」

「紺野 貴哉」

「で、俺は弟の絢斗」

「で、お二人のお母さまね」

「和花さんよろしくね」


にこにこと麻里絵は和花を見る。

「あ、そうだ。のん、あのね…これ渡そうと思ってたの」

由梨は星乃りんのサイン入りの写真を渡した。


「え、由梨。これどうしたの?」

「貴哉さんの妹、なの」

「ええーそうなの~!!やば、めっちゃ嬉しい」


和花はそれを綺麗にバッグに納めると

「え、て事は直接もらったんだよね?由梨、いいな」


食事をはじめて、和花はすっきりとした声をあげた。


「あ、そうだ。思い出した~。貴哉くん、桐王大学附属病院に入院してませんでしたか?」

和花がいきなりそう言った。

「…してましたよ」

「やっぱり、そうだ。由梨、ほらはじめての実習の時だよ」

「?」

「やだ、由梨ってば。こんなイケメンなかなかいないよ」


(実習…?)


「由梨さ~2日目からめっちゃテツコに怒られたでしょ?」

鉄の女のように怖いということで、そう呼ばれている先生がいたのだ。


「あ!」


由梨は思い出した。確かに…会っている。その時の患者さんと、貴哉がようやく結び付いた。

その瞬間顔を染めて手で覆った。


「やだ!あの、私の黒歴史…」

「由梨はあの時大変だったもんねぇ」

和花が楽しそうに笑った。


「面会の人にはイヤらしい目で見られるし、待ち伏せされるし」

「のん、もうダメだってば」

由梨はゾッとして腕を抱き締めた。

その当時は実習の緊張と慣れない生活のストレス。それからその自分が、そういう目で見られるという戸惑いと恐れ。


「え、と貴哉さん、私の事覚えてましたか?」

「そんな何年も前の事、忘れてた」

淡々という貴哉に、由梨は慌てる。

「あ、そう、ですよね。たった数日だったんですから」

「それはそうだろう。覚えてる訳がない。で、待ち伏せとかなに?」


「由梨は可愛らしいでしよ?その時の学生の制服って、今は絶滅してるナースキャップにピンクのナース服で、まぁ…ちょっと…コスプレっぽかったせいか…。待ち伏せとかされたりね。しかも、帰りも高校の制服だし。もちろん私が撃退したけど!黒歴史になってても仕方ないか…」

「のん…喋りすぎなんだから」

「貴哉くんにも、由梨泣かされてたよね?あれから由梨の泣き虫レッテルついちゃったから…。看護師さんとかも、由梨には厳しくってね、『すぐ泣く!』とか怒られるしね」

「やだもう。本当にその時の話は終わりにして」

「由梨の黒歴史だねぇ~?」

「のんったら、私の話はいいから」


「はいはい。でも、由梨ビックリするわ、私でも覚えてたのに」

「まさか、そんな偶然があるなんて思いもしなくって」

「それも、そうか」

和花は笑った。

「そういえば一葉かずはくん、就職は決まった?」

「うん。決まったって、だからもう和花は、自分の事だけ気にしろだって」

「二人とも、頑張ったねぇ」

「でしょ?」

ふふっと和花が笑う。


「絢斗くんは大学生?」

一葉の話題が出たからか、和花が聞いている。

「俺は大学院生だよ」

「じゃあ、私たちと同じ年なのかな?」

「24?」

「あ、一緒だぁ~。じゃあ、りんさんは?」

「22だな」

「あ、聞いちゃった…」

和花が耳を押さえた。その姿がとても可愛らしい。

由梨はクスクス笑った。


「由梨さ、そういえば白石先生から電話あった?」

「え?」

「見かけないけど、どうしたのかって聞かれたから。3月で辞めましたって、言っておいたよ。だから、電話でももしかしたらかかってきたかななんて」

(それで、かかってきたのかな…)

「そうなんだ」

「気づくの遅いよね」


和花の言う白石先生は…。

渉は、去年の4月から研修医として由梨と同じ大桐王学附属病院に勤務している。その事も由梨の退職の理由の一つだ。


和花と絢斗は、話が合うのか食事中も楽しそうに話している。麻里絵もそこに混じってとても楽しい昼ごはんになった。


「そろそろ、行かないと」

貴哉が時計を見て、伝票を持った。

「あら私が」


「もう、親に払ってもらう年じゃありませんから」

と貴哉はクールに言い、カードで支払っている。


「へぇ、なんだかすることもスマートで格好いいね、由梨の彼」

和花がこそっと耳打ちしてきた。


揃って劇場に着くと、由梨と貴哉は前の方のとても良い席で、麻里絵と絢斗それから和花は並んで座っていた。


「貴哉さんははじめてなんですよね?」

「そうだな」

「こんな近くで観れるなんて本当にラッキーですね」


そうして、華やかな舞台が始まる。

琴塚歌劇団の真珠、瑠璃、紅玉、翡翠、琥珀と組があり、星乃りんはこの内の真珠に属している。


この日の演目は、とても人気あるミュージカルが元になっていて、りんの役は出番は少ないもののとても目立つ役柄で良いところで見せ場がある。

トップの響 羅衣留らいるは長身で演技力、歌唱力に優れたとても実力と人気があるのだ。


前半があっという間に終わる。

「どうですか?貴哉さん」

「いや…こんなに面白い物だとは思わなかったよ。すごいね」

「良かった」

貴哉は見た目によらず、感激やさんだと由梨は思う。


後半に羅衣留とりんの見せ場がやって来ると、その迫力に貴哉も真剣に見いっていて由梨は嬉しくなった。

志歩こと、りんの歌は羅衣留の声と良く合っていてとても凄く感激させられる。


フィナーレはファンでなくてもきっと知っている大階段が登場して由梨は感激しながら毎回見てしまう。


「良かったですね…」

「そうだね、志歩があんな風だとは知らなかったな」

「お兄さんなのにもったいないですね」


由梨が言うと、

「じゃあ、志歩にまた由梨と観に来るからチケットを頼むことにするよ」

「嬉しいです」

貴哉の言葉に由梨はにこにこと返事をした。


麻里絵たちと合流すると、

「のんちゃんも、送っていくよ」

と絢斗が言うと、

「良いんですか!これで帰ったら即寝ます!」

「のん、今日は深夜?」

「そ、稼ぐよ~」

と力こぶを作ってる。


「頼もしいねのんちゃんは」

「うちは、親がいないから。頑張らないとね、弟に就職祝いもあげないとだし」

「え、そうなんだ!?」

「そ、すごい?私って頑張っちゃってるの」

ふふふっと和花は笑った。


「由梨が辞めた後もさ、やっぱり続々辞めていっちゃうよ。やっぱり3年って区切りなんだよね~」

「うん…」

「いくらちゃんとしてる病院でもさ、やっぱり交代勤務って大変だもんね」

「うん…」

「私も一葉が就職して落ち着くまでは!と思って耐えてるだけ」

「そうなの?」

「うん。大学病院で6年働いたらとりあえずキャリアは出来てるし、どこでも行けるもんね」




「のんちゃん、何時起き?コールしようか?」

「大丈夫大丈夫!そのかわり、車で寝ちゃうかも。着いたら起こしてね」

「わかった~」


絢斗の隣に麻里絵。後ろに貴哉と由梨と和花が乗る。


桐王大学附属病院のすぐ近くにある寮は、由梨もかつて住んでいた所である。乗り込んですぐに眠った和花の代わりに案内をする。

お正月だからきっと今回は無理な勤務になっているのだろう。


「明るいね、和花さんは」

「そうなんです。和花はいつも、元気いっぱいなんですよ」

「親がいないなんて、大変だっただろうね」

「そうですね…」


由梨は、和花から聞いている。

和花の父は愛人と暮らしている、母はそんな父に愛想をつかして出ていったのだ。残された和花と一葉を育ててくれたのは祖父母で、看護師を選んだのだと言う。

実際、高校の衛生看護科を選ぶ少女たちの中にはそういった家庭環境が複雑な子供たちが多かった。

継母とうまくいっておらず、早く自立したい。片親である。等々直接聞いた中でもそれくらいはあるのだ。


18歳で准看護師になれ、20歳で看護師になれるのは最短のコースなのである。 だからこそ確実に就職出来て、稼ぐ事の出来るこの道をみんな選んだのだと。

奨学金を桐王大学附属病院に出してもらった由梨たちは、高校の入学と共にこの病院で働くことが決まっている。つまり、就職まで一直線なのだ。


しかし、和花たちは大学病院では出世はまず出来ないと言う。それは由梨たちの世代になると四年大学を卒業した看護師たちがいるからである。

だからこそ、和花も辞めようかと言っている訳なのである。他の病院でなら、役職につけるからである。


大きな病院が見えてくる。その近くのマンションが寮になっている。


「のん、和花…起きて、着いたよ?」

「うん…」

ふぁ、とあくびをすると和花はシャキッと起きて


「送ってもらってありがとうございました!由梨、また今度休みにご飯でも行こ」

「うん、またね」


「のんちゃん、またね~」

「お疲れ様ね、また一緒にご飯でもしましょ」


貴哉も和花に会釈をする。

和花は元気よく駆け出してマンションに入っていった。


「あ!連絡先、聞くの忘れた。由梨さん、教えてくれる?」

「和花に聞いてからなら」

「あ、じゃあよろしく」


(…え、今って事?)


由梨は絢斗の眼差しをうけて、和花の携帯に電話をかけた。

「あ、のん?絢斗くんに、のんの連絡先、教えていい?」

『いいよ、べつに~』

「ん、わかった、じゃね」


期待に満ちた眼をしているので、由梨はバッグからメモに和花の連絡先を書いて絢斗に渡した。

「どうぞ」

「ありがとう」


絢斗はそういうと、機嫌良く運転して紺野家へ向かった。

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