第16話 貴哉side ①

貴哉は眠ってしまった由梨を部屋に置いて元の居間にむかい、その廊下から扉を開けると、家族の視線が貴哉に向かう。


「由梨ちゃんは眠った?」

「ああ、寝たよ」


貴哉が無表情で答えると、母の麻里絵はふふふっと含みのある笑みを向ける。


「貴くんは見かけによらず一途なのねぇ~」


その言葉に一瞬むっとして見せたものの、また表情は凍ったような雰囲気である。


「私も最初はわからなかったけど、思い出したよ。あの時の女の子だよね?貴にぃ」

志歩が続けて言う。

麻里絵と志歩が微笑み合うと


「貴くん、感謝してくれる?引き留めてあげたんだから」

「そうだよねぇ?あのまま由梨さんを帰したら貴にぃだけだと、こじれそうだったよねぇ?」

ニヤリと志歩が男っぽく微笑む。


「貴くんは元々性格が何だから、こういう時も何だか心配だわ」


「由梨ちゃんとはじめて会ったのはもう、7年前?」

麻里絵が言うと、

「うるせ」

ボソッと貴哉は呟いた。その事により認めたようなものだ。


「洸くんも、貴くんは初恋の乙女を手に入れるべく頑張ってるんだから応援してあげたら?どうせお金目当てかと疑って、椿ちゃんの事まで持ち出しちゃって。貴くんを会社に引き入れたいが為に意地悪するなんてやめなさいよね。だいたい貴くんが、connoの名前に惹かれて来るような女の子、ここに連れてくるわけないでしょ?」

「そぅだよな、貴兄は騙されるより騙すっていうか」


絢斗の言葉と洸介の言葉が重なる。

「初恋の乙女?」

ちっ、と舌打ちの音が小さく響く。


「洸にぃ、覚えてない?貴にぃが肺炎で入院した時の」

「入院?」


「ほら、看護学校の子達がちょうど来てて」

志歩が説明をしようとすると、

「あー!そうか、すっかり名前も忘れてた」

そう叫んだのは絢斗だった。


「貴が体拭いてもらうの滅茶苦茶抵抗して、涙ぐませた女の子だ」

「思い出した。そのあと、看護師に怒られてナースステーションで泣いてたんだよな」


貴哉の部屋を担当していた由梨。

あまりに年が近すぎて、貴哉は由梨の世話を拒否したのだ。ちょうど実習期間と貴哉の入院期間は被っていたのだ。


「由梨さん、あの時ひたむきで可愛かったもんね」

志歩はまだ15だったが、高校生ながら立派な仕事につこうと頑張っている由梨を見て、自分も受験に向けて頑張ろうと思ったのだ。


「由梨ちゃんは、覚えてないの?」


「多分…すぐに別の所になったから」


カリキュラムがいろいろあるのか、最初の数日だけで、貴哉は後は同じ病棟で必死に頑張る由梨を遠巻きに見ていた。


由梨が貴哉に話しかけたのはその数日だけ。歩行が許されるようになると、後は朝に会えば『おはようございます』『さようなら』と笑って挨拶をしてくれるのを、病棟にある患者の憩いの場で見ているだけだった。


「調べれば、どこの学校かくらいすぐにわかったのにね不器用な貴にぃ」

くすくすと志歩が笑う。

「なるほどな…」

父の暎一が笑みを深くして頷く。


「貴哉からしてみれば7年越し…由梨さんからはまだ数ヵ月か…。それに、彼女からしてみればまるで、この家は別世界か…このギャップをどうして乗り越えるのか楽しみだな?貴哉」

貴哉は暎一の言葉に嫌な顔を浮かべる。


「それより、貴兄の腹黒とその一途さのギャップにやられるけど」

ゲラゲラ笑いだしたのは絢斗である。

「絢斗…お前それ以上笑ってみろ?お前がこの先笑えないようにしてやってもいいんだぞ」

貴哉の言葉に絢斗はばっと口をふさいだ。


「由梨さん、可愛いよね。女の子らしくて、素直で…」

ちらりと志歩が貴哉を見る。

「明日、公演にお母さんが誘ってたよ?」


「お母さんは遠慮して、貴くんに譲ってもいいわよ?その代わりそのあとのお買い物は一緒に行かせてね?」

「...。」

「譲ってください。お願いします、は?」

「…譲ってください、お願いします」


やはり、親には敵わないと貴哉は悔しさをなるべく出さないように淡々と言った


「ちゃんと、7年越しだってこと話しなさいよ?由梨ちゃんはきっとわかってくれるんじゃない?貴くんががっついちゃってるの」


貴哉の凍りそうな目が麻里絵に向かう。

「ほらほら、お母さんにそんな目を向けないで鏡で笑顔の練習でもしなさいよ」

「練習、私も部屋で練習してこよ~」


志歩は華麗にターンを決めると、踊るように部屋を出ていった


「お夕飯には由梨ちゃんも起こして一緒に食べましょ」


ふふふっと麻里絵は笑うと、キッチンに向かう。


「その、貴哉…。悪かったな」

洸介はそう素直に謝る。

「ちっ」

「…謝ってるのに態度が悪いぞ」

「洸介のせいで、由梨が俺に不信感を露にしたぞ。これまで必死に築きあげてきたのに」

「わかった。由梨さんには、夕飯の時に謝ろう。椿の事は、俺が…あ~…何というかな…対処…してもいい」

「椿と俺は最初から何もない」

「あー、そうだな。うん、俺が悪い。だからな…貴哉、connoに…」

「…は行かない」

「…だよな…」


「あ、俺も行かないから。就職もう決まってるし」

絢斗がどさくさに紛れて話す。

「絢斗、お前もか…」


「お前も、という訳なんだな!」

自慢げに絢斗が胸を張った。


弟二人が勝手にconno以外の会社に就職を決めたという事に洸介はがっくりとしている。

「また、そんなポーズして。そんな柔じゃないくせに」

絢斗がゲラゲラ笑いながら言った。


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