第14話 秘め事

大晦日…ようやくその日に、貴哉からの電話が鳴り由梨はほっとした。


『由梨?』


そのほんの5日程度…聞いてなかったその、名を呼ぶ声を聞いて思わず涙ぐみそうになり、自分はおかしいとそう思った。


母と共におせち料理の準備をしていた由梨は、話しながら駆け上がって二階の自室に入った。


「貴哉さん…」

『ごめんね、なかなか時間がとれなくて』

「忙しかったんですね…」

『そう…でも、出来ないヤツの言い訳みたいで悪いね』

「貴哉さん…自宅ですか?…うちに、来ませんか?」


ついポロリとそんな事を言ってしまう。


「あ、すいません。貴哉さんも、実家に帰りますよね」

『実家ね…確かに帰ると言ってる…明日、一緒にいく?』

「そんな…お正月にそんなお邪魔するなんて」

『多分、大歓迎だよ。前に由梨も会ってみたいって言ってただろ?』


貴哉は…本気なのだろうか…。

確かめてみたい欲求に勝てずに


「そうですね…お邪魔でなければ…連れていって下さい」

と言ってしまった。


『じゃあ、俺は今から由梨の家にお邪魔してもいいのかな?』

「は、はい。お待ちしてます」

『車でも大丈夫?』

「大丈夫です!」


由梨は勢いこんで言い、電話を切ると急いで階下に降りた。

「お母さん、どうしよう。貴哉さん呼んじゃった」

「いいんじゃない?お母さんはそのつもりだったけど」

「それで、明日は貴哉さんの実家に一緒に行こうって」

「あらそう。ちょうど、明日のお着物出してるから、それ着ていったら?」


初詣用のつけ下げが、和室には用意されていた。淡いピンク色で花模様が綺麗である。帯は七宝柄。

「これで大丈夫かな…?」

「貴哉くんのおうちはどんな家であっても、訪問するのには問題ない格よ」

「じゃあ、それで行こうかな…張り切りすぎって思われない?」

「どうして?お母さんは由梨がお母さんの着物を着てくれるのとても楽しみなのに」


「そうよね…」


なかなか着る機会はない着物。こういう時には由梨は着るようにしていた。


お節は完成して、翌日の雑煮の準備も出来た。


後は貴哉が来るまでに、由梨の部屋に布団を運び彼の着替えを置いて準備を整える。


洗面所には新品の歯ブラシと男性用のシェーバーが置かれて母がいつでも『貴哉くんwelcome』な状態であったのだと由梨は知る。


近所の家が旅行に行っている為、貴哉の車はそこに停めさせてもらうと母は話をまとめていたようで、由梨はその母の備えにまたしても驚かされた。


「だって、貴哉くん。車で行動しそうじゃない?」

「確かに、そうかも…」


夕方近くになり、貴哉からの連絡があり花村家の前だという。

「貴哉くん、そこの家の駐車場に停めてくれる?」

「わかりました」


はじめての駐車場でも、すんなり停車させるスマートさ。


「なんでもそつないわね」

母は感心して、コートを肩にかけて降りてくる貴哉を見ていた。

「今日は亜弥はじろうくん所だし、お父さんもお母さんもお酒のんで熟睡しちゃうから」

「お母さん、何が言いたいの?」

「だから、もうそういう仲でしょ?」

「お母さん…」

由梨はもう、母とそういう事を話すことにげんなりしてしまった。


「だって、貴哉くんは由梨にも結婚するつもりで伝えてるわけでしょ?由梨がさっさと決めちゃえば、もしかしたら亜弥の子供と年が近いと従兄弟同士遊べるし」

母はそんなにも、さっさと由梨をお嫁にやりたいのだろうか…。


「こんばんは、お邪魔します」

爽やかに笑顔を向ける貴哉に母はご機嫌である。


「いらっしゃい」

「美香子さんこれはお土産です。皆さんで」


包装紙を見ると有名店のお菓子である。

「あら、ありがとう」

にこにこと受け取っている。


「貴哉さん、どうして母の名前…」

「ん?前に教えてもらったから」

「あ、そうなの?」


貴哉に名前を呼ばれた母は間違いなく、嬉しそうである。

愛想がよすぎる、その事に少しだけ嫉妬してしまう。


「…由梨のお母さんだから、だよ」


由梨がムッとしたのがわかったのか靴を脱ぎながら囁いてくる。先に家に上がる貴哉からは、彼の香りがほのかに漂い由梨をキュンとさせた。


(…今ここで…抱きついたい…)


その胸に顔を埋めたい。そんな欲求が沸き上がり、慌てて夜ご飯の準備をすることで誤魔化す。


「亜弥さんは?」

居間に亜弥が居ないのに貴哉は気づいたようだ。

「亜弥は今日からじろうくんの家なの」

母がそう貴哉に説明する。

「そうなんですね」

貴哉はさらりと笑顔で応じた。


「貴哉くんはビールでいい?」

「はい、頂きます」


由梨はグラスとビールを貴哉の元へ運び、

「貴哉さん、どうぞ」

とビールをついだ。


今日は鍋と、そして惣菜が並ぶ夕食である。

亜弥は不在なので、母は貴哉が来ると予測していたようで…本当に驚かされる。


年末の由梨の自宅に貴哉がいる。そして隣でビールを飲んで、同じ鍋を食べるなんて信じられない。


テレビは年末の定番の番組が流れていて

「貴哉さんはTVとか、見ますか?」

「今の家にはTVはおいてないよ」

「置いてないんですか?」

「うん。パソコンはあるし、それで不自由ない」

「貴哉くんらしいな」

父がそう頷いた。


「由梨と暮らすときにはTVを置くよ」

「あらあら、もう新居の話なの?寂しくなっちゃうわね」

「遠くには住まないようにします」

「亜弥は近くにこれからもいてくれるし、由梨は貴哉くんが良いと思うところで良い」

父がそう寂しそうに言っている。

「お父さんたら、気が早すぎる」


「どうして?由梨には最初から結婚を前提にって言ってるし、だからご両親にも会わせてくれたんだよね?」

「それは、そうなんですけど…」

「けど?」

「いえ、そのとおりです」

「由梨ったら照れてるの?」

くすくすと母が笑う。


「和成さん、ビールどうですか?」

そんな母と由梨とのやり取りを見ながら貴哉はさりげなく父にビールを注いですっかり婿のようだ。


食事があらかたすんだところで、

「貴哉さん、お風呂沸いてますよ」

母の目配せで由梨は貴哉に勧めた。篭には着替えも準備した。

「ありがとう、先に使わせてもらうよ」



貴哉がお風呂の間に洗い物をしてしまう。

「ねぇ、由梨…それ、貴哉くんからのプレゼントなんでしょ?」

それ、とは由梨の左手の薬指におさまったリングである。

クリスマスの朝に、嵌められていた可憐なデザインリングに由梨は気がついた。


由梨からは貴哉には革のキーホルダーを送ったのだ。


「そういうの贈ってくれるって事は、貴哉くんはちゃんと本当に真剣なのよ」

由梨の不安を母はわかってるんだ。

「信じて良いと思うわよ?お母さんが言うんだから間違いないわ」

「ありがとう、お母さん…」



貴哉が出て来て、由梨と母も続いて入り父と母は、かなりご機嫌にお酒を飲んだ。

除夜の鐘をテレビで聞き、由梨は年越しそばを用意した。

新しい年を迎えて、


「私もお父さんも、お酒飲んだらもぉ~起きないからねぇ~」


と、二人して和室の寝室に入っていく。

テーブルを片付けて、由梨は貴哉と部屋に向かう。


二人で部屋に…。

前回は、そういう関係ではなかったけれど…すでに、貴哉との行為を知っている今は自然と体が期待して欲情してしまうのを止められない。


「由梨」

「はい!」

呼ばれてつい、上ずった声が出る。


「今日…ずっと俺の事、見てたよな?」

くすっと笑われて由梨は頬を染めた。

「…見てました…」

「何を思ってたのか…ちゃんと言ってみて?」


(やっぱり…あからさまだったんだ…)


「言えない…」

「おいで、由梨」


促される様に差し出された手を握ると、引き寄せられ布団に座った貴哉の膝に座ってしまう。


「言って、ちゃんと聞きたい」

頬を撫でられて由梨はますます赤くなりながら


「抱き締めて…それから…キスも…してほしいって…思ってました」


「いいよ…。それで…俺を、もっと欲しがれよ由梨」

由梨の望み通りに腕に抱かれてキスをされると、瞬く間に熱く官能の焔が体を駆け巡る。


「由梨…キスまでで、いいの?」

ふっと意地悪な笑みを向けられて、由梨は泣きそうになる。

「…貴哉さん…意地悪…」

「満足した?」

離れていく唇と、力がゆるまる腕に、体の間に冷たい空気がはいってくる。由梨は貴哉に哀願した。

「…ダメ……して下さい…」


「ぎりぎり合格かな…」

そういうと、貴哉の指が唇をなぞる。


「お父さんとお母さんもいるのに…由梨はいやらしい事がしたいんだね…」

「貴哉さん…苛めないで」


「どこが苛めてるのかな?由梨のお願いを聞いてあげただけなのに」


「…ぁ…」

触れられると、何もかも恥ずかしくて、なのにもっとと身も心も求めてしまう。

由梨の上にに重なり合うようになると、手をベッドに縫い止められて、由梨はこくりと喉をならした。


「私…おかしい…」

由梨はねだるように貴哉を見上げて、眼を閉じた。彼が与えてくれるキスを期待して。


ふっと笑う気配があって

「俺に溺れて、もっとおかしくなっていい」


その声にゾクっとして身を震わせた。

由梨のシングルベッドは…貴哉には狭すぎる…そんな事を思いながら、握られた手を握り返した。


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