第9話 1つ屋根の下
すっかり花村家の居間で寛いでいる貴哉は父と慶次郎と盛り上がっている。
息子のいない父は、義理の息子になる慶次郎たちと日本酒が飲めてご機嫌である。
「由梨、お布団出したから敷いてきなさい」
「どこに?」
「由梨の部屋でしょ」
当たり前だよといわんばかりの母の言葉に由梨は卒倒しそうになる。
「お母さん!私たちまだそのなんていうかえっと」
「しっかり捕まえときなさい!」
ガシッ!と肩を捕まれて、布団を示される。
「由梨!頑張りなさい」
亜弥も横で頷いている。
「あのね、どこの世界に嫁入り前の娘を男と同室にする親がいるの」
「あのね、由梨。日本は平安時代には娘に良いと思う男を夜這いさせたものよ。つまりこれは日本古来からの伝統なの」
にっこりと微笑まれて由梨はひきつった。
「お姉ちゃんは妊婦だし、お母さんは年なんだから由梨しか運べないでしょ?ほら」
と母に布団一式を示されて、由梨はため息と共に布団を2階の自分の部屋に運び込んだ。
小さな机を避けて、ベッドの横に布団を敷く。
由梨の部屋にはベッドと箪笥と机があって、貴哉の為の布団を敷くとそれで足の踏み場もない。
結局、真夜中過ぎまで酒宴は続き眠気が堪えきれなくなった所でそれぞれ部屋に向かう。
「貴哉さんは私の部屋です」
おそるおそる彼を見るが、かなり飲んでいたのに貴哉はあまり変わっていない。
「お酒、強いんですね」
「表に出ないだけでかなり酔ってるよ?由梨の部屋に泊まりなんて、緊張するな」
「ほ、ほんとにそう思ってます…?」
「思ってるよ?好きな子の部屋に泊まるのに緊張するなという方が無理じゃないかな?」
「そ、ですよね」
由梨は部屋のドアを開けて
「狭いですけど…」
由梨は先にベッドに向かい、貴哉に布団を勧める。
「残念、同じベッドじゃないんだ」
「た、貴哉さん」
「冗談だよ」
くすくすと貴哉が笑って、布団に座る。
「ご両親のいるこの家で不埒な事はしないよ」
「ですよね」
由梨はほっと息をした。
「でも…これくらいは、許されるよね?」
「え」
と思わず見ると、至近距離に貴哉の綺麗な瞳が迫っている。
後頭部に、添えられた手が貴哉と由梨の距離を縮める。
この前の、触れるだけのキスとは違い、浅く、そして深く…。唇が由梨の唇と重なり、そしてゆっくり味わうかのように舌が蹂躙して、ゆっくりと余韻を残して離れていく。
「今度…一つの部屋に寝るときは、こんなものでは済まないからね?」
由梨はキスでぼぅっとなったままその言葉を聞いて、ぼんやりと頷いた。
「おやすみ、由梨」
額にそっと口づけされて、由梨は布団をかけられる。
「おやすみなさい貴哉さん…」
布団の温もりが、眠気を誘い由梨を夢の世界へとさらっていく。
思考はすでに正常ではない。貴哉は何と言っただろうか…。
薄闇の中、ふと目が覚めて由梨は隣の布団で寝ている貴哉に気がついて思わず飛び起きそうになる。
「……っ!」
声をあげそうになって、口を押さえる。
(この、状況でぐっすり寝れた自分にビックリする…)
まだ朝は早いが、早く身支度をしなければ…。朝からすっぴんを見せたくない。
そろりと足を下ろすと、貴哉の寝ている布団に足を下ろさざるを得ず、なるべく邪魔をしないようにそろりそろりと動く。
朝から入念に手入れをして、それから化粧をする。自分の中で満足のいく仕上がりにメイクとヘアを整えると、キッチンの母に声をかける。
すでに母はキッチンで朝食の下ごしらえをしていて、
「お母さん、おはよう」
「由梨、早いじゃない」
ふふふっと笑う母に由梨は
「…ゆっくり朝寝坊なんて出来ないでしよ…」
「貴哉くんは本当に、良い子ねぇ。もう、結婚しちゃえば?」
「お母さんてば…」
「だって、そんなつもりが全くないならここまで来ないでしょ?」
「そういう話になるほどのお付き合いはしてないわよ?」
「こういうのは時間の長さじゃないの。タイミングよタイミング。亜弥なんて付き合いだしてから何年よ。由梨が15年付き合おうと思ったら、いくつになるのって話でしよ?」
「お姉ちゃんと比べないでよ…」
「比べてないわよ。亜弥は亜弥で、由梨は由梨でしょ。あ、貴哉くんのシャツ、アイロンかけてきたら?ここはいいから」
「はぁい」
由梨は手伝いの手をとめて、脱衣場に干していた貴哉の服を取り入れてアイロンをかける。
由梨の服と違い、サイズが大きくて、大きめのアイロン台いっぱいに広がる。
この服にぴったりの…貴哉の胸と、腕に抱き締められたら…どんな感触がするのかな…。
袖をかける時に思わず自分の腕と比べてしまう。
いつも隙のないスーツ姿の貴哉は、アイロンなんて自分でかけたりしてるのだろうか?それとも、クリーニングなのかな…。
アイロンをかけおわって、由梨はスーツ一式を持って部屋にそぉっと戻ってみる。
布団にまだ横になっている貴哉の額に、さらりと髪がかかっていて、形よい眉と閉じた目を彩っている。
(寝顔も素敵って…すごいよね。髪…柔らかそう…)
思わず確かめたくなる。
わずかに開いた少し薄めの形よい唇を見たとたん、昨夜の事を思い出して思わず頬が熱くなる。
起こさずにまた外に出ようと後退りした所で、貴哉の目がパチリ開いて、由梨を見つめている。
「優しく起こしてくれるの、待ってたのに」
「起きて、たんですか?」
「由梨が入ってきた時にね」
布団に、スウェット姿で半身を起こしているだけなのに、絵になっていて、しかも色っぽい。
腰穿きしているためか、動いたわずかの隙に鍛えられた腹筋が目に入ってきて由梨は思わず目線を逸らした。
「貴哉さん、シャツの洗濯、終わりましたから…置いておきますね」
「ありがとう由梨」
由梨が出ていかないうちに、躊躇いなく着替えをはじめる貴哉に由梨は慌てて部屋の外へでる。
(…男の人の裸なんて…はじめてでもないのに…はじめてでもないのに!)
きっと自分の部屋だからだ、と由梨は自分を納得させてキッチンに降りる。
「貴哉くん、起きてた?」
「うん」
「じゃあ、お味噌汁温めるわね」
母はそう言うと、ご飯と味噌汁と玉子焼きと胡瓜の酢の物。焼き鮭を並べだす。
「お父さん呼んできて」
「はぁい」
花村家は、可能な限りまずは何でも男性からである。
「じろうくんは、寝てるかしら?」
「日曜日はゆっくりなんじゃないの?」
由梨はそう言うと、居間の父に声をかける。
「お父さん、ご飯出来ました」
「ん」
父は新聞を置くと、ダイニングテーブルに座る。
母が朝食を並べて、由梨は貴哉の様子を見にいく。
「貴哉さん?」
「入って大丈夫だよ」
外から声をかけた由梨に、そう返事がある。
「朝食、出来てますよ」
「ありがとう」
カチャッとドアを開けると、きっちりとたたまれた布団がある。
「下まで運ぶよ」
「いえいえ、貴哉さんにそんな事をしてもらったらお母さんに叱られます」
「力仕事は任せてくれていいんだよ?」
有無を言わさず、貴哉は布団を抱えあげる。
「すみません…」
簡単に運ぶ貴哉の後ろから降りる。
「あらあら、貴哉くんにそんな事をさせて」
やっぱり言われた…。
「いいんですよ。俺の方がこういうのは向いてますから」
にこやかに応じる貴哉に、母は機嫌よく
「貴哉くんは本当に頼もしいわ。由梨にはもったいないくらいだわ」
母はすっかり貴哉を気に入っているらしく、笑顔である。
「じゃあそこにお願いね」
居間の横の和室を開ける。
「ここに置きます」
「貴哉くん、じゃあお父さんとだけどどうぞ」
「ではありがたく頂戴します」
貴哉は笑顔で父の前に座る。
「由梨たち、今日はどこかに出掛けるの?」
「まだ、決めてないけど…」
「せっかくなんだからどこか行ってきたら?」
「でも、貴哉さん、スーツなんだけど…」
それに仕事の鞄もある。
「それもそうねぇ」
「近くに買い物出来るところはありますか?」
「あるわよ、貴哉くんの好みにあうかはわからないけど」
「車を使うといい」
父が乗り気でいい、
「ついでに今日も泊まって、由梨と一緒に仕事に行けばいいんじゃないか?」
(…なんですって?)
「いいんでしょうか?」
にこやかに貴哉は応じている。
(ち、ちょっとまってぇー)
どうして、断らないの…
***
そんなやり取りの後、由梨は父の車を運転して貴哉と貴哉の服を買いに近くのショッピングセンターに来ていた。
「由梨の家はなかなか便利な所にあるんだな」
「仕事にいくには遠いんですけど…」
「なぜ、遠くまで行ってるの?」
「うーん…近所だと…。知り合いに会うと気まづくないですか?」
「気になるんだ?」
「少し…」
自分がというよりも、相手が気になるのじゃないかと思うのだ。
「それに…あそこはなかなか時給がいいんです。あと、勤務条件もいいんです」
ソノダクリニックはその土地柄のせいか相場よりも高めである。スタッフも充実してるので、休みも取りやすくて条件がよいのだ。
家の周りだと、看護師の人数は少なくて休みづらい。
「じゃあ、俺も頑張ってイブは仕事を早く終わらせるから、由梨も夜は空けられる?」
「希望、出してみます…」
クリスマスイブのデートなんて…憧れがあるだけにドキドキする。
見目のよい人は…本当に安物を着ていても、様になるんだな…と、由梨は助手席に座る貴哉をみた。
ぱっぱっとジーパンと(切る必要なし。)シャツとカジュアルなジャケットを選んでいるが、ありがちなコーディネートでもまるで雑誌を見ているようだ。
パジャマがわりのスウェットも購入して泊まる準備も万端である。
父の車はコンパクトカーで、貴哉には少し窮屈そうに見える。特に、脚が…。
「どこにいきますか?」
「水族館でもいってみようか?」
「いいんですか?」
「今日も泊まっていいそうだし、ゆっくり見れるだろ?」
なんだか貴哉の雰囲気には合わない気がするけど、由梨の
テンションは上がってくる。
花村家に戻り、荷物を置いて貴哉と二人出掛けようとすると
「由梨、貴哉くん、車使っていいから」
と父が声をかけてくる。
母も父も、がっちり貴哉の事を気に入ってるみたいで由梨はなんだかそわそわしてしまう。
なにより自宅からデートへ出掛けるなんて…なんだかおかしな気分である。
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