第10話 水族館デート

由梨の運転で水族館に向かっていると


「うーん。やっぱり、誰かの運転でというのは俺的にはつまらないな」

「えっと…じゃあ、変わってくれますか?私、あんまり自信がなくて」


ナビがあるとはいえ、知らない道や馴染みのない所を運転するのははらはらしてしまうのだ。


「じゃあ、そこで変わろうか」


一旦コンビニで駐車さそて、コーヒーを買ってから交代する。


思いがけず、家族に紹介とそしてなんと泊まりなんて事になったこともあり、どことなく貴哉のいる空気感というものに馴染んでくるから不思議である。


「由梨、蓋開けてくれる?」

「あ、はい」


こんなやり取りも、親しくなりつつある証のようで…。


メジャースポットでもある水族館は、休日であることもあり予想通り混みあっている。


水槽を泳ぐ魚たちを見ながら、ゆっくりと館内を巡る。

家族連れも多くて、子供たちがはしゃぐ声も賑やかである。


「お姉さん、来年には産まれるんだってね」


貴哉が誰かから聞いたのか、ふとそんな事を言う。

「そうなんです。姉も両親も嬉しそうで…。もちろん、私も楽しみなんです」

由梨が笑うと、

「貴哉さんは、兄弟は?」

「真面目な兄と、それと生意気な弟とそれから妹」

「え、四人兄弟なんですか!」

「驚くだろ?」

くすっと貴哉が笑う。


「賑やかで楽しそうですね、お会いしてみたいです」

つい、そんな事を言ってしまう。

「本当に?会ってみたい?」

「はい」

「じゃあ、そのうち会わせるよ」

と微笑む貴哉。


(あ、あれ?私…なんだかいけなかったかな?)


時おりゾクリとするのは、貴哉が素敵だからか…。


「あ、イルカショー…」

「時間、チェックしておこうか」

いつもの優しい笑みに由梨はホッとする。


いつの間にか手を繋ぐ事にも抵抗はなく、自然である。


「あの…貴哉さんは…どうして、私が?」


どうして、実家にまで来るほどきちんと付き合ってくれるのか…。


由梨は男性にこんな風に大事にされたことがない。

乱暴にされた、とかではなくて…。

都合のいい女。

元彼だって…。都合のいいときにしか来なかったし、会うのは欲を満たしたい、そんな時だとしか思えなかった。


知り合って間もなく男女の中になり、デートといえば由梨の独り暮らしの部屋。テレビを見て、由梨の作ったご飯を食べて…そして…体を重ねる。


そんな風に過ごしていたのに、いつの間にか彼は裏切っていた。


由梨は、自分は誰かの一番にはなれないのじゃないか…そんな風に思っていた。


「好きになるのに、理由が必要?」


はっと、由梨は貴哉を見た。


「俺だって、一目惚れとか信じる質じゃない。だけど、何となく由梨ともっと話したい、そう思った」


「ありがとう…貴哉さん。私、なんだか…ずっともしかすると騙されてるんじゃないかって…思ってて…。優しくして後から裏切られるんじゃないかなって…」


そう言うと、貴哉はそっと髪を撫でる。


「由梨の事は、大事にしたいとそう思ってる」


その綺麗な瞳が、嘘だとは思えず、由梨は頬を染めて


「…うれしい、です」

と小さく呟いた。


出会ってからずっと、貴哉は由梨のことを大事にしてくれている。そう感じていたのは確かであるから。


「あっちの方も見に行こうか」


そう言って由梨を貴哉に引き寄せる。その温もりが心地よくて由梨は、身をそっと寄せて、腕に甘えるように手を繋ぐ。


恥ずかしくて、顔を見上げることは出来なかった。


水族館を堪能して、帰りも貴哉の運転で帰宅する。


両親は、貴哉と慶次郎を含めた夕食に奮発してすき焼きを準備していた。


いつもの感覚からすれば恐ろしいほどの肉の量であった。


こうして、花村家には貴哉の着替えが存在することになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る