第8話 急接近の冬

先生も走る、と書いて師走。

なぜにこう、12月になると世間もすべてが忙しくなるのかなぁ…と由梨は溜め息をつく。


これまで週末は会っていた貴哉も、仕事が本当に忙しいようで出張やら接待やらで、電話ですら話せない日が続いていた。メールは苦手だと聞いていたけど、貴哉からのメールはいつも一言。『ごめん、今日は電話できなくて』

とか、『お疲れ様、今日は遅くなったからまたにするよ』


そんな中でも夏菜子に頼まれていた合コンは、土曜日の夕方にセッティングされて店の手配からすべて貴哉sideにお任せであった。


そして、いよいよ合コンの日。


カフェで時間を潰していた夏菜子たちは、いつもの仕事モードとはうってかわり、髪はゆるく巻いてあるし、化粧も気合いが入ってるとわかる。


(そっか…こうしてみると、デートかなってすぐに分かるものなんだ…)


服装だってなんだか違う。


「どうしたの?花村さん」

夏菜子が覗きこんでくる。

「皆さんきれいだなと思って」

由梨が言うと

「やだなぁ、彼氏もちは余裕があって」

「っあ!そんなつもりじゃ」

「わかってるって」

くすくすと夏奈子も結愛も笑っている。

「なんか弄りがいがあるんだよねぇ、花村ちゃんは」

結愛が言う。

「弄りがいって…」

「どこからどうみても、Mっぽい」

と森 菜摘が言う。菜摘は働き者で、夜勤のバイトと空いている時に、ソノダクリニックで働くというハードスケジュールをやってのけている。


きびきびとしていて、とても頼りになるのだ。

なぜそんなに頑張るのかと聞いたら、若いうちにお金を貯めたいのだとか…。

夜勤は確かにお金が良いのだ。


「Mじゃありませんよ」

「ほら、そういうところ」


どういうところなのかと、さっぱり分からない。


今日は貴哉たちも土曜日なのに仕事をしているらしくて、約束の5時まで由梨たちは買い物をしたりうろうろしてからカフェに来ていた。


「私、マンションを買おうかと思ってるんだよねぇ~」

と言ったのは夏菜子である。

「えぇっ?」

車じゃなくて家ですか…。


「住んでもいいし、貸したら家賃になるし」

夏菜子はさっき手にしたマンション情報紙をみている。

「私も働くけど、お金にも働いてもらわなきゃ」


ねっと笑う夏菜子は凄いなーと思う。そんなに年も変わらないのにものすごくしっかりしている。

「一回失敗してる女は強いね」

菜摘がニヤリと笑って夏菜子を見た。

「そうよ、だから花村さんの彼氏もしっかりこの目で確かめてあげるからね!」

「頼もしいです」

由梨は笑った。


(水川さんにも詐欺だと言われたら、どうしよう…)


そう思っている時点で、すでにそうでないといいと思ってるのだが…。


5時になって、由梨のスマホがブルッと震えて貴哉の名前が表示される。

「もしもし」

『由梨?待たせてごめんね、いまどこ?』

「カフェでお茶をしてました」

『じゃあ、迎えに行くからもう少し待ってて』

「あ、はい待ってますね」


電話をきると、夏菜子たちがニヤニヤと笑っている。


「迎えに来てくれるそうです」

「あ、じゃあ、私も友達と連絡とらなきゃ」

夏菜子がスマホを持って、電話をかけている。


「里奈?いま私たちカフェで待ち合わせなんだけど、近くまで来てる?…うん、うん。じゃあきてね、待ってる」


もう一人は夏菜子の友人であるらしい。


まもなく、夏菜子の友人の篠田 里奈がやって来て貴哉を待つ。


扉が開いて由梨は

「あ、来ました」

由梨は手を上げて貴哉に合図をする。


「え、花村さん…あのひと?」

「そうなんです…」


「花村さん、やるわね」

夏菜子がニヤリと笑っている。


「由梨、お待たせ」

微笑む貴哉に由梨はいえ、大丈夫ですと答える。


「はじめまして、紺野です」

貴哉はかるく会釈をする。

「じゃあ、このまま移動してもいいでしょうか?」

「もちろん!」


貴哉をみて、女性たちの声が弾んでいる。


「今日の男性たちは紺野さんの会社の人達ですかぁ?」

結愛がすこし高めの声で話しかける。


「そうです、同じ部署の先輩と後輩と、あと何人かですね」

「紺野さんと同じくらいの格好いい人きますか?」

「さぁ、見た目は俺より落ちますけど、性格は俺より良いと思いますよ?」


と貴哉が言っている。

「へ?」

と結愛が戸惑っている。


(さりげなく自分はイケメンだと言ってるよね?…)

由梨は貴哉の笑みを浮かべている顔をそっと見上げた。


貴哉の案内で、お洒落なイタリアンの店に入る。

間接照明で、雰囲気があって合コンにはぴったりのお店である。


長テーブルに4人の男性が座っている。そのうちの二人は由梨も以前にあったことのある、三好 慎一と、下島 悠太である。


「あの席ですよ」

と貴哉は夏菜子たちに言うと、

「じゃあ、由梨はここで」

「え?」

確かに8人がけで由梨と貴哉の席はない。

「駄目だよ?由梨は合コンなんて」

くすっと笑われて


「はーい、じゃあね花村さんも楽しんできて」

と結愛がいい、

「じゃあね」

と夏菜子と菜摘も手を振って席に座りにいく。


貴哉に手を握られて由梨はその店を後にする。


「せっかくひさしぶりに会えたのに、二人きりが嫌?」

「そ、そんな事…」


「冗談だよ」

くすくすと貴哉が笑いながら由梨の手を引いていく。


どうやら駅に向かっているようで

「どこに行くんですか?」

「うん、由梨の降りる駅の近くでご飯にしようかと思って。その方が一緒にいれるだろ?」


「貴哉さん」


遠くに住んでいる由梨に対する気遣いが嬉しくて、由梨はジンとしてしまう。


「でも、貴哉さんの帰りが大変ですよ?」

「俺は男だし、由梨が遅くなるより全く問題ない」


いつも乗る電車なのに、貴哉と一緒に乗るというのがとても新鮮だ。


一緒に乗りながら、話していると姉の事を話していなかったと思い出す。


「あ、あの…貴哉さん」

「ん?」

「あの、私の姉がですね」

「うん、お姉さん?」

「2月に結婚式をするのですけど…」

「へえ?それはおめでとう」

「それで…貴哉さんも、出席しないかと…言ってまして…」


由梨は貴哉の反応をドキドキして待った。

「…それは…由梨の、家族と同じ扱い、という事で良いのかな?」

「は、はい。そうです…」


貴哉の顔に笑みがある


「喜んで、出席するよ」

「え…本当に…いいんですか?」

「もちろん、嬉しいよ」


(…一瞬…ぞくっとしたけど…風邪でも引いたかな…)

電車は規則正しい音をさせて、走っていく。

途中下車して、駅から少し歩いた所にあった個室居酒屋に入る。


いつものように貴哉と相談しながら注文をしていく。

姉の事を話せて、しかも了解してもらえて由梨は貴哉に対する警戒心がほどけていった。


お酒も飲んでいたので、気がつけばぴったりと寄り添うように由梨は貴哉と隣同士だ。


(あれ?…向かいに座ってなかったかな…)


ぼんやりとそんな事を思うが、芸術的なまでに整った顔を見ていると、うっとりしてしまい冷静な判断はどこかにいってしまったかのようだ。


「由梨、そろそろ帰ろうか」

「はい~」


少し立ち上がるとふらっとするので、少しいつもより飲みすぎたかもしれない。


「由梨はお酒があんまり強くないんだね」

くすっと笑う気配がする。

「そうかも…」


手を繋いだまままた電車に乗り、警戒心も薄れ酔った由梨には貴哉が同じ方向の電車に乗ったことに意識が向かなかった。

「どっち?」

「あっちです」


由梨は帰省本能が働いたのか、貴哉に支えられるままに家にたどり着いた。

「ただいまぁ…」

「おかえりなさい…あら…」


「紺野 貴哉といいます。はじめまして」


ぼんやりと、そんなやり取りを聞いていると


「すみません、すこし飲ませ過ぎてしまって」

「あらあら、申し訳ないのはこちらです」

母がいい

「おとうさーん、あやー」

と母が父を呼んでいる。

「お父さん、亜弥ちょっと」


「あら、由梨お帰り」

「亜弥は由梨を連れていって」


由梨は亜弥につれられて、水を飲まされてそのままお風呂に入れられる。


「あとで部屋着置いておくからね!」

亜弥はぼんやりしたままの由梨をおいて、また去っていく。


お風呂で次第に酔いが覚めてくると…


(…って…何気に…連れてきちゃったじゃない!!)


由梨はあわててお風呂から出ると、家用のロングワンピースを身に付けて、居間に向かう。


そこには父と母と姉と…そして貴哉。


「あ、由梨。貴哉くん、今日は泊まってもらう事にしたからね」

母がいそいそと酒肴を用意している。


「ちょっとサイズは合わないかもしれないけど、じろうくんのパジャマ着てもらうわね」

にこにことしている、母と姉。それから複雑そうな父。

じろうくんとは、姉の夫の慶次郎の事である。


(…な、なんでこんなことになるんだろ)


「あ、えっと…どうして…」

「だって、近くならともかく、途中からタクシーを使うそうじゃない?うちは狭いけど、寝るところくらいはあるんだから。こんな時間に娘を送ってきてもらって、帰せないわよ。ねぇお父さん」


確かに、飲み過ぎてしまった由梨が悪いのだ。


「あ、そうだな」

「しかも、私の結婚式にも来てくれるんでしょ?由梨」

「そ、そうだけど…」


「貴哉くんもお風呂に行ってきて、後になってごめんなさいね」

「由梨、案内しておいでよ」


「はい…」


由梨は貴哉と共にバスルームに向かう。


「あの、貴哉さん。ごめんなさい、私がしっかりしてなかったから…心配でここまで送ってくれたんですよね」

「構わないよ、大事な彼女だからね。当たり前だよ」


由梨はバスルームの説明を一通りすると、母が持ってきた

慶次郎のスウェットを渡す。


「ありがとう、お借りするよ」

「はい」


由梨が居間に戻ると


「ちょっとちょっとー!写真よりもずっと素敵じゃない。由梨」

亜弥が興奮していってくる。

「しかも、今どき珍しい誠実で礼儀正しいじゃない?ちゃんと送ってくるなんて、ねぇ」

「そうだな。由梨を大事にしてくれてると分かるな」

「そうだよ~由梨はほんとに良かったね!貴哉くんみたいないい子と付き合えて」


にこにこと亜弥と母が微笑みあっている。


ま、まだそれほど知り合って間がないのに、周りを固められつつある気がするのはなんでだろう…。


貴哉がさっぱりとして出てくると、単なるスウェットさえ格好よくおしゃれにみえるのはなんでだろう。


「あ、貴哉さん。スーツ、預かります」

「ああ、頼むね」

「シャツも洗濯しちゃえば明日には乾くわね」

と亜弥も動き出す。

「あ、ちょうどいいからじろうも呼ぼうかな」

「それもいいわね!」


由梨は貴哉の服を預かると、洗濯をしに行く。


(…私って…ダメダメじゃない?これ…)


しばらく、ウォンウォンと動く洗濯機の側で呆然としてしまう。


間もなく近くに住んでいる慶次郎がやって来て、

「こんばんわ~お邪魔します~」

と慣れたように入ってくる。


そうか…慶次郎は亜弥が高校の時からの付き合ってあるだけあって由梨の家族は貴哉の存在もなんなく受け入れたのかも知れないと思い至る。


(…泊まるって…この同じ屋根の下で…一緒に寝るんだよね…)


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