第7話 (貴哉 office ②)

優菜のいる営業課は、月末の今日は成績が良かったこともあり課長のおごりの飲み会に来ている。


つらい貴哉の事務処理を終えたという、達成感と解放感で優菜はビールをイッキ飲みする。

「ぷはっ!」


そんな姿を貴哉はジロリとみて、溜め息をついている。

「なに?紺野くん」

「男らしいなと思って」


「そういうことを言うから、女子社員に嫌われるんでしょ」

「ふっ」


貴哉が鼻で笑っている。

「感じ悪いな、もう」

「加島さんには感謝してるよ?いつもサポートしっかりしてくれてるし」

仕事が絡むとこうしてちゃんとしたことをいうが、基本的に貴哉は女子に冷たい、というか、誰にたいしても冷たいのだ。


「そのわりには遠慮なく仕事鬼のように寄越してくるよね」

「だから、感謝してるって言ってるだろ?」

確かに貴哉の仕事からすれば優菜のサポートがなくては、24時間ではとても足りないだろう。


「下島はいま彼女いたか?」

「ちゃんとした子はいません!」


貴哉ほどイケメンという訳ではないが今時のお洒落な外見の悠太は暇を見つけては遊んでいるようだ。常に遊ぶ女の子がいるようにみえる。


「合コン、メンバー集められるか?」

「何人でもお任せくださいっ!」

貴哉の声に悠太はビシッと張り切っていっている。


「可愛い子来ますかね!」

「…さぁ」

「彼女さんのお友達ですか!?」

「職場の人達だそうだ」


「紺野の彼女かぁ…会わせてくれよ!」

2つ年上の三好 慎一がわくわくといった感じで言っている。


「あ、鳴ってるよ」

優菜の目線の先で貴哉のスマホがワンコールなって切れる。その表示は一瞬だけど、由梨と読めた。


「噂の彼女じゃない?」


優菜は意地悪っぽく言うと、

「紺野、ここに呼べば?彼女」

「は?」

課長の言葉に貴哉のクールな表情は不快を示している。

「あ、それいいんじゃない?職場の人と会わせてもらったら彼女も安心するよね、本命だとわかるし」

営業課の一番の美人の駒野 珠稀がうきうきといっている。


「…安心…」

貴哉が呟いている。


「うんうん。すると思うよ~、近くじゃない?遠いの?」

「いや、近い…」

「じゃあ、迎えに行ってきたら?」


優菜の言葉に、驚いた事に貴哉は頷くとジャケットとコートとスマホを持つと


「行ってくる」

と言うと本当に去っていった。


「えー!本当に迎えに行ったよ!?」

優菜は声をあげた。

「それだけ本気なんじゃないの?」

珠稀が目を見開いて言ってる。


「どんな美人ですかね!やっぱりバリバリのキャリアウーマンタイプですかね!」

悠太が興奮している。

「いや、色気ある年上とか」

慎一が腕を組んでいる。


「あー、それっぽいな」

黒川がうんうんと頷く。



「あいつは絶対Sだから、彼女はMに違いない!」

慎一が言うと

「それは間違いないですね!隠れMか、明らかMか!」


あはは!と笑いがおこる。


ひとしきり、貴哉の彼女の予想を話していると、店に貴哉の姿が見えて、

「あ、来ましたよ!」

と優菜が声をかけた。

どうやら貴哉の後ろにいるらしい彼女はここからは見えない。


座敷に入る前に優しく声をかけている。


「ここだよ、みんな酔ってるから気をつけて」


貴哉の背後からその彼女はそっと顔を覗かせると


「はじめまして、花村 由梨といいます。今日は突然お邪魔してすみません」

「花村さんね!ごめんね、急に呼び立てて!」

「いいえ、うれしいです」


色白で、艶々の髪とそれから可愛らしい声の、女の子要素たっぷりの彼女に優菜も一同もびっくりする。

こういう女の子らしい子は、貴哉の苦手なタイプに属するかと思っていたからだ。


「加島さんと俺の間に座って」

「あ、はい」


由梨は優菜の隣に座る。


コートを脱いだら中も女の子らしくワンピースで、しかもフローラルな良い香りがする。


手首には華奢なブレスタイプの腕時計と細い指先でそっと髪を耳にかけるとそこには小振りのイヤリング。


(完璧ガールじゃない)


ついついチェックしてしまうのは、致し方ない。


『いくら払いますか?』なんて言い方で女子社員を遠ざけた男の彼女だ。興味津々になるのは仕方ないだろう。


「由梨、飲み物は?」


メニューを見ながら少し首を傾げる姿も可愛らしいではないか。

選んだのは外見に違わず、フルーツカクテルである。


「隣にいるのは、加島さんでいつも俺のサポートをしてくれている、あっちのおじさんが課長で、美人が先輩の駒野さん、そっちのにやにやしてるのが三好さん、で、チャラそうなのが後輩の下島」

ざっくりと紹介されて、由梨は笑顔で会釈している。


この男にしては、えらく感じのよい彼女ではないか。

しかし…ぶりっ子臭はするが…。


「お腹空いてるだろ?何か食べたら?」

「はい」


優しい声で気遣っている、貴哉に思わず優菜はブルッとしてしまう。

前も誰だよって思ったが、本当に誰だよ…。


「課長のおごりだから、遠慮はしなくていいから…サラダから頼む?」

「そうですね、貴哉さんも食べますか?」


(敬語?敬語なの?しかもなんだ…その甲斐甲斐しさは…)


優菜が相手なら、自分で頼んで当たり前だと言わんばかりだろうに。

このやり取りに他のメンバーたちもゾッとした顔をしている。


「多そうだから残しそうだったら食べるよ」

「じゃあ、それを…」

微笑み合う仲睦まじそうな二人に優菜は、げんなりしそうだ。


「ゆ、由梨さんはお仕事は?」

優菜が勇気を出して聞いてみると、由梨は優菜の方を向く

くるんとした長いまつげと、ほんのりピンクの頬、それにきれいにふっくらとした唇に同性ながらドキドキする。

「あの…この近くのソノダクリニックで看護師をしています」

可愛らしい声と、おっとりとした話し方に、早口×殺伐とした空気で働く優菜は

(ふわぁ~…別世界の住人…!)

と感心した。


「そ、そうなんだ!看護師さんなの?」

その優菜の言葉に食いついたのが慎一である。

「今度の合コンも、看護師さんですか!?」

「…そうなんです…女の職場ですから、なかなか出会いもないですし…みんな楽しみにしてるみたいです」


「下島、俺も参加にしてくれ」

「了解しましたぁ~!」


(そりゃ、こんな子を基準にしたら私は男らしく見えちゃうか)

そんなこんなで由梨を交えてワイワイしていると

「皆さんお疲れ様です」

とどうやら同じ店にいた同じ社の総務課のご一行である。

その中には…。初夏がいる…。

(新旧彼女…)

初夏はいかにも都会的な、すらりとした背とばっちりした化粧と雑誌から抜け出したような綺麗な女性だ。

「おー、いたのか。お疲れ様」

課長が答えて、みんなもお疲れ様と声をかける。

彼らが立ち去ってから由梨は、貴哉に

「さっきの美人さん、貴哉さんの元カノですか?」

と聞いている。

(な、なんですっと)

「あれ、詳しく話してたっけ?」

「いえ、何となく…そんな気がしただけです」

「そうだよ、ずいぶん前だけど」


「ええー、来宮さんと紺野さんってそうだったんですかっ!!」

「うるさい下島」

由梨が来てから穏やかな空気が一転、ブリザードが悠太を襲っている。

「気になった?」

「うーん…全くというのはウソになりますけど…」


程よい嫉妬ですかい…。

なんというか…、計算高く見えてしまうのは何故だろう…。


想像通りというか、なんというか、由梨は次はウーロン茶を頼み少したつと


「由梨、そろそろ送るよ」

貴哉が由梨に言っている、

「大丈夫ですよ?一人で。貴哉さんは皆さんと楽しんで下さい」

「駅まで送ってきます」

「おー、しっかり送ってこい」


(ほぅ…週末なのに泊めるという選択はないのかい)


チューハイカルピスをのみながら身支度をする二人を見た。


「由梨さん~また~」

と悠太が言うと、また完璧可愛らしい笑顔で由梨は会釈して貴哉の後についていく。



「送るって事は…まだシてないんですかね…」

悠太が優菜の思ったことを口にした。

「いやいや、部屋で待たせるつもりかも」

「だったら、絶対一緒に帰るだろ、あの感じだと」


「だけど意外なタイプの彼女だったわね」

「そうですねぇ…。女から見ると…あざとくっていうか、なんというか…」

「あ、それわかる」

「芝居だってことですか~?」

悠太の言葉に

「いや、そうも言ってないけど…あそこまで女の子してると…」

優菜は揚げ出し豆腐を食べながら、由梨を思い浮かべた。


「紺野、意外と女関係疎いかも知れないしなぁ…」

確かにこの数年、貴哉に恋人のいた気配はない。


料理がまたなくなり、追加で頼まれた所で貴哉が帰って来た。


「ねぇねぇ、紺野くん。由梨さんってあれ…わざとつくってるかも知れないよ?女の子ってそういうタイプの子もいるから」

珠稀がそういうと

「それならそれでいい」

「なんでですか~?家だとビールのんでぷはーとか言ってるかも」

悠太が言うと

「隠してるとすれば、俺によく見せたくてしてるんだろ?そういうの可愛いと思うけど?」

「へぇ~」

慎一が興味深い聞いている。

「だいたい、女の子だってトイレに行くけど、それを見せたり見たいと思わないだろ?」

「その、例えおかしいよ紺野くん」

優菜が言うと


「だいたい、出会いはどこで?」

課長が身を乗り出して聞いている。

「下島を連れていっただろ?ソノダクリニックに」


「「あ、」」

と声が重なる。


その事は優菜も覚えている。いつも元気な悠太だが、仕事があるからと無理して仕事を、していてついに倒れこんだのだ。

それを貴哉が近くのクリニックに連れていった。


「で?」

「スマホを忘れた」


「へぇ~…それで?」

「届けに来てくれたのが由梨だった」

「それはまた、偶然の出会いだねぇ…」


優菜が言うと、貴哉がふっと笑う。その顔に優菜が思わず酔いが覚めそうなほどゾクッとする。


「偶然、だなぁ」


「偶然なわけないだろ…紺野だぞ」

慎一が優菜に言う。


「俺だってまさか、由梨が持ってくるなんて予測は出来ませんよ」

くくっと笑う貴哉に優菜はまたゾクッとしてしまう。


「でも、意外なタイプだったわ」


「俺は癒してくれる子と結婚したいんです」

さらりと言う。

「結婚!癒し!」

貴哉と結婚と癒しなんて全く相反している気がする。


「あと2年で社員寮を出るなら、そろそろ相手を見つけて結婚に向かって動くのがベストだ」


「癒してくれるかなんてわからないでしょ?」


「由梨はね、このぶっ倒れてた、アホの下島に『頑張ってるんですね』って言って、笑顔で点滴してくれてたよ、それを見てたら何となくいいなと思った」

「「ほぇー」」


なんというか…計画的と感じて優菜はますます寒くなる。


「忘れたら少なくとも一回はあそこに行く口実が出来ただろ?」


ふふん、と貴哉が笑ってる。

そうか…こいつは見た目だけはイケメンで…由梨はわからないが、その合コンを言ってきた看護師さんたちが対応しても、うまく繋がりを持てたかもしれない。それに少し話しただけだが、由梨のあの感じだと、近くなら届けますといいそうだ。つまり、貴哉の企みは本当の偶然というには計算が働き過ぎていた。


「紺野くん…なんか怖いわぁ」

「なんとでも言え」


「でもさ…、なんかちゃんと彼氏してたよね?」

「当たり前です。今日ここにつれてきたのも警戒心を解くためですから」

珠稀の言葉にまた淡々と答えている。


「へぇ…なんか意外とちゃんと付き合おうとしてるんだね。いきなり結婚とかびっくりだけどさ」

「駒野さんも、変なのに捕まってないでそろそろ他に目を向けたらどうですかね?」

「…変なのって…」


珠稀は…実は課長と不倫している。

その事を優菜も知っていた…何故ならば…。

優菜と貴哉は、その現場を見てしまったからだ…。


「まだそのニヤケの方がマシに見えますけど?」

珠稀は肩を竦めた。

「ほんと、やな男ね。紺野くんは」


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