第6話 買い物デート
土曜日…。
昨日に続いてのデートに、そわそわが押さえられない。
「花村さん、薔薇色だぁ」
くすくすと夏菜子が見てくる。
「昨日は、ありがとうございました」
少し恥ずかしく小さくお礼を言った。
「いいのいいの。いつも真面目に最後まで片付けとかしてくれてるでしょ?」
診察前の準備中に、そんな話をしていると
「で、ねぇ。彼ってどんな人?」
同じく看護師の梅崎
夏菜子はバツイチで結愛は働かない彼がついていて、いつも別れるとぼやいている。
「格好いい人です…」
「でたぁ!のろけてる」
ニヤリと結愛が笑ってる。
「いいなぁ、私も良い男と出会いたい」
「で、いくつ?彼」
「26です」
「花村ちゃんは24だっけ?ちょうどいいよね~」
「なになに?恋バナ」
栗木 ありすがそわそわと寄ってくる。ありすは土曜勤務の中では唯一の既婚者である。土曜日は時給がupするからだそうだ。
「花村ちゃんの彼の話~」
「どうせ、今日も明日もでぃとなんでしょ」
ありすの言葉に思わず赤くなる。
「うーん、可愛いなぁもう」
ふふふっとありすが覗きこんでくる。
「あ、そろそろ朝礼だよ」
夏菜子がマスクをかけて、業務開始となる。
いつも通り、連絡事項がないかを確認して診察がスタートする。
土曜日も、オフィス街とはいえ患者数は多い。
由梨は第3診察室を担当する。
ネット予約も出来るこのクリニックは、瞬く間に予約が入っていく。
時間が近づくと、受付にくるシステムである。
スムーズに仕事は終わり、一時前に受付終了すると一時には診察は終わり、ホッとした。
後片付けを終えて、ロッカーに着替えに向かう。
「お疲れ様~花村さん、彼によろしくね」
ふふふっと夏菜子が言う。
「あ、何人くらいって言っておいたら良いですか?」
「うーん、私と結愛もくるでしょ?それから松さんもかな?四人にしておいてもらおうかな?」
「わかりました、そう伝えておきます」
「期待しちゃうね~。できたらクリスマス前にお願いしたいな」
由梨は身支度をして先に出ると、スマホを取り出して貴哉番号をだす。
ワンコールで、切って待つとすぐにかかってくる。
『cafeにいるよ』
クリニック近くの店を告げられて、そこに急いで向かった。
高めの椅子に腰かけて待っているその姿がとても絵になって素敵で胸が高鳴る。
(なんでこんなにいちいち格好いいんだろ…)
ちらちらと女性の目を集めている事に由梨は気づいてるが、貴哉は平然として由梨に手を振った。
やっぱり彼女待ちだったね
とひそひそと声が聞こえる。
「貴哉さん、待ちましたか?」
「いや、ひさしぶりにこんな本を買ってしまったよ」
貴哉が見せたのはタウン情報紙、クリスマス特集である。
「前はこういうの、何が良いんだと思ってたけれど…。由梨とどう過ごそうかと考えるのはとても楽しい物だね」
「クリスマス…」
由梨はポッと赤くなってしまった。
クリスマスは平日である。
「時間、つくるから俺と過ごしてくれるよな?」
「は、はい」
(…なんだか…noは言えない雰囲気だったような…)
「私、コーヒーを買ってきます」
「いいよ、ランチに行こう」
「で、でも…昨日から使いすぎになりませんか?」
「ん?」
「毎週だと…」
「気にしてくれるの?」
「…いつも、出してもらってばっかりなので…」
「気にしない。それなりに貰ってるし、ここ何年かは貯まるばっかりだったからね」
くすくすと貴哉は笑った。
ビルの上の方にある、イタリアンの店にはいるとそこはカップルシートのような作りになっていて、隣り合わせて街を見下ろすだ。
「夜は綺麗でしょうね」
由梨が言うと、
「そうだね」
貴哉もうなずいている。
ランチコースを注文して、姉の話を切り出すことを決めた。
「あの…貴哉さん」
「なに?」
「あの、ですね。私の姉なんですけれど」
「お姉さん、いるんだね、何歳?」
「29です」
「それで…」
と言ったところで、前菜がやって来てつい本題を言いそびれる。
そして、そのあとはお互いにどんなものが好きかを話ながらショッピングをして、すっかり姉の事を話そびれてしまったのだ…。
由梨はこの日、亜弥の結婚式に向けてリングピローとウェディングベアを手作りするための手芸用品を買うのに、貴哉を連れ回してうろうろとさせてしまった。
作り方の本を片手に持ちながら買い物をしていると、
「妹に手作りしてもらったらお姉さんも喜ぶだろうね」
と男の人には楽しくない売場にも嫌な顔もせずに付き合ってくれたのだ。
日曜日は、由梨は以前から高校の友人と観劇の約束をしていたので貴哉とは会えないのにだ…。
ショッピングを終えて、駐車場に停めてあった貴哉の車に乗り込むと、その密室という環境に、否応なしに昨日の触れるだけのキスが思い出されて、知らず緊張してしまう。
「運転…好きなんですか?」
「そうだね…嫌いじゃないし、移動手段としては優れてるとも思うしね」
「由梨は、運転は?」
「それなりに、です」
「それなりにか…。免許、持ってるんだね」
貴哉の言わんとするところは、由梨はわかる。
免許、よくとれたね
だ。友達からいつも、鈍いと思われているので免許を持っている事が意外に思われるのだ。
「その続きはわかりますよ…高速のれるの?と右折出来るの?と駐車できる?」
そう由梨が言うと
貴哉は声をあげて笑った。
「それ、いつも聞かれる?」
くくくっと笑いを堪えながら貴哉は由梨に言う。
「なんです」
「仕事はしっかりやってるように見えるけど?」
「ダメですよ、私向いてないですから」
「向いてないかな?」
向いてると思っていたら、前の病院をやめていなかったと思う。
「向いてない、と思ってるのに続けてるんだ。凄いね由梨」
「駄目だと思わないんですか?」
「なんで?一生懸命仕事をしてるのに、駄目だと思う方がおかしいよ」
その言葉に、少し嬉しくなる。
「無理しすぎてぶっ倒れるようなヤツにも、優しくしてたし」
「あれは…仕事ですから」
「うん。だから、ちゃんとしてただろ?」
そんな風に何でもない事を認めてもらったような気がして、照れてしまう。
「貴哉さんは誉め上手ですね」
「そう?由梨限定だけどね」
「貴哉さんと働く人は、いいですね」
そう言うと、
「多分ね…最悪だと思ってるはずだよ」
くすっと笑う。
「ええ?最悪ですか?」
由梨は運転している貴哉を思わず見つめる。
その横顔と、しっかりと男の人らしい肘下に思わず見とれてしまう。
貴哉は、また同じ場所に車を停めると、
「本当にここで大丈夫?」
「はい、大丈夫ですよ。すぐ近くなので」
「そう?じゃあ、気を付けて」
「貴哉さんも…。ついたらまた連絡まってますね」
「じゃあ、また」
降りてから、貴哉の車を見送るとほぅと息を吐いた。まだまだ緊張しているのだ。
貴哉は嫌がる事を何一つしてない、むしろ心地よくさせてくれているのに、警戒心を解けなくて申し訳なくなる。
(…本当に…優しい人…なのかも)
別れ際のキスも…されなかったな…。
由梨は思わず想像して、頬を染めた。
もっと…大人のキスをしたら、いったいどう感じるだろう?触れるだけで心地よかったのに…。
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