第3話 紅葉デート
貴哉と別れて、家に帰宅すると
「おかえり、晩御飯は?」
「ん、食べるよ」
母の言葉にいつものように甘えてしまう。
ここにいるといつまでも、子供みたいでいけないなと思いつつも、やはり甘えてしまう。
「お母さん、少しでいいから」
ダイニングには肉じゃがと味噌汁とホウレン草のおひたしと和食がならんでいる。
一人暮しを経て実家に舞い戻ると、こんな何気ないメニューがとても嬉しい。
「亜弥も食べるでしょ?」
「食べる食べる」
隣に座るのは姉の亜弥である。
「おねえちゃん、つわりは?」
「んー、夜はわりと平気なの」
「そう、良かったね」
亜弥は29歳で今は妊娠3ヶ月である。婚約中に妊娠して、3ヶ月後に結婚する予定である。
亜弥は外見のほとんどの雰囲気は由梨と似かよっている。5年後の自分を見ている気持ちになる。
「由梨さ、なんかあった?珍しいじゃない。仕事帰りに寄り道なんて」
「うん。昨日会った人に、ランチに誘われて…そのまま映画見てきた」
「ふうん?それで、付き合うの?」
「明日も一応、一緒に出掛ける予定」
「ちゃんとした人なの?由梨。もう24なんだから、ちゃんと将来を考えられる人なんでしょうね?」
「…まだ知り合ったばかりだから」
まさか結婚を前提にといきなり言われた事は言えない。そんな事を言えば、母はすぐに会わせろと言うに違いない。
娘二人で姉が結婚の決まった今、母の懸念は由梨に集中している。
「仕事がしっかり出来る訳じゃないんだから、早く結婚して落ちつくのが由梨には向いているわ」
「…うん…」
きちんと勤めている姉とくらべて、たった3年で退職してしまってパート勤めの由梨に対する母の言葉は、とても正しいと思う。
食事の後、食器を片付けて洗濯済の自分の服を片付ける。
「由梨、詳しく聞かせてよ」
亜弥がわくわくとしながら由梨の部屋に入ってくる。
「昨日なんだけどね…」
と、昨日の出来事なら今日の事まで出来るだけ詳しく話した。
「由梨さ、それ…もしかすると結婚詐欺とかじゃない?けなすつもりはないよ?由梨の言う通りのイケメンだとすると、そんなうまい話があるかって言うか…。まさか、結婚前提にとか言うって…おかしいじゃない?」
さすが姉である。
「やっぱりお姉ちゃんもそう思う?」
「まぁ、でもあんたも一目惚れで恋フィルターで何割か増しにイケメンに見えてる可能性もあるけど」
「…そっか…実はそんなにイケメンじゃないかも?ってこと?」
その可能性は考えなかった。
「ま、まぁ。お金関係には気をつけて、ね?怪しくなってからでも遅くないんだから」
亜弥は慰めるようにポンポンと肩を叩いた。
翌朝はスニーカーに合わせて、ガウチョパンツとジャケットとストールを身に付けて、時間通りに昨日別れた場所に向かうと、そこには黒のSUV車が停まっている。
窓ガラスをノックすると貴哉が窓を開けて、
「おはよう、来てくれて嬉しいよ」
微笑むその顔が、亜弥が何と言おうとやはり格好いい。
「おはようございます」
由梨もまた笑顔を向けて車に乗り込んだ。
昨日何もなく送ってくれた、ということが警戒心をわずかに薄れさせていた。
「あれ、カメラ好きなの?」
「あ…これ」
斜めに下げたのはミラーレス一眼である。クラシカルなデザインに一目惚れしてそれ以来愛用している。
ストラップはネイビーにレースのガーリーなものである。
「上手く撮れる訳じゃないんですけど…」
カメラ女子といえるほど、テクニックがあるわけではない。
「そうなんだ。カメラ女子って雰囲気も似合いそうだけど?」
「似合いそうですか?カメラはなかなか楽しいんです」
「また、撮ったの見せてくれる?」
「はい、もちろん」
走り出して少したって
「由梨さん、何か飲み物でも買いによろうか?」
と声をかけてくる。
「あ、そうですね。嬉しいです」
コンビニによって、貴哉はコーヒーを由梨はミルクティを選ぶと、さも当たり前のように貴哉が支払おうとする。
「これくらい自分で払いますよ?ここまで来てもらったのに」
「なんで?付き合うっていってくれたのに、彼氏ぶらせてくれないわけ?」
くすくすと貴哉が笑いながらおサイフケータイでチャリーンと払ってしまう。
再び車に乗ると、貴哉は車を機嫌よく走らせる。
着いた先は近頃訪れる人が多くなったという、気軽に登れる山である。
二人でリフトに乗って山に登ると、赤く色づいた紅葉がとても綺麗で持ってきたカメラを向ける。
そうやってカメラを撮っていると、カメラ好きと思われるのか、
「撮ってくださいー」
とお願いされる。
すこし年上に見える男女カップルを撮ると、
「お二人も撮りますよ~」
とにこにこと愛想よく言われ
「じゃあお願いします」
と貴哉がカメラを渡す。
紅葉を背景に、きれいにおさまったその写真を見るとその身長差でとても不釣り合いに見えてしまう。
(やっぱり、おかしいよね…)
「どうしたの?」
カメラの画像をみて固まってる由梨に貴哉が話しかけてくる。
「や…こうしてみると、不釣り合いに見えちゃって」
「見せて?」
貴哉はカメラを覗きこむ。
「俺がでかすぎる?」
「私が小さいんですよ」
「気になる?」
「なりますよ」
「俺はちっとも気にならない」
にっこりと笑ってくる。
山頂付近に来ると、
「あの…お弁当、作ってきたんです」
実はここに来ると昨日聞いて、由梨はお弁当を準備していた。
「え?めっちゃ嬉しい」
(めっちゃとか言うんだ…)
「ほんとに少しだし、恥ずかしいんですけど…」
おにぎりと、肉巻きと卵焼きそれに鮭といんげんのごま和えとそれほど驚く中身ではないけれど
「由梨さんが作ってくれた?」
「ほとんどは…母と一緒にですけど」
「美味しそう」
貴哉がきれいに食べてくれて、とても嬉しくなる。
知り合ったばかりで、お弁当なんて躊躇ったけれどきれいになったお弁当箱をみるとやった!と言いたくなってしまう。
お腹もいっぱいで、お茶を飲みながらカメラの画像をスマホに転送していると
「便利だね」
「写真、送りましょうか?」
「うん、欲しいな」
「え、と」
(ほんとに?)
写真を欲しがるように思わなかったからだ。
貴哉に送ると、笑顔で画面を見ていてやはり戸惑ってしまう。
また、散策をしながら仕事の事や家族の事を少し話しすぎてしまったような気がしてしまう。
「あのさ由梨さん。俺付き合ってても仕事が忙しくて平日とか本当に遅くになると思うんだ。だから、仕事終わったらさワンコールしてくれる?実はメールとかも苦手で」
貴哉は苦笑している。
「あ、私も…長文とか苦手で」
以前に知り合った男性がスクロールしないといけないくらい毎回メールを送ってくるので、それにうんざりしてしまったことがある。
絵文字ガッツリも苦手なのだ。
「良かった」
帰りはケーブルカーに乗って下山する。
この日も貴哉は、まっすぐに車を走らせて朝と同じ所に停車させる。
「じゃあ、また」
「家に着いたら、連絡下さい」
そう貴哉に言った。
「うん、電話するよ」
(一日一緒にいたのに、手の1つも繋がなかった…。少しは信用しても、大丈夫なのかな…)
付き合うと言ったはずなのに、こんなことを思ってしまうなんてと、苦笑してしまう。
お風呂に入って、ゆっくりしていると貴哉から着信があり
『今、帰ったよ』
「貴哉さん、今日はありがとう、とても楽しかったです」
『俺も…お手製のお弁当なんて感激したよ』
そんな言葉を交わして、電話を切ってからほわほわした気持ちで由梨はスキンケアとネイルケアをしていた。
「由梨~、なんか楽しそうだね」
「うん…なんかね、居心地がいい感じなの。ドキドキするのにね」
「写真撮ってないの?」
「撮ったよ、スマホに入ってる」
亜弥は由梨のスマホを持つと
「どれどれ~」
「…め、めちゃめちゃイケメン…。由梨…ほんとに騙されてるよ?コレ…」
亜弥の言葉が突き刺さるけど
「なんだか…それでもいいかもって思ってきちゃった」
と笑った。
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