第2話 疑惑
「意外です」
「それでどうやって、親しくなろうかと悶々と…」
「悶々と…?」
「悶々としてたら…スマホを落としてるのに気づかなかった。結局はそれがきっかけになってくれたからよかったみたいだ」
貴哉の笑みに赤くなってしまう。
「びっくり…です」
(こんなことって…本当にあるの?こんなに格好いい人が私になんて)
貴哉の会社は一流の会社であるし、同じ社内にも社外にも営業職だというからにはたくさんの女性たちと知り合う事も多いであろう。
由梨は自分が一目惚れとかされるレベルではないとわかっている。合コンでいうなら、まあこの子でもいいか、だと分かってる。つまりは…遊ばれやすい。その事を成人して以来痛感している。
自分は誰かの一番にはなれない。そんな考えが染み付いている。
映画にはドリンクを持って座席に座る。
由梨と貴哉の間におかれたコーヒーに伸びる手はきれいに爪まで整えられて、そして大きくて形もキレイである。
(こんなところまで隙がないんだ…)
とキュンとしてしまう。
由梨だってうまいことばかり言って、口ばかりの男だっていることは分かってる。
だから本当の所で貴哉にすぐにのめり込んだりしない。
合間合間で、ふと目が合う。
そんな瞬間に、こんなに早く好きになりすぎてはダメだとわかりつつもときめきは止められない。
(どうしよう…。もしかして結婚詐欺とか、かも知れない。だって本当に勤めてるのはあの会社かどうかもわからないじゃない)
自分にキュンキュンを止めようとして、映画がちっとも頭に入らなかった。
(だって…看護師って騙されやすいのよね…)
職業柄なのか、看護師の先輩たちにはダメ男つきとかバツイチ子持ちが多いのだ。
それほど高給だとは思わないが、手に職がありそこそこ安定している。
(スマホだって…もしかして手段かも…。たまたま私が引っ掛かって…)
ダメダメ…今は…映画に集中しよう。
そうして大画面に向き直る。
前評判のよいその作品は、最終的には凄くよくて泣けてしまう。
ふと貴哉をみると、暗がりでも少し潤んでいるのがわかって少し驚く。
「…こういうの、…きちゃうよな」
照れたように笑うのがまたしても由梨の心をざわつかせた。
映画を見終わると、
「あのさ、由梨さん。明日も会える?」
「え、っとはい。大丈夫」
「良かった」
ニコッと貴哉が微笑んでまた赤くなる。
「家まで、はいきなりで抵抗あるだろうし、今日は近くまで送らせてくれない?」
「でも、遠いから、いいです」
「車で、来てるんだ。だからドライブがてら、さ」
「車…?」
駐車場に向かうと、貴哉が近づいた先には黒の国産SUV車が停まっている。
「ちゃんと近くまで送るだけだから、本当に安心して?」
ここまで来て、本当に乗っていいのか躊躇っていた由梨は、見透かされて、あっと声をちいさくあげた。
「仕方ないよ。会って間もない男に車で送られるなんて躊躇うよな」
貴哉は苦笑した。
「窓は少し開けておくし、ロックもしない。これでどう?」
「えっとごめんなさい、それで、大丈夫です」
由梨はおずおずと隣に乗った。
「良かった」
貴哉は助手の由梨に微笑みかけて、エンジンをかける。
「住所、教えてもらっていい?」
そう言われて少しかんがえて、家の近くの少しはなれた駅を言った。
「遠いでしょ?本当に平気?」
「平気、平気」
貴哉は楽しそうに車を発進させた。
カーステからは、貴哉の趣味なのか洋楽とJ-POPが混じってが流れている。
「趣味バラバラだろ?たぶん前の持ち主の趣味みたいなんだ」
「前の?」
「中古車だから、これ」
「そうなの。だからバラバラなんだ」
ようやく少しずつ肩の力が抜けていく。
「あのさ…その。怪しいところにいきなり連れ込もうなんて思ってないから…」
「…ごめんね…警戒してるの、わかっちゃった?」
「わかるわかる。まぁ女の子なんだから、気にして当然だよ」
くくっと貴哉が笑う。
「由梨さん、明日もこの車で迎えに来てもいい?」
「明日も、車で出掛けるの?」
「ちょうどいい時期だし、紅葉でも行かない?」
「紅葉狩り!素敵…!」
由梨は思わず声をあげた。
「うん、じゃあ明日の10時くらいでいいかな?」
「大丈夫です」
「良かった」
貴哉も嬉しそうにしている。
車の運転も安全運転だし、今の所貴哉に不満は一つもない。…無さすぎるのかもしれない。
「楽しみだな」
貴哉の呟きに嬉しくなる。
「…由梨さんの敬語が早くとれたらいいけど、敬語も可愛いからまぁいいかな?」
「可愛いって…恥ずかしいです」
「そういうの凄く、いい」
貴哉の声に艶っぽさが滲んでますますドキドキした。
(こんなの…やっぱり恋してしまいそう…)
ドキドキしながら、色々と話しているとあっという間に指定した所に着いてしまった。
「本当に、ここでいい?」
「え、っと…この先を右に、お願いします」
ここまで貴哉がきちんと送ってくれたので、もう少し家の近くまで案内することにした。
夕暮れの、実家の近くに停めてもらうと
「明日またここで待ち合わせ。いい?」
「はい」
と、貴哉に頷いて返事をした。
「遠いのにごめんなさい」
「俺がしたくてしてるから、気にしないでほしいな。じゃあ、明日」
貴哉はそういうと、車をゆっくりと発進させて窓を開けて手を振って去っていく。
信号待ちをしているテールランプをみながら由梨はなんだか色々と急展開すぎて思わず大きく息を吐き出した。
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