第11話 別れ、そして凱旋……?
――あれから一週間が過ぎた。
あの夜の晩餐は本当に楽しかった。場を盛り上げようと、レティとジャックが歌を歌ってくれたんだ。意外にもジャックが歌上手かったのにはビックリしたが、レティはレティで凄く一生懸命だった。
その様子がおかしくて、可愛くて、とても微笑ましかった。あんなに楽しい食事は今まで経験したことなかったな。
そして何より、ガーネットが実は料理上手だったことに一番驚いた。帰りが遅くなってしまったため、夕食の時間も必然的に遅れてしまったのだが、それでも俺をもて成そうと、手間をかけて料理を作ってくれた。
ファフニールは終始テーブルに座って舟を漕いでたな。ガーネットに手伝えと言われて、渋々手伝いはしていたが、合間合間に立ちながら眠ってしまうため、結局座ってろと言われたわけだ。
――本当に、楽しかった。
そんな俺は今、駐屯地のテントの中、硬いベッドの上で目が覚めたところだ。
あの晩も、泊まっていけと言われたんだが、さすがにそれは気まず過ぎるということで、俺は礼を言うとともに断って駐屯地へと戻ってきたんだ。
この一週間。俺はあの晩の約束通りに、毎日レティと遊んでいた。レティにはどうやら友達がいないらしく、かぼちゃのジャックと、そしてファフニールが唯一友達と呼べる存在だったらしい。
そんな俺は、ガーネットが言っていた通り、レティの三人目の友達なんだそうだ。晩餐の時、レティに「明日も遊ぼう」と言われ、こうして一週間ここに滞在していた。
……レティと遊ぶのは楽しい。だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。俺はブリタニアの騎士団長だ。戻って報告しなければならない。残ってる団員たちも心配だしな。
そうしてようやく決意する。ガーネットたちに別れを告げ、このグリムガンドを離れることを――。
身支度をすべて整えると、旅行用トランクを提げてテントを出た。
団員を招集すると、俺は彼らに世話になった事、そしてガーネットに協力しこの南方を護ること、それと洞窟の警備を任せることを伝えた。
すると団員たちからは『お疲れ様でした、ありがとうございました』といった労いやお礼の声が上がる。
俺はなにもしていないのに、なぜか目頭が熱くなった。別れが寂しいとか、彼らの言葉に感動したとか、そんな感傷的なことじゃなくて……。むしろ、少し自分が情けなく感じたからだ。
団員たちに別れを告げた俺は、来る時に乗ったあの“とんでも馬車”に乗車する。そして普通の速度でガーネットの家へと連れて行ってもらった。
五分程して魔女の帽子屋根の家が見えてくると、俺は胸が締め付けられるような痛み、そして少しの息苦しさを覚えた。
馬車はガーネット宅の庭先で停車し、俺は下車するとゆっくりと玄関へ向かう。その足取りは重く、こんな短い距離なのに、妙に長く感じた。
そうして玄関の前まで来ると、いったん立ち止まる。大きく呼吸をし、そして呼び鈴であるひし形のかぼちゃの鼻を押した。
家の中で鐘の音が響いているのが外からでも聞こえる。すると直ぐに住人の声が聞こえた。
「勧誘なら間に合ってるよ」
ガーネットだ。そしてそれに続くように駆けてくる足音と同時に、玄関のドアが勢いよく開く。
「ヴィクトル~!」
レティは足に抱きつくと、その大きくて綺麗な碧眼で俺を見上げた。キラキラとした純粋な瞳。それと同時に期待に胸を膨らませているような、そんな無邪気な笑顔。
でも、どこか沈んだ表情をした俺に気づいた少女は、首を傾げて言った。
「どうちたの?」
すると魔導書を開いていたガーネットも、それを閉じるとテーブル椅子から立ち上がり、こちらへ歩いてくる。
「どうした? そんな浮かない顔して」
「あ、いや……」
なんと答えようか、未だ気持ちの整理がついてない心と頭で思量する。
俯いた俺のいでたち、そして後方で待機している馬車に気づいたガーネットは、少し驚いた様子で訊ねた。
「もしかして、ブリタニアへ帰るのかい?」
“帰る”その言葉を聞いた瞬間、俺の足を抱く少女の表情が、一気に悲しげなものへと変化する。
俺も心が痛い。出来ることならもっと遊んであげたかった。だが、俺にはやらなければならないこと、やるべきこと、そして“夢”がある。
顔を上げると、真剣な表情で俺はガーネットに答えた。
「ああ。ファフニールを倒したことになったんだ。もう戻らないとな」
「そうかい」
呟く彼女の表情もどこか暗い。でもそれは数瞬のことで、次の瞬間にはいつもの調子に戻る。
「まああんたにも騎士団長っていう仕事があるんだ。いつまでもこんなとこにいないで、さっさと帰ればいいさ」
「あ、ああ。そうだな」
どことなく無理をしているような感じを受けないわけでもない。ガーネットも、別れを惜しんでくれているのだろうか。
俺はその場でしゃがむと、目にいっぱいの涙を浮かべるレティの頭を撫でながら優しく言った。
「レティ。友達だって言ってくれて、俺は嬉しかったよ」
「帰るの?」
「ああ。でも……また来るよ」
「本当?」
「うん。許可証はもう貰ってるしね。行こうと思えば、いつだって来られる」
「じゃあ、明日?」
少女は涙を拭きながら、震える声でそう問うた。
「いや、明日は無理かな?」
笑いながらそう答えると、上からガーネットの声がした。
「ま、今生の別れってわけでもないしね。……ああ、あんたが死ななければの話だけどねえ」
「縁起でもないこと言うなよ!」
鋭いツッコミを入れると、彼女はクスクスと笑う。もう一度、別れる前に笑顔が見られて嬉しかったよ。
ゆっくりと立ち上がると、ガーネットを見返して言った。
「きっと立派な騎士になって、あんたに認められるような男になって見せるさ」
「ふん、ヒヨっ子がいっちょ前に……。まあ、待っててやるさ」
ストロベリーブロンドの髪をくるくると弄ると、彼女は照れくさそうに視線を逸らす。こういう所は女の子らしい。
少女の頭を優しく撫でると、俺は別れの言葉を口にした。
「レティ、ありがとう。また会おうな」
そうしてガーネットに視線を戻す。
「じゃあ、行くよ!」
「ああ、元気でな」
声に背を向け馬車へと歩く。御者は徐に扉を開け、俺はそれに手を添えると中に乗り込もうとした。すると不意にレティの声が響く。
「ヴィクトルー、また遊ぼうね~!!」
その声に返事をして手を振ると、馬車へと乗り込んで魔女の帽子屋根の家を後にした。
――空港への道中、俺は今までの出来事を思いかえ……そうとしたのだが、それは出来ずに終わった。
なぜなら、ガーネットの家を出るや否や、御者は馬をフルスロットルで走らせ、猛スピードで空港まで移動したからだ。
あそこから歩いて2日ほどはかかるであろうその距離を、なんと1時間かからずに着くことが出来た。一国に一台――――いや、一頭は欲しいな、この馬。……いったいどうなってる?
馬車を降り、御者に礼を言うと空港のロビーへと向かう。
相変わらず人が少ない。いったい年間利用者数は何人なのか、多少気になるところだな。
手早く受付を済ませた俺は、飛行船へと続く搭乗橋へ向かった。すると、ガラス越しに見慣れない船が繋がれているのに気づく。受付で間違われたのかと心配になったが、とりあえず乗船口へ向かってみる。
帰りの切符とパスポート、それとグリムガンド出入許可証を出し、係員に見せると、すんなりチェックを通された。
疑問に思い俺は係員に聞いてみた。「これは飛行船だよな?」と。
すると係員はこう答えた。「これは新型である飛空艇ですよ」と。
どうやら最終テストを終え、グリムガンドを結ぶ便に配置されたようだ。これでようやく一週間ほど掛かる空の旅が、約二日で済むということになったわけだな。
以前乗ってきた飛行船よりも大型で、洗練されたデザインの飛空艇へと俺は胸を弾ませ乗り込んだ。
すると飛行船内部の豪華さとは打って変わって、その機械的な内装に落胆の色を隠せない。客室数も増え、以前の待遇はどこにもないようだ。まあ、食事だけは運んでもらえるんだが。
……あぁ、あの楽しかった日々がまるで夢のように感じるほどの寂しさと侘しさ……。
だがこんなことで挫けてはいられない。今のうちに報告内容を考えておかなければ……。
そう言うことで俺の二日間の空の旅は、疲れを癒すどころか、頭をフル活用して思考するだけの時間となったのだった――。
二日間の飛行を経て、飛空艇は無事ブリタニアの空港へと到着した。
約三週間ぶりにここに戻ってきたわけだ。なんだか国の空気が懐かしく感じる。が、それと同時に俺の口からは大きなため息が漏れた。
そうなんだ。ここへ戻ってきたと言うことは……悪夢のお使いクエストの日々が、また始まろうとしていることと同義である!!
逃げ出したい気持ちを抑え、自らを鼓舞し一歩を踏み出す。本当なら走って逃げ出したいが……俺は“ここ”の騎士団長だ。そんなみっともない真似は出来ないし晒せない。
まるで自動人形のように、勝手に足はヴァルワーレ城へ向けて動き出す。そして空港を出ると、目に飛び込んできたのは、懐かしい城下町の風景だった。
久しぶりに帰ってきた故郷の空気を、めいっぱい吸い込んだ俺は、意気揚々と歩き出す。
およそ十分。街の中を歩き、ようやく城の敷地内へと足を踏み入れた。そして俺は真っ直ぐに――――騎士団寮を目指した!
……実を言うと、二日間。考えたには考えたのだが、やっぱりどうしようか迷った。本当のことを言うべきか……それとも本当に倒したことにするかだ。
ガーネットに手伝ってもらったことを考えると――。
ああ、そうだ……この際だから正直に言おう。
はっきり言うとこの二日間、俺はあの時のガーネットとのキスが忘れられないでいたんだ。悶々と過ごした二日間。帰るまではあの傲慢そうな高飛車なガーネットが間近にいたんだ。この目で見られたんだ。
あの夜の照れくさそうなガーネットの顔が忘れられない。こんな状態で報告内容なんか、考えられるわけがないだろう?
「はぁ~」
……まあ、明日でいいや。
寮のエントランスに戻ってくると、足早に自室を目指す。荷物を適当に片付けると、まだ昼間にも関わらず、睡魔に誘われるように眠りについた。
――翌日。
俺は朝から逃げ惑う。その理由はなんとなくだが理解してくれるものと思うのだが……。原因はルチアさんだ。
朝起きると共に、一人の騎士から伝言を伝えられた。「帰ってきたのなら、謁見の間へいらしてください。姫様がご立腹ですよ」と。
そんなこと聞かされたら、逃げるしかないだろう? まともに話す内容を考え切れてないんだ。こんな状態で会おうものなら、思わぬ墓穴を掘りかねない。
そうしてその翌日からも、俺とルチアさんの“かくれんぼ”は続いた。
しかしいったい誰が俺の位置を教えてるんだ?
行く先々で彼女は少し遅れてやってくる。その度に俺は、全力で走って隠れる位置を変えてるって言うのに……。
そう疑わざるを得ないほど、ルチアさんの行動は正確で無駄がない。
少し体力を回復させるため、俺は公園のベンチに小休止目的で休みに来た。だがそれが間違いだった。
不意に背後から人の気配がしたと思った次の瞬間、俺はその人物に腕を回され首を締め上げられた。そして俺は情けない呻き声を上げながらその人へ声をかける。
「る、ルチアさん、ごめんなさい……ごめんなさい。る――」
「ようやく捕まえました、ヴィクトル。あなた、一体何様ですか?」
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
……情けない……。だが、ルチアさんが首を締め上げてくるのは本気で怒ってる証拠なんだ……。こうなると、早く怒りが収まるのを待つしか手はない……。天災のようなものだからな。だから俺に非がなくても、とりあえず謝る。
「そうやって謝ってれば、私が許すとお思いですか? あなたはいつもいつも……」
「ごめんなさい、ごめ――」
「女性とキスをしたらしいですね?」
――――は? …いま、なんて? 思い返してみるも、最近口付けをした女性はガーネットしかいないことに気付く。
…………って、なんで、知ってるんだ? 背中に嫌な汗が流れる。
そして彼女は声のトーンを更に下げて続けた。
「知ってるんですよ……相手は、あの紅蓮の魔女だとか……ファフニールは人間になってることとか――」
「なっ!?」
なな……なんで、知ってる……? あ、まさか、また誰か監視につけた、とか?
顔面蒼白になりながらも言い訳を考えていると、ルチアさんは急に大声を上げた。
「なんでなんですか~! 私の気持ちも考えてくださいー! ウワァーン」
そしてルチアさんは泣き出した。まったくもって意味が分からん。って、さっきより締める力が強くっ?!
「ルチアさん、死ぬ、死ぬ!!」
タップして危機を知らせるも、
「死んでください~」
と、そんな酷いことを泣きながらさらりと言う……。
そうだ! たしか死んだ振りすれば。
「ルチアさ、うっ……」
あまりの苦しさに咄嗟に死んだ振りをすると、彼女は我に返り、腕の力を急に弱めて俺から離れた。
「ふぅ~、助かった」
「あ、やられました……」
安堵のため息を漏らすと、ルチアさんは残念そうな顔をこちらへ向けて、口を尖らせながら拗ねている。……いや、そんな顔されても……。
小さくため息をつき気を取り直すと、俺は悪戯を咎められる子供のように拗ねている彼女に言った。
「ところで……どうして知ってるんですか? また俺に監視つけたんですか? 一体それは誰なんですか?」
一言言うたび、俺は彼女との距離を徐々に縮めていく。少し上から目を覗き込むようにすると、ルチアさんの目が泳いでいるのに気付いた。
「答えてください!」
声を荒げると、彼女は一瞬ビクつき、そしてぼそぼそと答える。
「あなたのよく知る人物です……」
「よく知る? まさか、姫様ですか?」
俺の間抜けな問いに彼女はハッとすると、元の雰囲気を取り繕って厳しく言った。
「そんなわけないでしょう。姫様はああ見えても、いろいろとお忙しいんですよ? 暇ではないのですから」
すると俺たち以外の第三者の不服そうな声が、この噴水広場に響いた。
「あたしだって暇じゃないよ! まったく、ルー姉はひどいんだか――――あっ!!」
ん? なんだか聞き覚えのある声……。
この声……まさか――。
「シャスティか?!」
「しまった!」
「やれやれ。忍らしからぬ浅はかな行動ですね。シャスティ」
ルチアさんに声をかけられたメイドは、ここから少し離れた木の根元の方から歩きながら姿を現した。
だがその格好はいつものメイド服姿ではなく漆黒の忍装束で、さっきの透明状態が俗に言う忍者の固有スキル『隠密』なのだと自ずと悟った。
「だってそれはルー姉――」
「その呼び方、いい加減やめていただけませんか?」
「やだよ、幼馴染なんだからいいじゃない、これくらい」
そして俺を余所に二人は言い合いを始めた。
そう。実を言うと、俺たちは幼い頃からの幼馴染なんだ。家が近所ということもあり、昔から三人でよく遊んでいた――って。
「俺の問いに答えんかい!!」
「あーはいはい。って、あんた今頃気付いたの? 本当に鈍感ね」
「それは私も同感です」
……いや、それは鈍感かどうかの問題じゃないんじゃ? いや、そんなことはこの際どうでもいいんだよ。
顔をしかめながらシャスティを見ると、走馬灯のように蘇る記憶を整理しながら訊ねた。
「今までの全部か?」
「何が?」
「俺がやらかした失敗を事細かく姫様にチクッてたのも、団長の時も、しかも今回の任務のこともか?!」
するとメイドは、まったく悪気のないような顔をして笑顔で何度も頷いた。俺はその場で肩を落として項垂れる。一気に気力がなくなった。
そんな俺を余所に、二人は次に談笑を始める。すると突然、ルチアさんがなにかを思い出したように発声した。
「あ、そうでした。こんなことをしている場合ではありません。ヴィクトル、姫様がお待ちです」
そう言うと彼女は、項垂れたままの俺の首根っこを掴む。なにやら楽しそうな表情のシャスティも「じゃあ……」と言って首根っこを掴んだ。
そしてルチアさんは落ち着いた調子で、優しく語りかけるように口を開く。
「では、参りましょうか」
そうして俺は、まるで猫のように首根っこを二人に掴まれたまま、リリアーヌ姫の待つ謁見の間へと連行されていった。
……騎士団長ともあろう者が、給仕と侍女に首を掴まれて連れて行かれるとか……。なんとも情けない。
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