第9話 魔女の魔法
駐屯地へ向かう道中、ガーネットは家へ帰って来た時と同様に、箒に乗って移動している。
俺も乗せてくれ、そう頼んでみたが、「これは一人乗りだから」と断られてしまった。
ウィッチは便利な乗り物があっていいな。
それにガーネットは、どうやら俺の歩速に合わせて飛んでくれているようだった。速度を上げれば、あのおかしな馬車よりも早いのにだ。
その心遣いに感謝しつつ、迷惑をかけまいと俺は駐屯地へと急いだ。
そうして歩くこと十分。
駐屯地に着くや否や、外で一対一の模擬戦をしていた騎士達が俺に気付くと揃って声を上げた。するとその声を合図に、設置されたいくつものテントから次々に騎士達が出てくる。
毎度の事ながら大層な出迎えだと思う。
ゆっくりと団員達の元へ歩いていくと、その視線が俺ではなく、全て隣の人物に注がれているのに気付いた。
しかもその目付きは妙にウットリとしたもので、皆が皆恍惚とした表情を浮かべている。そして口々に声に出して言う。『ガーネット様……』と。
……俺の出迎えじゃないのかよ! まったく、こいつらは――――ん?
ふと魔女に目をやると、なにやらもの凄く鬱陶しそうな顔をして俺を見つめていた。
今にも火炎をお見舞いしそうな雰囲気だ。しかし、騎士達はその表情に気付いていないのか、熱い歓声は更に声量と大きさを増していく。
我慢ならないのか、やがて彼女は左のこめかみに青筋を立て、
「あー! いちいち煩いんだよっ!! 少しは黙ってな! 燃やされたいのかい?」
そう言って手の平を上に向け、一瞬にして火球を出現させた。それを見た騎士達はビクつき、一斉に後退る。
……これが魔法か。間近で見た本物の魔法に驚いていると、彼女はイラついた調子で言った。
「何やってんだい、さっさと行くよ!」
そうだった。俺はこれからもう一度混沌の洞窟に入るんだったな。
箒を片手に、背中を向けて歩き出す彼女に続こうと踵を返したところで、俺は団員達に急に呼び止められた。
「団長! 今からどちらへ?」
「ん? あ、ああ。……ガーネットと共に、ファフニールを、倒してくる」
うむ。なかなか嘘が上手くなったな。多少目が泳いだが、これくらいなら及第点だろう。
するとその言葉に騎士達は、また盛大に湧き起こった。
『団長! ずるいですよ。俺たちも連れて行ってください』
……何がずるいんだ? と言うか、こいつらが来たら全てが水の泡じゃないか。そもそも俺がこの大陸に来た意味すらなくなっちまう。
しかし、ガーネットは人気者だな。まあ、見た目だけなら美人だと思う。色っぽいし、艶っぽいし……見た目だけなら……。
と言うか、何で俺はこうも女運についてないんだ? 黙ってれば美人って割合が多い気がする。
姫も見た目だけなら綺麗で可愛いと思う。ルチアさんだって小言や悪戯さえなければ十分美人だし……。シャスティもただ突っ立ってるだけなら可愛い方だろう。
はぁ~、なんだか泣けてくる。
ため息をつきながらも、騎士たちへのなにか旨い断り方はないかと考えていると、とうとう堪忍袋の緒が切れたのか。魔女は怒りの表情を露に振り返り、そして作り出した五十センチ程の火球を団員達の足元すぐ傍に投げつけた。
すると火球は地に接すると同時に巨大な火柱となって上がり、大地を抉って砕けた岩石を一緒に巻き上げる。
一斉に尻餅をつき大層驚いた様子の団員達に、ガーネットはドスの利いた低い声で言い放った。
「もし付いて来るってんなら、今度は貴様達に当てるからねえ」
その恐すぎる目付きと調子に、全てのものが震え上がり、大きく頷くことしか出来ないでいる。
ふんっ、と鼻を鳴らして駐屯地を出て行くガーネットを、俺は思わぬとばっちりを食わないように急いで追いかけることにした。
森の中で唯一舗装された道路。そこを俺は歩いていく。ガーネットはと言うと、さっきと同様、また空を浮遊している。
十数分して、ようやく着いた混沌の洞窟入口。初めて来た時は、一体どんな奴なんだろうと思ってびくびくしていたが、今はこの洞窟が少しばかり寂しく目に写る。
黒竜……。一体どんな姿をしていたんだろうな。もうファフニールは、元の姿には戻る事が出来ないんだろうか?
考え深げに洞窟を眺めていると、ガーネットの咳払いが聞こえた。
「オホン! さて、そろそろいいかい?」
「え? あ、ああ。そうだな、そろそろ行こう」
返事をした俺は、肩から斜めに掛けた革製の鞄の中から携帯松明を取り出す。それを見ていたガーネットはなぜか制止した。
「なにやってんだい?」
「なにって、松明だよ。見て分からないのか?」
「分かるわ! そういうことじゃない。そんな物は必要ないんだよ」
そう言うと、訝しむ俺を余所に、彼女は空中に魔法陣を描き出す。
白いような銀色のような魔法陣は発光し、クルクルと回転すると、ガーネットの詠唱と共に収縮を始めた。
「彼方より来たりし光明、闇を照らせ、ウィル・オ・ウィスプ!」
名前を口にした瞬間、魔法陣から光の玉のようなものが出現し、それは少しずつ形を変えていく。
まるで
「あー、今度はガーネットか」
「なんだいウィル、レティの方がよかったかい?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
ウィルと呼ばれた栗頭は、なにやら手らしきものをもじもじとさせ、とても気まずそうな目遣いでガーネットを見ていた。
「……って、なんだこいつは?! 光が喋ったぞ!」
「いちいち驚くんじゃないよ。こいつは光の精霊さ」
「光の精霊? こいつが……精霊??」
初めて見たが……まあ、第一印象はなんと言うか……。愛嬌のある奴だな、と思った。どこか憎めない顔をしている。
「ん? ガーネット、こいつは誰?」
「ブリタニアの騎士団長だ」
「ああ。偵察か何かか。ボクはてっきり新しい男でも出来たのかと――」
「燃やされたいのかい?」
「ヒッ!?」
口元に不敵な笑みを浮かべながら、魔女は凄んでウィルを脅している。すると蛇に睨まれた蛙のように目を点にし、冷や汗のようなものをだらだらと掻きながら精霊はゆっくりとUターンをすると、手らしきものを掲げて言った。
「は、張り切って探検しよう!」
そしてウィルは軌道を一寸足りと逸らすことなく、真っ直ぐ洞窟内へと入っていった。
その様子を肩をすくめ、やれやれといった様子で見届けると、彼女はウィルに続いて洞窟内へと消えていく。
俺も慌ててその後を付いていくと、思いのほか洞窟内が明るかったことに驚いた。まるで外と変わらないくらいに明るい。どんな闇でも明るく照らす能力。これが光の精霊の力か。
しかもどうやらこの精霊。この洞窟内を熟知しているようで、地図を見せなくても最短ルートを通っている。
ガーネットの話によると、レティがこの洞窟に通うようになって、ウィルは否が応にも地理を覚えさせられたんだそうだ。
そうして約十五分。再び俺は、混沌の洞窟最奥の大広間へと戻ってきた。するとガーネットは着くや否や、懐から小さく折り畳んだ袋をいくつも取り出して俺に手渡す。
訝しんで見ていると、彼女は呆れた様子で言った。
「なにやってんだい。さっさとアメジストの欠片を拾うんだよ!」
「なんでだよ?」
「あたしが魔法使ったら全部溶けちまうだろう。だから今のうちに拾っとくんだよ」
「いや、でもなんで俺が――」
「ごちゃごちゃ言ってると、一緒に燃やしちまうよ!」
うおっ! ……目が本気だ。ここは素直に従った方がいいな。
しかし、よほど大事なものらしい。俺が袋に砕け散ったアメジストの欠片を拾い入れてる最中も、ガーネットはあっちにも落ちてるだの、まるで工事現場の監督のように指示を出してくる。
……完全に尻に敷かれるな、これは。
ようやく全ての欠片を集め終えると、なんと5袋分にもなった。パンパンに膨らむ袋の腹をポンポンと叩き、魔女は満足げな表情を浮かべている。
だがしかし、そもそもの目的はこれじゃない。
「なあガーネット、ところで芝居ってどうすればいいんだ? まさか空気を切ってろ、なんて言わないよな」
「お前は馬鹿かい。そんなちまちましたことはしないさ」
「じゃあどうするんだよ?」
「あたしが数発魔法を放つ」
「それで?」
「それだけだ」
……それだけって。それの一体どこが芝居なんだよ、っとツッコミたくなったが、ここはグッと言葉を飲み込んで我慢だ。
「たとえ倒した後でも、偵察や巡回はするんだろう?」
「え? あ、ああ。まあ、多分……」
「なんだい、歯切れが悪いね」
いや、断言したいけど……あいつらサボりそうな気が……。
「だから激しい戦闘があったって事を装う為にだ、あたしが“禁術”でここを壊す」
「禁術? いや、それよりも壊すって」
「もちろん手は抜くさ。こんなところにも自然はあるからねえ。それに、全力なんて出したらこの洞窟自体すっ飛んじまうさ」
「そんな威力なのか?」
「まあね」
得意げな表情で鼻を鳴らすガーネット。俺は想像も出来ないその破壊力に、ただ開口し唖然とするほかなかった。
「さて、始めようかね。まずは外にも聞こえるような爆音をたてなきゃならないか」
魔女は空中に再び魔法陣を描き出す。赤い円は今までのよりも大きく、しかも炎で縁取りされていた。小さく息を吸うと、ガーネットは静かに魔法の詠唱を始める。
「煉獄の火、爆ぜる炎、集いし獄炎の焔。いくよ! インフェルナルブレイズ!」
魔法名と共に円から飛び出した炎は大多数の小火球で、最奥の岩壁に向かって、それらは各々違う軌道に乗り一箇所目掛けて飛んでいった。
数多の火球はそれぞれがぶつかり合い、そしてその大きさを肥大させていく。やがて全てが集まると、火球は三センチ程の大きさになり、轟音と共に弾けるように爆発した。
砂煙を巻き上げる爆発地点の岩壁は大きく抉れ、そして十メートル程に渡って溶けているのが見えた。
「すげぇ……これが禁術……」
「はぁ? 何言ってんだい。こいつはまだ序の口。これから使うのが禁術さ……」
「えっ?! これより強いのか?」
「まあね。だが、思いのほかやることがありそうだからねえ。随分威力は落ちるだろうが……」
そう言いながらガーネットは次の準備に取り掛かる。
一瞬にしていくつもの魔法陣を宙に描くと、それらに魔力らしきものを送った。するとそれらは輪を大きくしながら、広間の内周よりも二回りほど小さなサイズまで広がり、各々縦に並んで定位置につく。
目視出来るその形は円柱のような立体だ。そして更に彼女が魔力を送ると、六つの魔法陣はそれぞれ動き、扇形に広がると同時に半円球のドームを形成する。
間近で行われているウィッチの魔法に、俺は唾を飲み込んで見入った。
すると彼女はまた新しく魔法陣をいくつも描きだす。先程描いた6つのカラフルな魔法陣ではなく、最初の時みたいな赤い色のものだ。
するとその内の一つが俺の足元まで飛んできて、赤いフィールドが下から俺を包む。他の魔法陣は、広間の植物や湖に対して飛んでいく。
何事かと思っていると、ガーネットは振り向き様に言った。
「これから使う禁術は、いくらパワーセーブするからと言っても桁違いの熱量を持ってる。そいつは火に対してのレジストの最高位魔法さ。なかったら多分消炭になっちまうだろうからねえ」
「じゃあ、あの木や湖に対しても?」
「あたしはこう見えても自然が好きなんだ。……出来ることなら残してやりたい。多分、無理だろうけどね」
憂いを帯びたような、少し残念そうな顔をして彼女は目を伏せた。
ガーネットなりの思いやり、か。意外な一面を見れたな。
「ヴィクトル、そこから出るんじゃないよ」
「ああ、分かった!」
返事をするとガーネットは一瞬笑顔を見せ、こちらに背を向けると巨大な炎の魔法陣を描く。
その手際は舞うようで、美しく華麗としか言いようがなかったが、描かれた魔法陣からは今までに感じたことのない恐怖を感じた。冷たい汗が背筋を伝う。
紅蓮の魔女の異名の通り、彼女の周囲を真紅の炎が渦巻いて飛び交う。魔法陣からは轟々と火炎が噴出し、その熱は凄まじく、レジストされてなかったらと思うとゾッとする位に熱い。
ドレスの裾を対流する風によりなびかせながら、彼女はぶつぶつとなにやら言語を話している。すると魔法陣の炎が更にその勢いを増した。まるで何かの紋章のような形に魔法陣から伸びていく炎。
広間中を赤く染め上げる程の光を発すると、ガーネットの周囲を渦巻く火炎が、魔法陣の中央へと徐々に流れ込んでいく。
そしてタイミングを見計らったように魔女は詠唱に入った。
「全てを無に帰す紅蓮の火。無から出でし祖、火炎となりて煉獄に落つ。焼き尽くす爆炎、深き地に落ち轟炎となれ。地獄より還りし祖、紅炎となりて灼熱を纏え――」
するとガーネットの周囲を取り囲んでいた炎は、彼女の背中でまるで翼のような形を形成すると、一気にそれが大きく開いた。――と同時にいくつもの羽炎が宙を舞う。
地に舞い落ちた炎の羽は、地面を焦がし、そして溶かす。
詠唱も終わりに近付いているのだろうか。ガーネットの周囲の炎が更に勢いを増していくのが分かる。
「我、汝に命ず。守護の楔解き放ち、血の盟約に従いて、仇なす全てを滅ぼさんことを……メルト・フレア!」
詠唱の終わりと共に放たれたガーネットの魔法。メルト・フレアは魔法陣から一気に解き放たれ、ドーム内側の天辺付近で留まりいったん静止する。そしてこの場にある全ての火炎を取り込もうと、火球はそれらを吸い寄せていき肥大していった。
巨大な火の玉の表面は溶岩のようにドロドロとしており、渦巻く炎に包まれていて、まるで太陽のようだった。
あまりの熱さに汗を流しながら唖然としていると、一瞬火球が閃光を放ったと思った次の瞬間、メルト・フレアは一気に膨張し光に包まれ大爆発を起こした。
轟音が大気を震わし、一面砂煙と焦げ臭い匂いとで充満し、何が起こったのかを認識するまでに時間がかかりそうだ。
やがて砂煙が落ち着きだすと、目の前にガーネットが立っているのは確認できた。前屈みで膝に手を付き、肩で息をする彼女に駆け寄ると、俺は肩を貸して支える。
「大丈夫か?」
「まあ、ね……。無駄にMP使っちまったから……ちょっときつかったか、ね。おかげでMP空になっちまったよ」
そう言ってはにかむ彼女に、俺は微笑み返した。
「しかし、すげーな。これが禁術の威力か……って、そもそも禁術ってなんだ?」
「禁術ってのは、遥か昔に失われた魔法さ。敵味方問わず蹂躙するあまりの威力に、封印されてたんだよ。……これでも三割の力だねえ」
……これで、三割? まるで勝てる気がしねえな。俺は身震いしながらあることを思い出した。
団長が昔言ってた。ウィッチは魔法を使うが、懐に入れば勝ち目があると。
たしかに力は騎士の方が強いかもしれない。でも近づけなかったら意味ないじゃないかよ!
ガーネットは敵に回したくないな……。
考えながら呆然としていると、ようやく視界が鮮明になってくる。まだ少し霞んではいるが、俺は事の結果を見ようと辺りを見渡した。
すると目に飛び込んできた光景は、息を飲むほど凄まじいものだった。
ドームの中は隕石が落ちたようなクレーターになっており、そのあまりの熱量に溶けた岩盤が中央でマグマ溜りを作り、穴の縁は隆起して波打っていた。
ドーム内の植物達は焼失し、湖の水はほぼ蒸発している状態だ。ドームの外の植物や木は辛うじて無事なのもいるが……。
そして岩壁。ドームで遮断されていたにもかかわらず、その熱で軽く溶解している。
俺は改めて惨状の全景を見る。
ファフニールの魔力の暴走跡は壁面の溶解により、跡形もなく綺麗に消え去っている状態だ。
言葉を失う俺に、ガーネットは小さくため息をつき声をかけてくる。
「さて、そろそろ帰るかい」
「あ、ああ、そうだな。でも歩けるのか?」
「なに言ってんだい、あんたがあたしをおんぶするんだよ!」
「えっ?! なんでだよ」
「あんたの為にこんなとこまで来たんだろ。それに、MP空になっちまったし……これじゃ帰り飛行できないだろう?」
……なるほど。というか、飛行するのにMP必要なのか。……まあ、いいか。世話になったしな。
ガーネットに背を向けた状態で俺はその場にしゃがむ。
――しかし待っていても一向に体重が乗らない。疑問に思い、俺はガーネットに振り向いた。すると彼女は自分の身体をサッと抱くようにして言った。
「変なとこ触るんじゃないよ?」
「触るかよ! ったく」
「ああ、アメジストも持ちなよ?」
「え? ああ、そうか。……って、荷物が多い気がするんだけど!?」
「そんなことは知らない。ごちゃごちゃ言わずにさっさとしな」
まったく、最初からこれが目的だったのかと疑いたくなるな。
そうして俺は渋々ガーネットをおんぶすると、彼女に携帯松明を持たせ、自分はアメジストが詰め込まれた五袋もの荷物を両の腕に下げて洞窟を後にした。
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