第8話 対峙
俺とガーネット、それと黒衣の“ファフニール”と呼ばれた男はテーブルへ。そしてレティとかぼちゃのジャックはソファに座っている。
魔女は足を組み、スリットから艶かしい太ももをちらつかせながら、少し椅子を引いて座り、腕を組んで目を閉じている。黒衣の男は何故かそれを嬉しそうに見つめ、何度か頷いた後に声を上げた。
「ところでガーネット。一体俺たちを座らせてどうする気だ?」
すると目を閉じていた彼女は、小さくため息をつきながら言った。
「どうするもこうするもないよ。これからヴィクトルに説明するんだ」
「何を?」
「何をって……そりゃ洞窟のこと、そしてあんたのことだよ! ったく」
語尾を荒げ、彼女は再び腕を組んだままこめかみに手を当てる。
俺は今の会話の中に少し気がかりがあり、そのことについて訊ねてみた。
「なあ、この男がどうかしたのか?」
「はぁ……。順を追って話すから、少し待ってな。ったく」
明らかに不機嫌そうに顔をしかめる魔女は、どうやら考え事をしているようだった。ぶつぶつと小声で何か言いながら、時折首を傾げては横に振っている。
レティとジャックはそんな俺たちを余所に、かぼちゃの形をしたボールを投げ合い二人して遊んでいた。
かぼちゃのお化けがかぼちゃ投げて遊んでるとか……なかなかシュールな絵面だな。
その平和な光景を呆けて見つめていると、不意に隣から男に声を掛けられる。
「そう言えば、その鎧は最上級の騎士鎧だが、お前もしかして騎士団長なのか?」
「え? ……ああ。でも、それがどうかしたのか?」
「いや、随分と若い奴が団長やってるんだなと思ってな」
「……。でもどうして俺が騎士団長だと分かったんだ? もしかしてあんたも騎士団にいたのか?」
「いや。昔戦ったことが何度もあるんでな」
「あんたまさか帝国の騎士か?」
「いや……そう言うわけじゃない――」
頭をポリポリと掻きながら何か渋った様子でそう答える男を見返すと、正面に座るガーネットから深いため息が聞こえた。重い空気を纏ったようなため息が気になり、そちらへ視線を戻すと、彼女の鮮やかな翠瞳が俺たち二人を交互に見てくる。
「ヴィクトル」
「ん?」
「とりあえずあんたが聞きたいことを今から話してやるよ」
「あ、ああ」
「少しばかり長くなるかもしれないけどねぇ……」
「構わないさ」
そう答えると、ガーネットは一度静かに目を閉じ、そして開けると小さく息を吐いて話し始めた。
「まずファフニールのことだ」
ついに事の真相が聞ける。少し緊張しながらも、唾を飲み込んで次の言葉に備える。
「ファフニールはもうあの洞窟にはいない。それは間違いない」
「うん。それは見たから俺も知ってる。あんたが倒したのか?」
「いや、あたしは何もしていないさ。何かしたとすれば、レティだが……それは後で話そう」
「レティ……? ああ、まあいいや。……それで?」
「実を言うと……ファフニールは……今、あんたの隣に座ってる」
「は?」
ガーネットは頭を押さえながら、少し呆れた様子で隣に座る黒衣の男を見る。俺は釣られて視線を移すと、男も俺を見返してきた。
話の筋も意味も分からず、彼女に向き直ると問いかける。
「いや、こいつがファフニールって……ただ同名なだけじゃないのか? そもそも、ドラゴンが人間になるなんて話聞いたことないぞ」
「そんな話はあたしだって聞いたことないよ。だが事実だ」
「……ん? なにが事実なんだよ、分かるように説明してくれ」
「あんたも面倒臭い男だね! 事実は事実なんだ、とりあえず受け止めな」
「受け止められるか!」
双方共に声を荒げ、視線がぶつかり火花を散らす。そんな一触即発な空気の中、何にも動じない男が話しかけてきた。
「ファフニールが混沌の洞窟にいないのは本当だ。なにせここにこうして座ってるからな」
「……。そんなことは今ガーネットに聞いたから分かってんだよ! ったく、頭わりぃのかこいつ」
「なに!?」
「あーもう煩い! レティ、ちょっとこっちに来な」
ガーネットがテーブルを叩き、立ち上がってレティを呼ぶが、少女の返事は聞こえてこなかった。俺も部屋を見渡してみたがその姿は見当たらず。
すると外から、ジャックと共にレティの話し声が聞こえてきた。どうやら2人で遊んでいるようだ。楽しそうな笑い声が外から聞こえてくる。
「はぁ~、ったく。肝心な時に何やってんだいあの子は」
魔女はテーブルに両手をつき、項垂れたまま首を横に振った。
しかし、なんでレティが関係あるんだ? ……そう言えばさっきレティがどうの言っていたが……。
「なあガーネット」
「ん~? なんだい」
「レティがなんかしたのか?」
「なんかも何も……そもそもの原因はあの子だよ」
「ん? どういうことだ」
「ちょいと待ちな。レティー! 戻っておいで」
俺との会話を一時中断し、ガーネットは大声を上げてレティを呼び戻す。その声が聞こえたのか、少しして、少女は玄関を開けてかぼちゃと共に帰ってきた。
しかしその表情は詰まらなさそうで、ふくれっ面をして歩いてくるレティを、少女より少し身長の高いかぼちゃが頭を撫で慰めながら歩いてくる。……これまたシュールな絵だな。
レティとジャックがソファに座ると、それを確認したガーネットが少女に声を掛けた。
「レティ、ヴィクトルにファフニールの事を話してやりな」
「え? どうしてなの」
「訳ありで聞きたいんだと」
「そうなの?」
レティは首を傾げながら俺を見つめる。
そしてしばらくの間、う~んと腕を組みながら考え込む。少女は急に立ち上がって俺達の方へ歩いてくると、隣に置かれたもう一つの椅子によじ登り、一息ついて話し始めた。
「わちがファフニールをお外に出したの」
「レティが?」
「うん」
「いや、でもどうやって……」
「魔法を作ったの」
「魔法を?」
怒られると思っているのだろうか、レティは少し申し訳なさそうに手をもじもじとさせながら上目遣いで話している。
そんな少女の発言に驚いていると、ガーネットはそのことに対しての補足で説明をしてくれた。
「ドラグナーはあたしたちウィッチとは違ってね。四元素全ての魔法が使えるだけでなく、固有の魔法として“竜言語魔法”ってのが扱えるんだ」
「竜言語?」
「そう。その名の通り、ドラゴン達が使う魔法の事だ。その複雑かつ超高度な術式と言語は、このあたしでも理解不能な代物だよ」
「それをレティが?」
「ああ、こんなおチビでもドラグナーだからね。そして事も有ろうに、数ある竜言語魔法の中から竜化身と言われる魔法を引っ張り出し、挙句それを参考に改変し、竜を人へと変える魔法を作っちまったって訳さ」
「それじゃあ、この男が本当に……?」
「ああ。ファフニールだ」
まさか本当にそんなことが起こりうるのか? 最初抱いていたそんな疑念は、今はもう納得へと変わっていた。完全に腑に落ちているわけではないが……。
だってそうだろう? こんな絵本みたいな話、はいそうですか、っていきなり信じろと言われて返事出来るものじゃない。
だが、それしか説明がつかない話なんだ。本気になればクローネみたいな結果すら簡単に起こしうる、凶悪なドラゴンを倒せる人間なんてそうそういないわけだし。
「でも大広間は随分と酷い有様だったぞ。あれはなんだったんだ? まさか人間になる為に戦闘でもしたのか?」
隣で舟を漕いでいたファフニールに問うと、鼻ちょうちんが弾けてビックリした彼は首を振って俺を見る。
だいぶ眠たそうだな。目がまだ半開きだぞ。
「んぁ? ……ああ。あれは俺の魔力が暴走した結果だ」
「……魔力が暴走ってのは、一体どういうことなんだ?」
「俺の魔力はこの身体には収まりきらなかったのさ」
「なるほど。だから開放されたのか。……ん? 待てよ。じゃあその開放された魔力はどこ飛んでったんだよ」
ファフニールに尋ねると、彼は視線を外して俺の隣を見る。送られた視線の先を追ってみると、そこにはレティが座っていた。
数回瞬きをした後、俺はガーネットに視線を移す。すると彼女は呆れたように小さくため息をつき、静かに頷いた。
「……まさかレティが受け止めたってのか!?」
「ああ。そのまさかだよ。あたしも最初は嘘だと思ったけどねぇ……。だがたしかにこの子の内には黒竜の魔力が宿ってる。一年経って少しずつだが、その力の片鱗を見せつつあるようだねえ」
「え? ちょっと待てよ。一年?」
「ん? ああ、それがどうかしたのかい?」
……ファフニールがもう既に、一年も前からあの洞窟内にいなかったと?
一体あいつらは何やってたんだ? 見回りいつからサボってんだよ……。っと、だが今はそのおかげで、事実を誰にも知られずに済んでるんだけどな。
しかしどうしたものか。俺はファフニールの討伐を命じられてこの大陸に来たってのに、肝心のファフニールはまるで恐怖も脅威も感じないただの人間になってる。力もなくなったみたいだし……。
頭を悩ませていると、ガーネットが何かを思い出したように声を上げた。
「そう言えば、ヴィクトルはファフニールを倒しに来たんだろう? これからどうするつもりだい?」
そう。まさにそれなんだよ、問題は。どうすりゃいいのかさっぱり分からん。
すると彼女の言葉を聞いたファフニールが、鼻ちょうちんを再度割って跳ね起きた。
「なに!? お前俺を倒しに来たのか?!」
「……ああ。姫様からの命令でね」
「そうか……。それで、俺を殺すのか?」
そう言うなりファフニールは真剣な眼差しで俺を見据える。俺も彼を見返すと、真紅の竜の瞳が俺の目に飛び込んできた。
恐怖も脅威も感じはしないが、黒竜だった時の気高さや威圧感のようなものは、未だ衰えていないように思えた。
しばらく俺たちは見合っていたが、誰かの視線を強く感じ、そちらの方へ振り向いた。するとレティが少し悲しそうな瞳で俺を見つめている。殺さないでほしい。言葉は発せられていないが、俺にはそう言っているように感じた。
ファフニールが階段から下りて来た時、レティのとても嬉しそうな表情を見ているし……。本当に純粋な気持ちで、彼が好きなんだろうと思う。
しばらく悩んだが、俺はある一つの提案を思いつき、それを男に振り返ると同時に発言した。
「なあ、なにかお前を倒したって証明できるアイテムはないのか?」
「ん? なんだ、殺さないのか?」
「……ああ」
「そうか」
一言そう呟いた男は、どこか嬉しそうだった。彼だけじゃない。レティも、そしてガーネットですら少し安堵したような表情をしている。
「アイテムか……。ん? ああ、そう言えば――」
「なんだ?」
「俺が人間になった時にな、開放された魔力が嬢ちゃんを直撃したんだ。それで気を失った嬢ちゃんを抱き上げる時に、俺は“涙”を流した。まだ混沌の洞窟にあると思うんだがな……」
「涙? ……ってこれのことか?」
インナーの首元に納めた宝石のことを思い出し、俺は手に入れた涙形の石を再度取り出した。
手の平で淡い色に変化していく謎の宝石を、テーブルを囲む四人が見つめる。するとファフニールが大きく頷いて、落ち着いた調子で話し始めた。
「よく見つけたな。それが至高の宝石、ドラグルフティアーだ」
「ドラグルフティアー?」
「そうだ。竜が極稀に落とす涙が結晶化したもの。竜涙石とも呼ぶがな。まあ、黒竜の時ならもっとでかかったろうけど。……だがこいつは、竜の種類によって石の特性が変わるからな。間違いなくこれは唯一無二の黒竜の涙だ」
「……でも知ってる奴いるかな?」
「ブリタニアになら記録くらい残ってるだろう。記憶にいるぞ、一人黒竜を倒した男がな……」
黒竜を倒した? ……あっ。もしかしてカロンか? って……まさかカロンは黒竜を倒したからライオンハートになれた、のか?
そしてその証がこの竜の涙? ……てことは、俺もこれでライオ――いや……。
倒してないんだぞ? 証を拾っただけだ……。そんなことでなれるわけないし、そんな事でなっても意味がない……んだけど……。
「どうした?」
「え、あーいや……」
期待感と申し訳ない気持ちとで複雑な表情をしていたのだろう。そんな俺をファフニールは訝しげな表情で見ている。
視線を外し、もう一度手の平に乗った宝石を見た。
涙の形をした、光の加減で様々な色へと変化をする不思議な石。陽にかざすと七色に輝く至高の宝石、ドラグルフティアー。
果たして俺が持っていてもいいものなのだろうか? でも証として持って帰らなければ、倒した証明にはならないし、信じてはもらえないだろう……。
あっ。肝心なことを思い出した。
「そうだ。駐屯地の騎士達を信じ込ませなきゃならないんだ」
「どうしてだ?」
「どうしてって、そりゃそうだろ。俺なんかが黒竜を一人で倒せるわけがない。ガーネットだって、四人いてようやく封印できたんだろ?」
ガーネットへ視線を移すと、彼女は足を組み、少しつまらなさそうな顔をして俺を見返す。
「まあねぇ。あたしらでもまともに戦えば勝ち目はなかったかもしれない。というか、あんた手抜いてたんだろ?」
そう言ってファフニールを見ると、彼は肩をすくめて小さく呟く。
「まあ、戦うことに疲れたからな」
「疲れた?」
「ああ……。しかし、これからどうする?」
そう聞かれ、俺は腕を組んで頭を悩ます。眉間に皺を寄せながら考え込んでいると、ガーネットがとある提案をしてきた。
「一芝居打つ、ってのはどうだい?」
「芝居?」
「そうさ。あたしも随分洞窟には行ってないしねぇ。管理者としてそれもどうかと思うだろう? だからいい機会だ。あんたとあたしで洞窟に赴き、そして倒したって事にすればいい」
「……なるほど」
「それに、壊れたアメジストの回収もしておきたいからねえ」
ガーネットは髪をくるくると弄りながらそう言うと、肯定しろと言わんばかりの威圧的な視線を投げかけてきた。……そんな顔されたら縦に首を振るしか出来ないだろうが。
顔を引きつらせ、頷きながら返事をする。
「……そうだな……。よし、それでいこう! ガーネットがいれば、きっとあいつらも信じるだろ」
「なら早速行くかい?」
「そ、そうだな、早い方がいい」
そうして俺はガーネットと共に魔女の帽子屋根の家を出て、まずロザリア騎士団駐屯地へと向かった。
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