第5話 魔法都市グリムガンド

 飛行船の空港ターミナルは城下町の方に設けられている。

 騎士団寮からは馬車で大体三十分ほどの場所だ。しかも来るのは今日二度目。

 理由としては、昨日姫様から許可証だと言われて手渡されたあの紙にある。例え王国の姫様の物であろうとなかろうと、あんな偽造証では特別便に乗船することなど出来るはずもなく……。言葉どおり、俺は受付で門前払いされたのだ。


 そのことについて一言言ってやろうと、謁見の間へ向かう途中にルチアさんに会った。そしたら会うなり二枚の紙を手渡された。

 一枚は魔法都市グリムガンドの往復チケット。そしてもう一枚は魔法都市入出及び滞在許可証だ。しかも公式の物。

 驚いた顔をしていると、彼女は悪戯好きな子供のような笑みを浮かべていた。


 その表情を見て、俺はようやく気付いた。昨日“行けるといいですね”と言いながら浮かべた意味深な微笑の意味を……。

 どうやら大分前から用意していたようだ。その理由を彼女に聞いてみたが、返ってきた言葉が更に意味不明だった。


『あなたがライオンハートに憧れているのを姫様はご存知ですから……。それに……どうやら姫様には想っている方がいらっしゃるようです……』


 その言葉に俺はこう返した。


「なんで姫が俺の夢を知ってるんですか。大体、俺の任務と姫の想い人となんの関係があるんです?」


 彼女は小首を傾げながら答える。


『さぁ……』


 俺はさらに呆れた調子でこう返す。


「しかし、あんなじゃじゃ馬に好かれてその想われ人も大変ですね」


 すると彼女は小さくため息をつきながら言った。


『えぇ。姫様が可哀想です。普段のあんな態度では気付いてもらえないとは思っていましたが……不幸なことに当の本人が鈍感だとは――』



 ……さっぱり意味が分からん。一体あの人は何が言いたかったんだ?

 しかしそんなことを考えていても俺のクエストが取り下げられることもない。考えるだけ時間の無駄と思った俺はさっさと受付を済ませることにした。


 普通の受付とは別に設けられた特別便乗船受付へと向かうと、そこには殆ど人が並んでなく、如何に魔法都市への出入が難しいかを思い知らされる。

 実際、特に用事もない一般人が観光目的で気軽に立ち入れるような場所ではなく、乗船の際のチェックは普通便より遥かに厳しい。

 それはそうだろう。なにせあの悪竜だの云われるファフニールを封印している地だからな。


「ふぅ。しっかし、持ち物チェックに四十分も掛かるとは……」


 まあ、厳重なのはいい事だとは思うが、逐一鎧を脱がせられるのはどうかと思うぞ。着るのも面倒なのに……。それにだ、俺のこの鎧を見れば、確認しなくてもロザリア騎士団の団長だと言うことは王国にいる者なら子供でも知っている事実だ。この鎧は団長専用装備だからな。……まあ、厳重なのはいいことだと思うが。


 そうして搭乗手続きと持ち物検査を通った俺は出発ロビーへと向かった。ロビーは大勢の人々で賑わっていて、いくつも設置された長椅子はほぼ席が埋まっている状態だ。

 ここからでも飛行船のいくつかは確認できるが、俺が搭乗するのは出発ロビー最奥の、七番目にある搭乗橋の先にある特別便。他の飛行船に比べると大きさは劣るが、内部の環境はより充実したものになっているらしい。


 飛行船よりも遥かに早い飛空艇なるものが出来上がっているらしいが、まだ最終テスト段階みたいで、実用化に向けて急ピッチで推し進められている計画でもある。

 なんでも浮遊石を用いた技術みたいだが……俺は機工学技術などさっぱり分からないためよくは知らないが。

 もし飛空艇が実用化されれば、通常ブリタニア王国から魔法都市グリムガンドまで六日掛かるところが、二日ほどで行けるようになるらしい。ぜひ早くお目に掛かりたいものだ。


 ほとんど人が歩いていない七番目の搭乗橋を進んだ俺は、ゲートをくぐり飛行船乗り場へと到着した。

 目の前には大きな飛行船が停泊している。この大きさで他よりも小さいと言うのだから驚きだな。

 ブリッジを渡りきり飛行船の船内へと足を踏み入れると、その内装と設備に更に驚きを隠せない。

 まるでホテルのような煌びやかなエントランスに、その充実した多機能性のある設備。六日間の飛行でも全然苦にならなさそうな旅になりそうだ。


 そして俺は受付で手渡された、シルバーのナンバープレートに刻印された番号の客室を探す。しばらく歩いてみたが、どうやらこの階層にはないらしい。

 そこで改めて船内に設置されている案内板を見た。すると、この飛行船は三階層であることが判明した。一人一人の客室は最低限居住が出来るくらいの広さと設備が完備されており、それは階層を上に行くほどより充実し広くなっていくようだ。


「姫の計らいかな? ……いや、ルチアさんか」

 

 自分の持つナンバープレートには『七二』と刻印されている。七二号室。案内板で確認すると、それは船内二階の部屋と一致した。一階よりは多少広い造りのようだ。俺はとりあえず二人に感謝しつつ、自分の番号の客室を目指した。


 そうして到着した七二号室。俺はエントランスの受付で同時に渡された鍵を使って部屋の扉を開けた。その瞬間に目に飛び込んできた部屋の全景は、俺の想像を遥かに超えたものだった。そして俺が発した第一声は――


「寮の部屋より広いじゃねえか!」


 そう。俺が使っている騎士団寮の部屋よりも、確実に五倍近くは広い。目に映る調度品の数々は、素人目に見ても明らかに高い物だと分かる。複雑な彫刻を施された木製のテーブルに椅子。ベッドはダブルサイズの天蓋付きで、脇に設置された照明器具はやわらかくその周囲を照らしていた。

 とりあえず持ち物を置く為に部屋を奥へと進む。適当に旅行用の鞄を備え付けのソファーへ投げると、その横に座って一息ついた。


 そこで忘れていた忘れてはならないことを思い出した。

 そうだ。俺は任務で来ているんだった。遊びじゃない。しかも今度の相手はあのファフニールだ。


「……どうする」


 誰に言うでもなく呟く。『姫の命令は絶対遵守』ルチアさんのその言葉だけがグルグルと頭の中を巡っている。本当ならば行きたくない。行ったら間違いなく死ぬことになる。というか、もう既に飛行船は離陸しているから、今更帰ることも出来ない。


「くぅ~っ! なんで2人共黒竜の危険性を知らないんだよ!」


 あの魔導機械都市クローネをたった一撃で荒野にしたんだぞ! しかも一〇〇〇万人もの人々が犠牲になってるってのに……呑気過ぎるだろ、あの姫は。

 深いため息を吐いてソファーに横になる。立派なベッドだが、そこまで行くのも今日は億劫だ。このままここで寝てしまおう。

 そうして俺は眠りに付いた――。



 俺はソファーから転げ落ちた状態で目を覚ました。鎧を着たまま寝てしまった為か身体の節々が痛い。ゆっくりと上体を起こした俺はとりあえず起き上がって鎧を脱いだ。ガシャガシャ音をたてて床に全て置き揃える頃、不意に部屋の扉をノックされる。


『朝食をお持ち致しました』


 どうやらモーニングのようだ。あんまりこういう経験がないから少しビックリした。寮では食堂で、しかもバイキング形式だから自分で全て取って運ぶ。誰かに運ばれるなんてのは……シャスティとレストランに出かけた時くらいだな。

 旅行用のトランクケースから白のローブを取り出すと、チュニックとロングレザーパンツの上に羽織る。そして寝癖もそのままに部屋の扉を開けた。

 一度頭を下げ、台車を押して中へと入ってきた女性は、テーブルまでそれを運ぶ。クロッシュが被せられた皿を三つとパンを入れた籠をテーブルへと並べ終えると、女性はクロッシュをおもむろに外した。

 その瞬間、美味しそうな香りが部屋に拡散し辺りを満たしていく。その中でも特に目を引くのは、メインである牛のロースト。ミディアムレアのいい具合に焼けた肉は五枚にスライスされ、その切り口からは肉汁が流れ出ている。添えられているワインソースには適度なとろみがついていた。

 他には野菜の盛り合わせと、ジャガイモのポタージュスープにはネギが添えられている。


 俺が一人感動していると、女性はテーブル上の物を指して『食べ終わりましたらそちらのベルを押してお呼びください』と言うと、再び一礼して部屋を出て行った。


 ……これは来て、よかった、のかもな。

 それだけではなく、掃除から洗濯、クリーニングまでも引き受けてくれるらしい事をその日の内に知った。設備としてはトレーニングルームや、小さいがカジノやバーなんかもあって客を退屈させない造りになっている。

 そんな丁重な持て成しだったこともあり、この六日間、俺は特に不自由や不満もなく過ごすことが出来た――。


 目覚める頃。空の上にいる時のような浮遊感のようなものを感じなくなったと思ったら、船内アナウンスが流れ始めた。どうやら魔法都市に到着したようだ。部屋の外からは人々の話し声と足音が一斉に聞こえだす。

 起き上がり身支度を整えると、置きっぱなしにしていた鎧を着用する。ここからは気持ちを切り替えなくてはならない。これから向かう先は、黒竜が封印されている洞窟なのだから。……いや待てよ。まずは駐屯地へ向かうのが先か。


 部屋を出てエントランスへ向かうと、俺は受付にナンバープレートと鍵を返して船外へ出る。

 長い通路を歩き、ようやく到着ロビーへつく。ゲート前の最終チェックで『魔法都市出入場及び滞在許可証』を係員に提示し、ようやくゲートを潜り抜ける事が出来た。

 六日間、長い旅路だった。


 空港を後にした俺はとりあえず歩き出す。ブリタニアを発つ前に、ルチアさんから簡易地図だと言われ受け取った紙を鞄から取り出して広げると、その内容に唖然として俺は言葉を失った。というよりは呆れた。

 簡易地図。たしかにその通りかもしれないが、簡易も簡易、超適当、超手抜きだ。大まかに書き殴られた『カースの森』の文字、そして左矢印が引かれた先に『駐屯地』の文字。以下略。


「この字は……姫……」


 ……き、汚い。一国のお姫様だぞ? もう少し教養があるもんなんじゃないのか……。ガックリと項垂れると、改めてその文字を見る。するとふと脳裏に蘇った言葉。『あれが姫様ですから』

 にこにこ笑顔のルチアさんの顔までもが鮮明にフラッシュバックする。……教育係があんなんじゃ仕方ない、のか?

 ため息もそこそこに、とぼとぼと当てもなく歩く。今更気付いたが、ここは草原地なのか? 辺りを見渡した俺の目に映る風景は、ほとんどが背の低い草地だった。


 しかもここ魔法都市グリムガンドは、都市と名付けられてはいるが、魔法大陸と呼んでもおかしくないほどにでかい。核になっている浮遊石が相当大きいのだろう。

 この大陸の中央にはグリムガンドという名の大都市があり、大陸の東西南北の地にはそれぞれ四元素を司る魔女が住んでいるらしい。


 ちなみにファフニールの封印されている洞窟は南に位置している為、管轄は火を司る魔女ガーネットと言うことになっている。だからこれから向かうロザリア騎士団駐屯地からも、恐らく近い場所に住んでいると思う。

 空港から一体どのくらいの距離にあるのかは分からないが、とりあえず今踏んでいる道路をひたすら歩くことにした。

 確か空港は南東の位置にあったはずだ。カースの森は南西より。と言うことはこの道でたぶん間違いない。


 俺が方角を確信して歩き出してからおよそ一時間後――。

 一体どれくらい歩いただろうか。もう既に空港は見えない。途中小さな街を見つけたため、腹ごしらえに携帯食料と飲み物を買ったのだが、これが意外に美味かった。食に関しては不満も感じないだろうことは分かったが、一向に目ぼしい道標なども見つからず……。

 このままでは野宿になってしまう可能性があることを多少不安に思った俺は、先ほど立ち寄った村で一泊すればよかったと一人後悔する。


「でも、そう言えばここらはあんまりモブがいないんだな」


 立ち止まり辺りを見渡しても、魔獣の一匹も見当たらなかった。嬉しいような悲しいような。まあ野宿するのに命の危険が少ないことは喜ぶべきかな。

 内心ホッとした俺の後方、遠くの方から微かに車輪と蹄鉄の音が聞こえてくるのが分かった。馬車だ。


「なんだ、空港から出てたのか」


 呟きゆっくりと振り返ると、その瞬間俺の真横をものすごいスピードで馬車が通り過ぎていった。


「うわっ!!」


 あまりの勢いにビックリしたのと風圧で俺は尻餅をついた。騎士団長なのに情けない……。

 俺を轢いたと思ったのだろうか。馬車は急停車し、その中から御者が走って出てきた。


「すみません、大丈夫でしたか?」

「あ、ああ。多少驚い――」

「――ってあれ? あなたもしかして、ロザリア騎士団の方ですか?」

「ん? ああ、そうだが」

「そうなんですね! お疲れ様です。あ、もしかして駐屯地に向かわれるのですか?」

「え? ああ。そ――」

「よろしければお送りしますよ! さあ、乗ってください」


 御者はそう言うと俺を無理やり起こし、馬車の中へと半ば強引に押し込んだ。……というか、人の話を最後まで聞けよ! まあ駐屯地まで乗せてくれるっていうのは有難い事だが……。


 乗せられた車内に人はなく、歩くよりも楽でいいのだが……どういうわけか、如何せんスピードが普通の馬より桁違いに速いため、ゆっくりと風景を楽しむ余裕がない。

 それに道中気がかりになっていることがあった。こんなに高速な移動手段で、一体料金はいくらになるんだろうか?

 俺は駐屯地に着くまで財布を見つめ気が気ではなかったが、目的地に到着し降りた時に、その心配が取り越し苦労で終わったことに安堵する。

 この馬車が騎士団員優先車だということを、降りた時に知らされたのだ。

 それにしても、何もかもが滅茶苦茶な御者だな。

 だがそうは言っても、ここまで乗せてくれたそのことに俺は感謝を述べると、御者は通常業務へと戻ると言って駐屯地を離れた。


 改めて今立つ場所から遠くまで広く見渡してみる。ロザリア騎士団駐屯地。中々大きな陣営だ。

 そしてここからでも見えるあの森が、カースの森。ファフニール封印の地、混沌の洞窟がある場所。

 複雑な思いで森の方を見つめていると、駐屯地に張られた真っ白なテントが徐々にオレンジ色を差していくのに気付いた。俺は振り返り空を眺める。夕空に浮かぶ太陽はとても綺麗で、本当に任務で来たのか忘れてしまうくらいに美しかった。


 太陽が沈むまで俺はその光景に見入っていたが、沈むと同時に訪れた夜の闇に灯る松明の明りを頼りに、一際目立つ駐屯地の中央に設けられた司令部へと足を運んだ。

 そこで上級騎士から報告を受けた後、俺は旅の疲れを癒すべく、今日のところは就寝することにした――。

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