第4話 姫からの勅命(クエスト)?
団長の死の報せを聞いてから三日後。
荒野の安全が確認されたのか、団長の遺体がクローネから騎士団寮へと運び込まれた。団長だけではなく、インペリアルから上級騎士までは、戦場で死んだ時遺体が優先的に本国まで送られることになっている。そのため、計一五〇名がここへ帰ってきた。
他の騎士たちは……残念ながら後回しだ。
死と隣り合わせと言うこともあり、俺も幾度となくその危機に直面してきた。
友人の死を目の当たりにした事もある。さっきまで威勢のいい声を張り上げていたと思ったら、気付いた時には大地に横たわっていたなんてことはざらだ。
見習いの頃は吐き気を催したものだが、やはり人は慣れていくんだろう。人の死というものに。それが身近にあれば、なお更だ。
副団長であるが故のけじめとして、俺は団長の遺体を確認した……が、ひどい有様だった。
――生き残った見習い達の話によると、一週間、クローネは特に変わった様子はなかったらしい。
いつも通りの演習と、周辺に生息するモンスターを狩る。本当にそれだけだった、それだけの筈だった。
無事一週間を終え、王国に帰還しようと背中を向けた瞬間、騎士達の頭上、遥か上空から竜の咆哮が聞こえたそうだ。
空から地上へと降りてきたのはブラックドラゴンだった。降り立ちざまに竜はブレスを吐いて大隊の四分の一ほどを吹っ飛ばした。
あまりに突然のことで、その場にいた見習いと下級騎士はうろたえる。
団長は相手がブラックドラゴンと言うこともあり、早々に撤退命令を下した。しかし戦意を喪失し立ち尽くす者達が多く、そこへドラゴンが襲いかかる。
長い尾で騎士を吹き飛ばし、空へ舞い上がった者達をその鋭い鉤爪で切り裂く。そしてブレスの第二波。四分の三いた騎士は五〇〇人ほどになり、全滅を危惧した団長は囮になることを決めた。
三名のインペリアルと上級騎士一四七名で隊を組み、戦闘が始まる。
団長は最前列でインペリアルを盾に一歩前へ出た。しかし、逃げる見習い達の背中に向けてブラックドラゴンはまたしてもブレスを吐く。
団長は注意を引ききれなかったのだ。火球は大地を抉り、爆風と火炎により見習いの大半が死亡。安全地帯まで逃げきった者達は、最後になるであろう戦いをその目に焼き付ける為、岩場の影から戦闘を見守ったらしい。
インペリアルの盾で火球によるダメージは軽減出来るものの、時間が長引けば団長達が不利なのは目に見えている。それほどまでにブラックドラゴンのHPは多い。
そして団長達の死と言う名の敗北により戦闘は終わりを迎えた。
その場から飛び去るブラックドラゴン。それを確認したあの騎士見習いが、あの日、俺に報告する為に早馬を駆って伝えに来てくれたと言うわけだ。
後日――。
今回の遠征により死亡した、団長を始めとした騎士達の葬儀が営まれた。俺ももちろん参列した。沢山の人々が、皆を弔う為に集まってくれた。
その中に団長の奥さんと娘さんもいたが……俺は何も言えなかった。娘さんを抱いて泣き崩れる奥さんを、ただ遠めに見つめていただけ。
自分があの場に、あの戦闘にいたならば……少しは戦局が変わったのだろうか。……そんなはずはないと心のどこかで思いながら、歯を食いしばり自分の無力さを噛み締める。
葬儀が終わった後、俺は国立公園へと足を運んだ。
葬儀が始まる前、遠征の生き残りの騎士から手紙を受け取っていたのだ。団長からの手紙と言われ手渡されたその紙を持ち、俺は今ベンチに座っている。
目の前には大きな噴水が見える。神々を模った立派な彫刻から、延々と水が噴き上がっている。
俺は手元の手紙へ視線を落とした。なんとなくだが内容は想像がつく。きっと団長の引継ぎの話だろう。
「俺は……」
読むべきなのだろうが中を開く自信がない。
実力でなるわけではない騎士団長。俺は……また“運”でクラスチェンジするのか――。
そう、あれはちょうど二年半前だ。
その頃の俺は副団長候補だった。副団長候補はその名の通り、次の副団長となるに相応しい実力を持った者に与えられる役職で、上級騎士から最大三名まで選出される。その時は俺と、もう一人別の騎士の計二名が選ばれた。
そいつは貴族で爵位持ちのエリートだった。しかしそれを鼻にかけることもなく、誰とでも分け隔てなく接し、面倒見も良くて団員達からの信頼も厚い。俺とは真逆の騎士だった。
だが共に任務をこなす内、俺はそいつと仲良くなり、互いに信頼し合える存在となっていった。
そんな時だ。団長から緊急クエストが俺たちに言い渡されたのは……。
互いに別々の地へ隊を率いて遠征に向かい、そこで成果をあげてくること。
翌週、俺たちはそれぞれ指定された遠征地へと向かった。俺は順次クエスト内容をクリアしていき、特に何事もなく王国へ帰ることが出来た。
……しかしあいつは……遠征地で、死んだ。出てきたモブが悪かった。現れた魔獣は黒狼ヴラドゥルガルム。
団長クラスでインペリアル付きでようやく倒せるレベルの魔物。俺たちのレベルでは倒すことは不可能だった。
遺体すら国へと戻ることなく逝った親友の死。それと同時に任命された、副団長という無慈悲なまでの現実。
俺の心の中で葛藤が生まれた。夢の為にはクラスを上げなければならない。しかし、親友と呼べる人間を犠牲にしてまで俺がなっていいものなのか……。
悩んだ末、そんな心の内を団長に相談した。だが団長から返ってきた言葉は……残酷なものだった。
『あいつは優秀だったが、運がなかった。戦場は何が起こるか分からん。死は仕方のないことだ。それを承知で騎士になったんだろう。あいつのことは諦めろ。お前が副団長だ』と。
その日から俺は副団長の座に就いた。上級騎士以下を束ねる重要な役どころ。だがそれと同時に、団長への不信感が芽生え、その日から俺は団長へ反抗的な態度を取るようになった。
……仕方がないと、運がなかったと……心無い一言で片付ける団長が信じられなくなったんだ。もっと他の言葉はなかったのかと……そう思った。
「ふぅ」
小さくため息を吐いた。小さいが、どこか沈み込むような重みのある息。と同時に空を眺める。見上げた空は広く、鳥が飛び、雲が流れていく。
自然は自由でいいな。悩みなんて、どこにもないのかもしれない。
俺は再び手紙を見た。
なぜか少しだけ古ぼけて見える手紙の封印には、団長の勲章である盾と剣、それと十字を象った封蝋が押されている。
遠征の日に渡されたような陳腐なものではない、正式な手紙。意味の重さがまるで違う……。
一度目を閉じ深く息を吸い込む。ゆっくりと吐き出して目を開けた俺は、意を決して封を破った。
中から出てきた二つ折りの紙は、見るからに高そうな真っ白な紙が使われている。
気を引き締めて、俺は団長からの最後の言葉を、その内容を読んだ。
――副団長ヴィクトル・ノーティスへ――
この手紙を読んでいるということは、私は恐らくこの世にはいないのだろうな。
それは当然のことだ。この手紙は、いつ死んでもいいように、お前に宛てて書き、戦場に行く時には必ず携帯している物なのだから。
昔のことを今更掘り返すのもなんだが。副団長になる時に、お前はかけがえのない友を失った。あの時の私には、あれが精一杯の答えだったが。今思えば、もっと他にかけてやれる言葉があったかもしれん。すまなかったな。
だがヴィクトル、忘れるな。戦場はかくも無慈悲なものだ。相手がモンスターであれ人であれ、殺らねば殺られるのが戦いだ。割り切ることも大事なのだ。そうしなければ前へは進めない。
私も幾度となく経験してきた。父親の死から友の死、そして部下の死を。辛いのはお前だけじゃない。
それとお前には夢があるそうだな。幼き頃よりの夢、か。それを知ってから、随分とお前には厳しくしてしまった。それもすまなかったと思っている。
公言してはいないが、私にも“夢”があったのだ。だが、私には叶わぬものなのかもしれない。
だからお前には頑張ってもらいたかった。私と同じ“夢”を持つお前に。
ヴィクトル、お前ならなれるさ。伝説の称号ライオンハートに。だからこれからも、夢への努力を怠らずに憧れをその胸に抱け。称号を手にするその日まで、その歩みを止めるな。
偉そうなことを言ったが、これが最後だ。
お前にライオンハートの夢を託して……。さらばだ、ヴィクトル。
――ロザリア騎士団長 オルバ・ウェイン――
手紙を読み終えた俺は、気付けば涙を流していた。頬を伝う温い水。落ちて手紙を濡らしていく。
友が死んだ時ですら出なかった涙。長らく忘れていた胸が熱くなる感覚を思い出した。
「団長が……俺と同じ夢を……?」
あの時のシャスティの言葉“あんたと同じ”その意味がようやく分かった。
俺は団長に反抗的な態度ばかりとっていた。その厳しさの意味も知らずに……。団長の方がよっぽど辛かっただろう。父を失い、友を失い……大切な部下も失って。
自分の未熟さに今更ながら気付いた。どれだけ小さな人間だったのかと。
周りに聞かれぬよう、俺は声を押し殺して泣いた。喉で止まる嗚咽は鼻から抜ける。声を我慢しているせいで鼻が痛い。目からは止め処なく涙が溢れ、瞳は乾くことを知らない――。
やがて落ち着きを取り戻した俺は空を仰ぎ見た。再び見上げた空は、先程とは違って見える。空はさらに澄み渡り鮮明に見え、鳥たちの囀りはより自然に聞こえる。
まるで世界が違う。何かが俺の中で吹っ切れたようだった。
だが、本当に俺でいいのだろうか。そんな思いが未だ心の奥底で燻っている。……団長に認められて、騎士団長に昇級したかったな。
いま思う。ライオンハートが夢ならば、団長は俺の憧れだったんじゃないかと。
視線を空から噴水へと移したその時、背後から突然声が聞こえた。声の主は分かっている、ルチアさんだ。だが俺は振り返らなかった。すると彼女は隣に静かに腰掛けて言った。
「ここにいらしたんですか……」
「ええ」
「私が来た意味は、ご存知ですよね」
「姫様、ですか?」
「はい。騎士団長に明日十五時、謁見の間へ来るように、との伝言を預かって参りました」
騎士団長、か。俺はもう正式にロザリア騎士団の団長なんだな。改めて自分の使命と責任の重さとで、押しつぶされそうな不安感に苛まれる。しかしそんな俺を余所に、ルチアさんは話を続けた。
「私が言うのもなんですが、あなたは団長の器を既に持っていると思いますよ。もっと自信を持ったらどうですか? そんな情けない顔で、明日、姫様に会うおつもりですか?」
「俺には、悲しむ時間さえ許されないんですか?」
問い返す俺に彼女は即答した。
「そうですね。……悲しむ暇があったら、少しでも夢への努力をしたらどうですか? オルバ様なら、そう仰ると思いますが」
「ルチアさん……珍しく、厳しいですね」
「ふふっ、そうですか?」
彼女へ視線を移すと、そこにはいつもの無邪気な笑顔があった。
……その通りだ。団長ならそう言うであろう事は俺にも分かってる。悲しんでる暇なんかない。少なくとも団長は、俺たちの前で悲しい顔をした事がない。それは薄情なんかじゃなくて、前に進む為に感情を押し殺していただけなんだ。
そうだ……俺が、団長の夢も背負ってやる。そして、絶対に叶える。ライオンハートの夢を。
「まともな顔つきになってきましたね。それでは、私はこの辺で失礼します」
そう言ってルチアさんはベンチから立ち上がり背を向けた。釣られて立ち上がると、彼女の背中に声をかける。
「わざわざそれを言う為にここへ?」
すると背を向けたままの彼女は答えた。
「言伝のついでです。……あなたに、みっともない顔で姫様に会って欲しくなかったので」
この人なりの気遣いなんだな。そう思い礼を述べる。
「……そっか。ありがとう、ルチアさん」
「ヴィクトル……。また明日、謁見の間でお会いしましょう。では」
ルチアさんは振り返ることなく、そのまま城の方へと歩き去った。俺は手紙に視線を落とし、涙で少し濡れた手紙を封筒へ戻す。
そのまましばらくの間、その場に立ち尽くしたまま物思いに耽る。そして今一度空を仰ぎ、決意を新たに寮へと帰った。
――翌日。
俺は昨日ルチアさんに言われた通り、リリアーヌ姫の謁見の間へと向かった。騎士団長になると国から支給される、最高級の鎧を身に纏って。これを着ているだけで気が引き締まる思いがした。
寮から歩き、姫の謁見の間へと到着した俺は、ゆっくりとその扉を開ける。
すると玉座には不機嫌そうに頬杖をついてこちらを見つめる姫の姿があった。右斜め後ろには、ルチアさんがニコニコしながら立っている。
玉座手前の小階段下まで歩いていくと、毎度のことのように跪き頭を下げた。すると姫は小さくため息をついて言う。
「ようやく来たわね……はぁ」
「姫様、何か御用でしょうか?」
本当なら敬語なんか使いたくはないが、立場上、身分上仕方がないから使う。
「用がなかったらいちいち呼ばないわよ」
……まあその通りだが。なんでいつもこの人はツンケンしてるんだ?
「まあいいわ。今日来てもらったのは他でもない、あなたに指令を与えるためよ」
「またケーキ、ですか?」
俺は少し呆れ顔で姫へ問い返すと、姫は少し顔を赤くして答えた。
「なっ?! そんなわけないでしょ! それは……ま、また今度よ!」
“また”と言うことは近々再びお使いクエストが発生するのか……。なんだか憂鬱だな。
身振り手振りを交え、ああでもないこうでもないと言い訳する姫に、小さく息を吐き俺は訊ねた。
「それで、指令とは何です?」
「オホン! よくぞ聞いてくれたわね。騎士団長ヴィクトル」
「あ……はい」
名を呼ばれた俺はとりあえず返事をする。
すると、ビシッと人差し指を俺に向けた姫はその内容を口にした。
「あなたに、ファフニール討伐を命じます」
「…………は?」
今、なんて言った? 俺の聞き間違いじゃなかったら、確かこう言ったと思う。“ファフニールを討伐”
……はは、そんなまさか、な。
「あの、今なんと?」
聞き間違いだと信じたくて、今一度姫に訊き返してみた。
「あら、聞こえなかったのかしら。ファフニールを討伐しろと言ったのよ」
やっぱり聞き間違いじゃなかったー!!
一体なに考えてんだこいつ……って、ああこんなことは口に出して言えないが。黒竜を倒せ? とうとう俺を殺しにきたか! 今回ばかりは黒狼の時とは難度が比べ物になんねえぞ。
まるで時が止まったかのように固まる俺を、訝しげに見つめる姫が言った。
「ちなみに、この任務は極秘。つまりはトップシークレットよ。なので騎士団を使うことを禁じます」
「は? あの……姫様、お言葉ですが……ファフニールがどのようなドラゴンかご存知ですか?」
「当たり前よ! ブラックドラゴンでしょう?」
不思議な顔をして小首を傾げ姫は答えた。
……ここにもいた。黒竜とただの黒い竜の違いを知らない人間が……。しかもそれが一国の姫君だとは!
おまけに騎士団が使えないときた。とうとう俺を抹殺する為の計画に本腰を入れ始めたな。
……そんなものがあるのかは知らないが、俺はまだ死ぬわけにはいかない!
床に視線を落としながら、なにか良い断り方を探そうと思慮をめぐらした。するとその甲斐あってか、妙案を思いついたので俺は姫に進言した。
「姫様、一つよろしいでしょうか?」
「ん? なにかしら?」
「そもそもですね、あの大陸に行くには許可証が必要でして――」
「それなら問題ないわ」
「……え?」
許可証の発行には時間を要するはず。そう思っていた俺は意外な返答に驚いていると、姫はルチアさんにペンと紙を持ってくるように指示する。
部屋の隅のチェストの引き出しから、紙とペンを取り出したルチアさんはそのまま姫へと持っていく。それらを受け取ると、姫は何かを書き始めた。しばらくして、出来た! という声が部屋に響くと同時に、姫はその紙を両手で持ち、広げては満足げに何度も頷く。
「ヴィクトル、ここへ来なさい」
「え、あ、はい」
言われたとおり姫の座る玉座の前へと階段を登り歩いていった。そしておもむろに差し出された紙を手に取り、俺はそれに視線を移す。書かれていた内容を目にし、驚きのあまり思わず絶句した。
なんとそこには『許可証!』とでかでかと書かれた文字と、『この者を通しなさい!』という如何にもな命令口調で書かれた一文。
そしてなにより、それらの言葉よりも更に大きな字で、リリアーヌ・ミュール・ブリタニアの名前が書かれていた。
……しかもあまり字が上手くないという。まさか姫様はこんなあからさまな偽造許可証を俺に持って行かせる気なのか?
「……あの、これは……?」
「見て分からないかしら? 許可証よ」
あなたバカなの? と言った呆れた表情で俺を見つめる姫。冷ややかな視線が痛い……。
「ま、そういうことだから、世界の平和の為にも頑張ってちょうだい。以上よ。それでは失礼するわ」
そう言って姫は立ち上がり優雅なお辞儀をすると、玉座後方にある扉から部屋を出て行った。“偽造許可証”を手に、俺はその場で立ち尽くす。
すると呆然としている俺にルチアさんが声を掛けてきた。
「どうなさいましたか?」
「え? あ、いや……姫様は本気なんですか?」
「本気ですよ。何か不満でも?」
「当たり前ですよ! ファフニールを一人で倒せ? そんなの無理に決まってる」
「あちらには常駐している王国の騎士団員がいるはずですが」
「それでもです! 『クローネの瓦礫の荒野』の話くらいはルチアさんだって聞いたことあるでしょ!?」
俺はついカッとなって大きな声を出してしまった。何人か部屋の中にいる給仕の女性が、びくりとして驚きの表情でこちらを見てくる。
「ブラックドラゴン、ですよね?」
「違いますっ!!」
まさか、ルチアさんまで知らないなんて……。俺を庇い、フォローしてくれる人はどこにもいないのか。そう思うと急に泣けてきた。
「違っていてもそうであっても、姫様の命令は、絶・対・遵・守ですよ?」
絶対遵守と言う言葉を殊更のように強調し笑顔で言う彼女からは、目には見えないが恐ろしいほどのプレッシャーを感じ取れた。
「わ、分かってますけど……」
「けど、なんですか? 分かってるのならさっさと飛んでください。そこに日付が書き込まれているでしょう?」
そう言われ手元の紙を見る。すると確かに日にちが書き込まれていた。その日時はなんと明日。
「明日ですか!? いきなり過ぎます!」
「姫様はいつもいきなりですよ?」
「それが分かってるのなら、ちゃんと教育してくださいよ! あなたは侍女でしょ?」
「教育出来たのなら、もうとうの昔にされてます」
「なっ!? ……あ、諦めてるんですか?」
「あれが姫様ですから」
彼女は満面の笑みを浮かべてそう答えた。もの凄く楽しそうに頬を緩ませている。放任主義とはこういう事を言うのだろうか。……って、そんなこと考えてる場合じゃなかった。
「いくらなんでも無――」
「無茶も無理も通すのが姫様ですので、ちゃんと明日、飛行船乗り場まで行って下さいね? では、私もこれで失礼します」
「あ、あの――」
そこまで口にした言葉を、ルチアさんは再び遮って言った。
「行けるといいですね。魔法都市グリムガンド」
「え?」
振り向きざまに彼女が言った言葉。そしてその瞬間に見せた表情を俺は見逃さなかった。
いま一瞬、悪戯した時の顔になったような気が? ……俺の気のせいか?
するとルチアさんは戸惑う俺を置き去りにし、昨日のように振り返ることなく、玉座後方の扉から部屋を出て行った。
姫様に近しい人間がいなくなったのを確認すると俺はため息をつく。
「はぁ~……なんてこった。団長昇級早々にこんな馬鹿げたクエストが発生するとは……一体どこの世界にあるんだよ!!」
憂鬱だな。団長になったと思ったら、日も浅いうちに俺は死ぬのか? どう足掻いても勝てないだろ。なんせ相手はあの伝説に名を残す黒竜だぞ……。無理だ、終わったな、俺。
もう一度大きくため息を吐いた俺は、項垂れたまま謁見の間を後にした。明日の準備をしなくてはならない。行きたくないが仕方がない。
俺のため息は、騎士団寮へ戻る最中も止むことはなかった――。
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