第6話 探索

 昨日司令部にて報告を受け、現在の状況をなんとなく把握した俺は一人、カースの森の中に入り混沌の洞窟を目指している。

 上級騎士や滞在している他の騎士達が同行すると申し出てくれたのだが、それを断り一人で森へ入ったのには理由がある。

 なにせこれから戦うであろう相手はファフニール。伝説の黒竜と呼ばれ、悪竜と謳われる凶暴なドラゴンだ。これまで数々の歴史にその名を刻んできた黒竜の、言ってみれば現行最強モデル。それがファフニール。


 王立図書館で黒竜の生態について、少しかじった程度だが読んだことがある。

 その書物によると、黒竜は命の危機に瀕した際、体内で卵を生成するらしい。それは現在のステータス値を全て引き継いでいるらしく、口から吐き出された卵はその瞬間から、何人たりともその結界を破ることの出来ない特殊な力で守られているそうだ。

 そしてその絶対不可侵領域を保ったまま、黒竜の卵はやがていずこかへと消える。それがどこへ行くのかは未だはっきりとした事は分かっていないらしい。

 そうして孵化した卵からは小さな黒竜が生まれる。小さいながらもその力はブラックドラゴンすら畏怖するものだそうだ。


 可愛らしい咆哮からは想像もつかないほど凶悪な力で、他の存在を蹂躙していく。やがて人々を襲うようになり、そして喰らい、黒竜はその力を少しずつ蓄えながら成長していく。

 そんなドラゴン相手にあいつらを巻き込むわけにはいかない。しかもこれは俺に課せられた姫からの勅令だから尚更だ。


 ……まあ本当の事を言うと、とりあえずどんな竜なのかを見に行くだけだから、付き添いなんて必要ないんだ。今朝手渡された洞窟内の地図によると、ファフニールが繋がれている大広間の入口からはその様子が確認出来そうだからな。ある程度の距離があるらしいし。

 どのくらいの大きさで、弱点になりそうな部位はあるのか。そして奴から感じられる力の程を偵察しとくのは、戦闘の基本だしな。

 まあ果たしてそれが本当に参考になるのかは微妙なところだが……。


 駐屯地を出てからおよそ十五分。森の中の整備された道をひた歩き、ようやく目的の洞窟入口へとやってきた。ほぼ一本道だったから助かったな。

 洞窟手前でいったん立ち止まり、上を見上げる。岩壁に大口を開けた入口の上には、金属プレートが打ち付けられていて、そこにはこう書かれていた。

 『ファフニール封印の地』


 ゴクリと喉を鳴らして唾を飲み込むと、俺は携帯用松明に火を点けて一歩一歩入口へと近付いていく。あと一歩の所で再び立ち止まると、自分が冷や汗をかいているのに気付いた。

 まだファフニールすら見てないってのに、俺は……チキンか……?


 雑念と一緒に恐怖心が離れてくれるのを願い、俺は何度も首を振った。


「よしっ!」


 気合を入れなおし、闇へ誘おうとしているような洞窟入口へと、足を踏み入れた。

 しばらく狭い通路を直進すると、やがて広い空間へと抜ける。松明を動かし一通り照らしてみると、数え切れない程の階段があるのが見えた。まるで迷宮のようなその造りに、一気に面倒臭さが漂ってくる。

 俺は項垂れると、手にした地図に視線を移す。

 今立っているのは入口からすぐの位置だ。地図にもここからの案内が書かれており、同じ場所にバツ印が付けられている。そこから引かれた線に沿って俺は歩き出すと、道のりが意外と単純なことに気付いた。

 これだけ複雑そうに見えて、もしかして大広間はすぐなのか? 有難いような迷惑なような……。


 まあどうせ洞窟内の宝もないだろう、そう思った俺は素直に道案内に従うことにする。

 階段を上り、細い通路を通ってまた階段広場へと出る。そしてまた階段を上って下りての繰り返し。地図上に引かれた線は単純なものだが、地図がなかったら間違いなく俺は迷子になっていることだろう。


 そうしてしばらく案内に沿って歩いていると、とうとう最後の通路へと入った。少し身を屈めながらでしか通れないほど狭い通路を少し歩くと、足元に何かが落ちているのに気付く。俺はしゃがんでそれを拾い上げてみた。


「ん? ……菓子の、包装紙?」


 なんでこんな所に……。あ~そうか。あいつらの非常食かなんかかな? まさかこんな所にピクニックに来る奴がいるとは思えないしな。

 俺はゴミをポイッと投げ捨てると先を――――と思ったが、投げ捨てたゴミを拾い上げてガントレットの中に納めた。


「危ない危ない。そうだ、団長に怒られるぞ」


 そう。団長の口癖だった。“立つ鳥跡を濁さず”今はもういないけど、騎士団寮にはその言葉が、まるでスローガンのように掲示板に貼られている。

 小さくため息をつくと、俺は再び歩を進める。出口らしき向こうからは光が漏れている。洞窟内で唯一陽が射す場所、それが大広間らしい。恐らくここを抜けた先に、黒竜ファフニールが封印されているんだ。

 より一層の緊張感を持って、少しずつ出口への距離を縮める。松明の火をいったん消し、壁に手を添えながら、光で目が眩まないように目を閉じて闇を抜ける。その時俺の緊張感は最高潮に。そしてゆっくりと瞼を開けた。

 目が光に徐々に慣れ、視線の先を映し出す。


「――えっ?!」


 しかしその光景を見て、自分の目を疑った。目の前に広がっていたのは、壮絶な戦闘の跡のような凄惨な現場だったからだ。

 地面には水晶の残骸がそこかしこに散らばり、広間の壁は大きく抉れている。そして肝心の……黒竜の姿が、どこにもない。


「なんで? もしかして誰か倒した……のか?」


 いや、そんなことはあり得ないだろう。こんな狭い所での戦闘なんて、明らかにドラゴンの方が有利だし。ここに軍団が入るとも思えない。1人で倒したなんてこともまず考えられないし……。


「一体どうなってんだ?」


 机上からの報告は一切なかった。ということは、いつからか知らないが、皆ファフニールを恐れてここまでは見回らなかったという事か。

 俺は奥の方に見える、何かが寝そべっていた跡のような場所まで歩いていく。すると、またしても通路で見つけた菓子の包装紙が落ちていた。


「ん~?? ……なんだ? もしかして空から降ってきたのか?」


 ゴミを拾い、そして空を見上げた。鳥獣が……菓子なんか喰うわけねえだろ!

 ん?? もしかしてファフニールが……なわけないか。第一、誰がここまで菓子を差し入れに来るんだよ。命知らずにも程がある、と言うより、もしそうなら絶対喰われてるだろ、そいつ。


 視線を大地に移すと、ここから辺りを見渡した。散らかっている大広間には、モブの骨なんかもあちこちに散乱している。多分ファフニールが殺ったんだろうな。

 しばらくの間、腕を組みながら考え込んでいたが、目標のいないこんな場所に留まっていても仕方がないことに気付くと、ゆっくりと来た道を戻る。


「ん?」


 すると途中、周囲を見ながら歩いていると、何やら光を反射して輝く物体が目に映った。俺はそちらへ近付き、アメジストの欠片に混じるように埋もれる“それ”を手に取ると注意深く観察する。


「なんだこれ?」


 手にした物はおよそ三センチ程の大きさで、まるで涙のような形をしている。光にかざすと七色に光る透明な宝石のようなものだった。角度によって様々な色を映し出す不思議な石。

 しばらく見ていて分かったが、七色に光るのは陽にかざした時だけのようで、それ以外は諸条件により、淡い単色に変化していくらしい。


「はぁ~。まったく、なんの役に立つんだよ」


 あまり価値のなさそうな宝石をぽいっと投げ捨て、先を急ごうと一歩踏み出す。しかしそこで思い留まり、一人思料する。

 ファフニールはいなかった。どういうわけかいなかったんだ。もしファフニールを倒せてないのに、のこのこ王国に戻ろうものなら……やばい、きっとルチアさんがそれを知ったら殺されるぞ。

 その時の状況を想像しただけで血の気がサーッと引いていく。一度身震いすると、今しがた捨てたばかりの宝石を拾いに戻る。


「まあ本当かどうかは知らないが、女は宝石に弱いって団長が言ってたからな……。とりあえずルチアさんに……いや、ここは姫の機嫌取りでもしておけば、ルチアさんも文句は言わないだろう……うん」


 俺は手にした宝石を、鎧の首もとの隙間からチュニックの下に着ているインナーの中へと大事に納めた。そうして大広間の出口へと歩いていく。

 手前まで歩いてくると、俺は一度振り返り広間の全景を見渡す。小さな湖と薙ぎ倒された木々、そしてアメジストの欠片と抉れた壁。

 ここで一体何があったのか、俺には知る由もないが、とりあえず駐屯地に戻ろう。そして何か知っているかもしれない、ガーネットという魔女に話を聞きに行かなくては。

 携帯用松明に火を点けて踵を返すと、再び暗い洞窟内へと戻った。来た道を帰ればいい為、そこまで帰りは迷うことなく洞窟を抜けられた。

 やはり暗い洞窟内よりも、自然の光の下のほうが心地いい。背伸びをした俺は森を西に、つまりは右手側に向けて歩き出す。


 そうして十五分。ようやく洞窟から駐屯地まで帰還すると、俺を迎えたのは十数人の騎士達だった。


『団長! よくご無事で』


 口々にそう言われ多少反応に困ったが……とりあえず騎士達に釘を刺しておくことにした。


「今日から洞窟内は一切の立ち入りを禁じる」

『何故ですか!?』

「えっ? ……あ~それは……」


 い、言えない。ファフニールが消えてたなんて、言えるわけないだろ!

 しっかし、こいつらが真面目に見回りして国に報告してれば、今頃こんなことにはなってない気が……。


「それは! ……ファフニールが、た、大変、お怒りだからだ」

『それは、危険ですね』

「そうだ。危うく俺もブレスの餌食になりかけた」


 我ながら下手糞な嘘だな。目が泳いでるのが自分でも分かる。……こんなんで団員達が信じるわけ――。


『分かりました。今夜からの見回りはカースの森だけということを、皆に伝えておきましょう。それと混沌の洞窟付近は立ち入れないように、規制をかけておきます』


 って、信じたー! ……まあ結果オーライだな。


「そういうわけで、俺はこれからガーネットとやらに会いに行かなくてはならない」

『紅蓮の魔女ですか? そういうことでしたらご案内しますよ!』

「いや!! いい。一人で行ける」

『いえ、馬車もありますし――』

「いいっつってんだろ! 歩いていける距離だろ?」

『ええ、まあ』

「よし。そういうことだから、とりあえず地図をくれ」

『? はあ……』


 危ない。今こいつら明らかに不信そうな顔をしやがった。ファフニールが消えたなんて事が知れたら、きっとパニックになるぞ。その前にどうにか手を打たなければ。

 一人考え込んでいると、司令部の中から一人の騎士が走ってきて俺に声を掛けた。


「団長、これが紅蓮の魔女の家への地図です」

「お、サンキュー。じゃ、俺はとりあえず魔女に色々話を聞いてくるから、くれぐれも誰も洞窟には立ち入らないようにな」


 そう言うと、騎士たちが一斉に敬礼しながら返事をした。


『ハッ!!』


 こういうのを見ると、やっぱ俺は団長に昇級したんだなって実感が湧く。今までは俺もそういう立場だったこともあり、なんだか不思議な感じもするが……。

 駐屯地を出ようと意気揚々と一歩踏み出したが、不意に腹が鳴ったことでその気を削がれた。そう言えばもう昼だ。余計な気ばかり使っていたから、普段の倍くらい腹が減ってる気がする。

 俺は駐屯地に設けられた食堂テントにて昼食をとることにした。


 そうして昼飯を食べ終えた俺はガーネットに会うべく、見送りに出てきた騎士たちに背を向けて駐屯地を後にした。

 地図によると、この駐屯地から右の道を歩いていくと、十字路に差し掛かるらしい。そこまで行ったら、その十字路を右に進んで、あとはひたすら真っ直ぐ歩くだけ。

 ……なんだ、これなら口頭でもよかったんじゃないか。俺は地図を見るのをやめて、豊かな草原地帯を右手に見ながら、散歩気分で歩くことにした。


 本当にここは魔物の遭遇率が異様に低いな。何故だ? ガーネットの管轄区域だからか? それともただ大人しいだけなのか……。

 こうも戦闘がない事が暇だとは思わなかったな。副団長だった頃は本当に……あ、そうか。うさぎ跳びでもしながら行けばトレーニングにはなりそうかな。騎士団長の鎧は副団長の鎧よりも多少重いし。

 今は無きトレーニング地獄の日々を回想していると、俺の目の前をモブが通り過ぎた。


「あ?」


 見間違いだろうか、もの凄くド短足な犬型のモンスターだったような気が。そいつはそそくさと単体で草原の方へと駈けていった。まるで俺がいなかった事のように。


「なんだ、ちゃんといるんじゃないか」


 それにしても人間がいるってのに、エンカウントしないとは……。どれだけここの魔物はやる気がないんだよ。つまらん。

 ぶつぶつと文句をたれながら歩いていると、目的の十字路に差し掛かる。そこには木組みの立て看板が置かれていて、簡単な道案内が書かれていた。左はカースの森、そして右はクーリエの街。


「たしかここを進行方向から見て右だったな」


 俺は地図を思い出し、立て看板から見て正面の道路を進んだ。ここを真っ直ぐ歩いていけば、変わった屋根の家が見えてくるらしい。

 いったいどんな魔女なんだろうか。あのファフニールを封印した四人の魔女の内の一人。紅蓮の魔女の異名を持つガーネット。

 俺は今までパーティーなんか組んだ事がないため、他のジョブの人間をあまり見た事がない。まあ、とりあえずの目標は騎士団長になることだったから、それ目指してがむしゃらにやってきたし、しょうがないことかも知れないけど。


「……楽しみで仕方がないな」


 これから待ち受ける出会いに俺は心を弾ませ、自然と歩くスピードを上げていた。

 ガシャガシャと鎧が音をたて、軽快なリズムを奏でる。駐屯地を離れてからおよそ二十分。ようやく目的の魔女の家が見える距離まで歩いてきた。

 遠目でも分かるが、確かに変な屋根だ。魔女のかぶる様なつばの広いとんがり帽子の形をしている。

 俺は緩やかな坂道を下り、そして小高い丘へと続く道を上っていくと、ついにガーネットの家へ到着した。


「ふぅ~」


 なかなかの距離だったな。小さくため息をつくと、改めて家を見る。

 家は太い円柱状の造りで、一階には大きな窓が左の側面に見える。おそらくそこがリビングだろう。家自体は三階建て位の大きさで、煙突らしき部分からはなんとも形容し難い妖しげな煙がもくもくと立ち昇っていた。二階部分と三階部分の窓も、太陽の光が沢山入りそうな大きさだ。

 魔女って言うくらいだから、もっと陰暗な所に住んでるのかと思ってたら、意外と普通だな。デザインうんぬんは置いといて……。


 少し緊張しながらも玄関へと近付き、俺はかぼちゃの形の呼び鈴を鳴らした。

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