第12話
その口から、いままで敬遠して唱えたこともなかった呪文が繰りだされた。
呪文は空中で形をなし、無数の逆とげをたてた赤まだらの大蛇となって、ネクアグアの地表を削っていった。
熱帯の樹木が地面からはじき飛ばされ、地面は内側からめくれあがった。
創世神によって滅ぼされた古代の使役霊が、魔法使いの言霊によってよみがえったのだ。
蛇は大地をのたうち、しかし、つくりかえられた世界の大気になじめず、ものの数分で霧散してしまった。
魔法使いは気がすむまで何度も凶暴な蛇を吐きだした。
しだいにそれすら力の無駄遣いとさとるや、魔法使いは地面を蹴りあげ、大地に染みついた霊気から無数の土蜘蛛を生みだした。
毒々しい黄色い土蜘蛛は森の四方に散らばり、目につく生き物すべてに卵を生みつけた。生まれでた何万もの仔蜘蛛たちがキメラや動物たちの皮下をはいずりまわり、最終的に内臓を食い破って増殖していった。
ついには卵を生みつけるべき生体が尽き果て、仲間どうしに繁殖の犠牲を強いはじめた。
魔法使いが地下の研究室で、自分のための使役獣をつくりだしているあいだに、ネクアグアすべての生物は絶滅してしまった。
しかし、魔法使いにとってそのようなことはどうでもよいことであった。宇宙的な生体系にのっとらなくとも、生命とはつくりだせるものであり、またつくりかえていけるものだと知っていたからだ。
魔法使いは目前の、羊水がたゆたう密閉された巨大な水槽をながめ、口元を嬉々とゆがませた。
ゴドウによくにたキメラが水槽の底に沈んでいた。
それは魔法使い得意の冗談だった。
このゴドウはオムホロスの匂いを嗅ぎ分ける。あるいは足跡を。なぜなら、その脳も細胞もゴドウそのものなのだから。オムホロスに焦がれもとめていたころの記憶を有する、あのオスキメラの分身なのだった。唯一異なるのは、その意志を魔法使いに支配されているということ。
生きたままオムホロスをとらえ、モロをうつしかえる儀式をしなければならない。もしも、ゴドウがオムホロスのくびきならば、想像するよりはるかにおもしろい結果を生みだすだろう。
魔法使いは慎重に水槽の密閉をはずした。
羊水のなかで突如生を得て、ゴドウは身じろぎし、金目を見開いた。両手を水槽のふちにかけ、勢いよく上体を起こした。羊水があたりに飛び散り、魔法使いの黒衣のすそをぬらした。
「ゴドウ……おまえのオムホロスがいなくなった。さがしてこい。みつけても、すぐに乳くりあってはならぬ。おまえを閉じこめたあの泉に連れてくるんだ。わかったな?」
魔法使いの言葉にゴドウは深くうなずき、水槽からはいでた。
黒いたてがみと波打つ黒羊毛がしとどにぬれそぼり、燈明にほの白く輝いている。
心地悪げに巻毛を指でいじくっていたが、魔法使いの厳しい目つきに気付き、石床をことこといわせて、オムホロスをさがしに、荒れ果てた森へでていった。
‡‡‡
「クリスタルの剣は、もともと創世神の額に突き刺さっていたのだ。それを創世神の生み出したあらゆる生物のうちのひとつが盗みだしてしまったのだ」
元神官はクリスタルの剣について知っているかぎりのことを語って聞かせた。
女神官はすでに泣きやみ、ルーから顔をそむけてたっていた。
「魔法使いとやらがその生物だと?」
ルーはとうた。
「いや、魔法使いはその生物の直系の後継者なのだ。何十世代におよんで、あらゆる生物から自分に必要なものを奪い続けて生存してきた、いわば生命環のはぐれものだ」
「なぜ、魔法使いはあなたの魔法の力を?」
「あらたなホムンクルスを生みだすために、だろう。つぎはぎだらけの醜い生き物を、だ」
ルーはこめかみに手をあて、考えてみた。
「ホムンクルスってなんなんだ?」
元神官はすかさずこたえた。
「キメラだ」
キメラ……聞き覚えのある言葉に、ルーは記憶をさぐってみた。
オムホロスが魔法でつくりだしたキメラ。オムホロスは魔法使い……
「オムホロス……」
ルーはぽつりとつぶやいた。口のなかで転がすようにつぶやいたおかげで、ふたりには聞かれなかった。
ホムンクルスをつくりだすという魔法使いと、あの口がましい土人形とに、なにかつながりがあるように思われた。
まさか、オムホロスが魔法使いではなかろうか?
複雑な感情が、ルーの脳裏に交錯する。
ルーはかぶりを振って、悪夢のような推測を振り払った。
だが、もしそうだとすれば、自分は敵の手のなかでもてあそばれる道化そのもの。鼻先にファルスをあてがわれ、無我夢中で追いかけ回す哀れな畸型。
魔法使いかも知れないオムホロスはどんな思いで、自分の狂態をみていたのだろうか。
考えこむルーを女神官はじっとみつめた。
「わらわが、シルフィン神にたずねてやってもよい。シルフィン神はあらゆる事象を知っておられる。ぬしのとり戻したいものも、すぐに示してくださるじゃろう」
女神官の言葉に、ルーの顔がにわかに明るくなった。
「わざわざ女神官さまから、神にうかがってくださるとおっしゃっていただけるとは、なんと光栄なことでしょうか」
ルーが皮肉めかしていうと、女神官は冷たい視線をむけ、「父上を助けてくれた礼じゃ」と、そっぽをむいた。
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