第11話

「ぬしはなにが足らぬのじゃ? この神殿は浄化の神殿じゃ。魂の足りぬような不死者ははいれぬ。感情? いや、ちがう……ぬしとずっとおったが、そのような感じはうけなんだ……では、性か? ぬしは男ではないのかえ……?」


 ルーはうろたえ、こたえることもできず、腰の土人形をまさぐった。しかし、オムホロスはうんともすんともいってはくれず、ルーは途方に暮れてたちすくんだ。


「それで……あのような……そうであろう? ちがうというてくれぬのか!?」


 女神官は痛切に叫んだ。


「わらわはたばかられておったのかえ!? クリスタルの剣がほしいがためのだしに使われたのかえ!?」


 ルーは苦々しげに首を振り、「あれは本当にあんたが気に入ったから……だまそうと思ってたわけじゃない」


「わらわにはわからぬ……!」


 女神官は泣き崩れ、元神官になだめられても泣きやもうとしなかった。


「どうしたのかね?」


 元神官にたずねられ、ルーは肩をすくめた。


「僕のやり方が普通の男とちがってただけだよ

「そうか……」


 元神官は静かにつぶやき、伏した目をルーの手のなかのクリスタルの剣にむけ、いった。


「それをどうするつもりなのかね?」

「奪われたものをとり返すのに使うらしい……が、よくわからないんだ。それでシルフィン神にたずねてみようと思ったんだが」

「それは与えられたものを手にいれる道具で、取り返したり人を殺したりする剣ではない。それは知らなかったのか?」

「知らなかった」


 ルーは意気消沈してつぶやいた。


 元神官は軽く微笑み、「わたしは魔法の力を根こそぎ奪われた。シルフィン神からいただいた予言の力だった。その剣に刺された人間は、与えられたすべてを奪われ、クリスタルと化してしまうのだ」


「あなたから魔法の力を奪ったのはいったいだれなんだろう?」


 元神官は娘とおなじ青い瞳を憎しみにたぎらせて、低くつぶやいた。


「ネクアグアの魔法使いだ」






‡‡‡






 オムホロスが樹木となって眠りについたころ、魔法使いは密林中をちょろちょろとうごめく、オムホロスの気をもつキメラにいいかげんうんざりしていた。オムホロスの所在など、一日もかけずにみつけられるとたかをくくっていたのだ。


 すでにひと月以上がたち、魔法使いはお遊びを切り捨てた。だが、キメラ以外にオムホロスの気を放っているものはなく、魔法使いはいらだたしげにあたりの樹木とともにキメラを一掃していった。


 樹木がなぎ払われるごとに、吹き飛ばされた虹色の蝶が、空へとひらひら乱舞していく。頼りない木の葉のように突風にあおられ、ゆらゆらと魔法使いのほうへ寄ってくる。


 魔法使いは気にもかけず、魔法陣を描いたりといそがしい。美しい蝶の群れに一瞥もくれなかった。


 魔法使いは完成した魔法陣に満足してふと顔をあげた。あたりに残る樹木に、鮮やかな色にきらめく蝶がたわわに群れている。


 魔法使いはいぶかしげにみつめた。はたはたと一匹の蝶が魔法使いにむかってきて、肩にとまった。


 蝶ではなく、他愛もない緑の小鳥。魔法使いの唇をついばみ、愛らしく鳴きさざめいた。


 その鳴き声に誘われるように、蝶の群れが飛び立った。


 きらきらしく太陽に映える蝶の群舞に、魔法使いは一瞬茫然と見惚れた。


 蝶の群れにかこまれ、舞い散る鱗粉が魔法使いの鼻孔をくすぐった。


 魔法使いは大きくくしゃみをした。


 そのとき、ミドリフウキンチョウが強引に魔法使いの口に首をつっこんできた。


 驚いた魔法使いは、思わず小鳥の頭を噛み砕いた。


 そして、噛み砕いてしまってから、後悔した。


 肉の塊と化した緑色のものを吐きだしたが、もはや血とともにモロが魔法使いのなかに植えつけられてしまっていた。


 魔法使いの顔は青黒く染まり、憤怒に歯軋りしながら、叫んだ。


「よくやった、オムホロス! ほめてやるぞ!」


 それは、一族の血肉を屠って成体と化す、ホムンクルスの狂おしい血統の叫びだった。


 モロの精が、魔法使いの性欲を呼び覚まさせ、年老いしなびた男性器を勃起させた。


 若かりしころ、完全体となるための試練を、性体のそれと思いこみ、それぞれの隠蔽されていた肉体を殺し、食った。


 完全なる女性体と、完全なる男性体を有し、なおかつ謀略の勝利として、悠久からの知識を手にいれた。


 モロの媒体となるようなものはことごとく排除した。ネクアグアはそのために必要だったのだ。


 モロはオムホロスをおとしめるためのものであり、ホムンクルスにとっては切っても切り離せぬシンボルであった。


 このもろ刃の剣に対する防御策は、もちろん講じてあった。


 魔法使いはモロに取り憑かれても支配されることはなかった。オムホロスはその点において、魔法使いをあなどっていたのだ。


 しかし、それは短いあいだだけのこと。しだいにモロの種は脳髄を冒し、ゴドウと大差のない状況におちいることになるのだ。


 モロの毒が魔法使いの脳に麻薬のような興奮を与えた。魔法使いの褐色の肌が、ますますどす黒くなっていく。

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