第8話

「お告げはそとでするんじゃなかったのか?」


 ひとりだけ神殿内に連れていかれているうちに、ルーは不安になってたずねた。


「あのコインは、神官ご用達のものでした。神官から盗まれたとも聞きません。ですから……」


 ルーは僧侶の言葉を聞き、気を悪くした。盗っ人呼ばわりされたように感じたのだ。しかし、やっと謎がとけたような心持ちで、「じゃ、いまの神官は女なのか?」と率直に聞いてみた。


 僧侶はルーのまえを歩きながら、振りむきもせず、「そうです」とこたえた。


「神官なのに酒場の女をやってていいのか?」


 はじめて僧侶は振りむき、「もちろん、いかがわしい職業を選ばれては、神殿の沽券にかかわりますが、夜の仕事といえば、限られてくるようですから」と、苦笑った。


 ルーは僧侶の不可解なこたえに眉をひそめた。もう一度口を開きかけたが、あたりのようすが一変してしまったのに気付いて、口をつぐんだ。


 クリスタルが氷の粒のようにつらなって天井から幾重にもたれさがっている。そのアーチ状の天蓋にクリスタルの寒々としたせせらぎが何度もこだましていた。


 そして、広間の上座に、クリスタルのように透明、淡いラベンダー色でその瞳と髪と心臓を染め上げているシルフィン神が、鎮座していた。


 その足元にあの酒場の女がたち、裸体のうえから、ほんのすこし隠せるていどの涙滴状のクリスタルを幾つもたらしていた。


 曲線の肉体に、クリスタルがはじけかえり、しゃらしゃらと鳴っていた。


「おはやいおつきではないかえ?」


 女は朗々と話しかけ、ゆっくりと近づいてきた。


 ルーは驚いた。


 女の顔つきと口調がまたしてもかわっている。物腰はずっとけだるくなり、酒場の女のときよりも嬌艶な感じだった。それなのに性的な匂いはまったくなく、この矛盾はいったいなんなのか、ルーにはさっぱりわからなかった。


「さぁ、ぬしの望みをいうてみやれ、わらわにこたえられぬものはないぞえ」


 傲岸とした態度ではあったが、光り輝くクリスタルの女神官にできないことはないかのようにみえた。


「ツァカタン神に聞いたのだが、ここにクリスタルの剣があるという。それをもらいにきた」


 すると、女神官の顔色ががらりとかわった。女神官は動揺を隠すかのように、自分の乳房にふれるクリスタルをいじくった。


「ぬしのもとめるものはここにある。しかし、ならぬ」


 おなじ人物とはいえ、女神官にまで拒絶され、ルーはむっとして、いった。


「なぜだ? ここの神官のうちのだれかの胸に突き刺さってんだろ?」 


 冷ややかな深い青の瞳が、ルーを厳しく見据えた。


「なにが目的なのじゃえ? なぜそのようなことをぬしは知っておるのかえ?」


 ルーはいらだたしげにじだんだを踏み、「だから、ツァカタンがいったんだ。ここの神官の胸に刺さってる、それを奪えって!」


 女神官は小馬鹿にするように眉をつりあげた。


「ぬしはなんでも口にするようじゃ。ついたてもつつしみもなにもない口じゃの」


 ルーはつかつかとクリスタルの女神官へと歩み寄り、その青白い腕をつかんだ。


「なぜ、教えてくれないんだ?」

「この手を離しゃれ! ええい、無礼な男め!」


 女神官は腹立たしげにいうと、つかまれた腕を振りほどこうとした。しかし、徒労に終わり、恨めしげな目でルーを見上げた。


「先代神官はわらわの父上じゃ。剣を抜けば、本当に死んでしまうのじゃ。シルフィン神がそう申されたのじゃ」


 ルーはそっと女神官の腕を離してやり、途方に暮れて突ったっていた。


「ぬしにはすまぬが、べつの望みを申してみやれ。それならわらわも喜んでこたえてしんぜようぞ」


 ルーはコートのしたの土人形に手をあてた。ここにオムホロスがいてくれたなら、きっとうまい具合にことを運んでくれたろうに。


 ルーははがゆくなって、顔をしかめた。ほかになにも思いつけず、もう一度頼んでみた。


「クリスタルの剣だ、クリスタルの剣がほしい」


 女神官はいらだちに目元をひきつらせ、「それはならぬと、たったいまいうたではないか! なにを聞いておったのじゃ!ほかの望みじゃ!」と声を荒げた。


「僕はどうしてもクリスタルの剣がほしいんだ! それがないと……」

「それがないと?」


 ルーははっとして口をつぐんだ。


 女神官はルーの狼狽に気付き、「それがないと、なんじゃ? なにか良からぬことでもたくらんでおるのではなかろうな?」と、にんまりと笑った。


「おまえ、こっちがしたでにでていれば、好き勝手いいやがって」


 ルーはかっとして、剣に手をかけた。


「ほぉ、思うとおりにならねば、力で訴えるつもりかえ? ここは神殿ぞ、恐れ多い男め!」


 女神官はルーを鼻で笑い、体のクリスタルを鳴らしながら、シルフィン神の足元へ駆け寄った。


 彼女の若々しい裸体はすっかり丸見えだったが、頭に血ののぼったルーは気付きもしなかった。抜き放った剣を手に、女神官を追いかけた。


 女神官はルーをあざ笑いながら、シルフィン神の台座を巡り、軽やかに逃げ回った。


 ルーは女神官に遊ばれているとようやく気付き、とさかにきた。剣を放ると、しゃにむになって女神官を追いかけ回した。

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