第4話
昼間の豚の燻製をかまどからおろすと、薄切りにして香菜といっしょに芋のもちにはさんだ。それを手際よくいくつもつくっていく。皿に熟れた果実もそえ、発泡する果実酒を手に魔法使いの研究室へおりていった。
「先生、お夕飯のしたくができました。どうぞ召しあがってください」
返事はない。床に皿と酒をおくと、自分の食事をしに水場へ戻った。
空腹で不機嫌な顔をしたゴドウに目をやり、「ゴドウ、おなかがすいただろう? これでもお食べ」
オムホロスはゴドウにもちをひとつ投げ与え、自分はあたたかいもちを肉や野菜といっしょに五つ六つたいらげた。
水場のすぐそとにうずくまり、ゴドウと食事をした。ゴドウがつくられる二年前まではひとりで食事をとっていた。以前と同様にただ黙々と食べるだけだが、まえよりも食事をおいしいと感じるようになった。
夜の風は冷ややかだった。重苦しくしっけた昼間の熱気が、月光に涼やかにとぎすまされていく。樹木のこずえのすきまをうめつくす星々は落ちてきそうに天上に輝いている。
オムホロスはさきほどの本の内容を考えながら、ゴドウにつぶやくように話しかけた。
「ゴドウ、ホムンクルスというのを知っているか? おまえもキメラだからホムンクルスとおなじようなものなのだよ。さっきよんだ本にはね、ホムンクルスとは女性の形をした生命体で、それに決定される本当の性を付け足してつくるものと書かれていた。どんなものか、わかるか?」
ゴドウは興味なさげな目付きでオムホロスをみつめた。
オムホロスは低く笑った。
「おまえは羊の脳みそしかもってないのだから、そんなこと、わかるわけがなかったね。ホムンクルスとはね、オムホロスのことをいうのだよ。オムホロスはね、あの本をよんで、自分がなにものなのかわかってしまったのだよ。オムホロスもおまえとおなじ、キメラなのだよ」
ゴドウは素知らぬふうに地面にころがる木の実を手にとって口にいれた。
「そしてね、オムホロスは生殖能力のない形態をしているのだ。乳房や生殖器はあるけれど、未成熟で使いものにならないのだ……」
オムホロスの声が知らず暗くなり、押し黙ってしまった。
ゴドウがかたわらにうずくまり、腕を組んで目をつぶっている。オムホロスの沈思に耳をかたむけているようにみえた。
「ゴドウ……なぜ、先生はオムホロスやキメラみたいな生物をつくりだしたのだろう……?」
夜行性の獣たちの森を闊歩するざわめきが聞こえはじめる。月明かりに冷え冷えとした黒い尖影が銀色になまめかしく輝き、鋭利な殺気をひらめかせている。つたと枝を引きちぎり、木から木へと渡っていく猿の雄叫び。
こずえが瞬時にたわみはじけ、黒い塊にしかみえない鳥たちの安眠をさまたげた。
そのすさまじい逃げ惑う驚いた鳴き声に、オムホロスは食べかけたもちを手から落とした。
屠り場で皿を洗い、ゴドウを呼んだ。たまり水で雄キメラの体を、束ねた葉でこすってやった。ゴドウは気持ち良さげに目をつぶり、ゆるゆると息を吐いた。
「お前の毛はまるで夜の吐息のようだね。気持ちいいか?」
黒いたてがみを指ですき、なでつけてやる。黒毛の巻毛が水にぬれ、いぶし銀に輝いた。
均整のとれた若々しい青年の上体は、二年前とはくらべものにならないほどたくましく成長していた。
ゴドウは去勢をすませていない。そろそろおりに閉じ込め、ひと季節過ぎるのを待つ時期がおとずれるだろう。
手入れをすませると、ゴドウの尻をたたいて、先にしたへいくように命じた。
今度はオムホロスが薄明のなか、衣服を足元に落とした。水をためた石槽のふちに腰掛け、髪をぬらした。青冷めた光にオムホロスは仄青く、髪は暗緑色に沈んだ。ゴドウにつかった束ねた葉をよくすすぎ、体をこすっていった。
獣臭い脂の匂いがしたが、気にはならない。どうせ明日の朝には青臭い汗にまみれるのだから。
湯は冷め、熱を発する石筒の周囲だけがなまあたたかい。オムホロスはその湯を手のひらにすくい、ぴしゃぴしゃと体をしめらせた。
しずくが未熟な乳房をつたい、かすかな萌えにしたたり落ちた。秘密めいたふたつの象徴が開いた股のあいだにみえ隠れしている。
魔法使いはこのふたつの性体をどこから入手したのだろう。そして、そのふたつをひとつとならしめている魔法力の魂も。自分のすべては、与えられたものによる産物。この意思も、知性も、性質も。
性器を手にとりいじくったが、べつだんなにも起こらぬ。付与された性体について、あの本の語るところをまだよんでいなかったが、明日にならねば知ることもできない。
オムホロスは足の指をこすり、足の裏にこびりついた一日の汚れを落としていった。
魔法使いが自分をつくりだしたことと、キメラがこの島にひしめくにいたった同次元の気まぐれについて、思考をゆらゆらとくゆらせた。
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