第48話 外側

 

 まだ昼までにはかなりの時間があったが、食堂の中には十人近い白衣の男女がいて、それぞれにお茶を飲んだり軽食をとったりしていた。

 全部で百人くらいは入りそうな、窓の大きい、広くて明るい雰囲気の食堂だ。本物かどうかは判らないが、部屋のあちこちに背の高い観葉植物の鉢がある。

 彰は食堂の一角に並んだ自動販売機で缶コーヒーを買って、奥の隅の方の席に座るとひと息ついた。

 ちらりと壁にかけられた時計を見ると、十時二十分過ぎだ。会議の時間は半からである。

 ちびちびとコーヒーを飲みながらしばらく観察していると、食堂の中の人は少しずつ入れ替わりながらもゼロになることはなく、夜勤明けもいればコーヒー休憩的な人もいるようだ。

 三十分以上時間をかけてゆっくりコーヒーを飲み終えると、彰は立ち上がって販売機の横のゴミ箱に缶を捨てた。

 そうっと息を深く吸って、足を入ってきたのと逆の扉の方に向ける。

 誰も自分なんかの動きには目もくれていない、そう頭で判っていても緊張した。

 聞いた通り、扉を出てすぐ隣がトイレだ。

 祈りながら中に入ると、運の良いことに中には誰もいなかった。

 彰は脱力しそうになりながらも、一番奥から二番目の個室に入る。

 念入りに扉の鍵を閉めて、タンクの後ろ側に手を伸ばすと、指先が何かに触れた。

 探ってみると、ビニール袋がテープでとめられている。

 それを綺麗に剥がすと、彰は袋に入った茶封筒を手に取った。

 そのまま次の作業にとりかかろうとして、ふっと好奇心が勝つ。

 やはりテープで閉じられたビニール袋を開いて、封筒を取り出してみる。

 彰にとって幸運なことに、そちらには封がされていなかったので、そうっと指先で口を開いて、中の紙を覗き込んでみた。

「……小さっ」

 そして、つい小声で呟いてしまう。

 指を伸ばして爪の先でなでてみると、それはつるりとした加工がなされた、普通の紙よりはしなりのある感触のするものだった。そしてそこには、一ミリ四方あるかどうかの、まさに虫のような、という形容がぴったりの凄まじく小さいフォントで、びっしりと何かが記されている。

 視力には何の問題もない彰だが、さすがに顔を近づけずに中身を読み取ることは到底できなくて、諦めて口を戻してビニール袋を元の通りに閉じた。

 それをとりあえず便器の蓋の上に置いて、ジャケットを脱いで扉のフックに掛け、麻美に教えられた通りに背中の裏地につくられた隠しポケットを開いて、ビニールごと封筒を突っ込む。

 丸めたテープは少し考えてから、ズボンのポケットに押し込んだ。

 ジャケットを着なおして、軽く整える。幸いなことに封筒は大した厚みはなく、ごわつくような感じはない。

 せっかく来たから、とついでに用を足して外に出ると、鏡で自分の姿をためつすがめつ見て。うん、背中に何か入ってる、なんて見た目では全然判らない。さすがだ、武田さん。

 手を洗って外に出ると、何食わぬ顔をして食堂に戻った。

 水と緑茶は無料のサーバーがあったので、熱い緑茶をカップに入れてまた同じ席に座ってふう、と肩を落とす。

 ちら、と時計を見ると、十一時十五分程だった。昼が近くなってきたからか、ぽつぽつと食堂に来る人が増えてきたように思う。

 総会は大体一時間半程かかる、と神崎が言っていたので、もうしばらくの辛抱だ。

 緑茶を一杯半飲んだところで、入ってきた方の扉から細井が現れた。

 その姿を見た瞬間、彰はぱっと立ち上がってしまう。

 それを見て相手は足を止めたので、急いでカップを捨ててそちらへと向かった。

「すみません、お待たせしました。会議が終わりましたので、お迎えに」

「ああ、そうでしたか」

 彰はほっとしてうなずいた。壁の時計を見ると、十二時五分前だ。

 行きと同じく、細井の後について会議室へと戻る。

「細井くん、わざわざすまなかったね」

 神崎は会議室の扉の外で二人を待っていた。

「玄関外に車をつけてあります。お見送りしましょう」

 細井はあくまで離れる気はないらしく、結局玄関前までついてくる。

 受付で名札を返して、荷物と上着を受け取ると彰は神崎を車に乗せ、車椅子を後ろに積み込んで。

「本日はご体調の優れない中、わざわざご出席いただきありがとうございました。久しぶりのご出席で、皆も改めて気持ちがひきしまりました」

 細井がまた慇懃無礼にすら感じる程の態度で言い、深々と頭を下げてみせる。

「どうかな。年寄りのたわ事を聞かされて返って迷惑だったんじゃないか。まあ、財政が順調なのは何よりだ。これからも頑張って、世間一般に仮想空間の認知を広めてほしい」

「皆にそう伝えます」

 実情を知っている彰からするとスレスレの嫌味にも感じられる言葉を神崎が言って、思わずヒヤリとしたが、細井は真面目にまた頭を下げた。

「それでは失礼するよ」

「失礼します」

 神崎に続いて彰が頭を下げると、車の窓がすうっと下がって動き出す。

 ちらり、と見ると、細井はずっと頭を下げたままこちらを見送っていた。

「ああいうパフォーマンスが好きな男なんだ。……で、どうだったね」

「問題ありません」

 神崎の問いにすかさず答えて自分の背中を軽く叩くと、相手は満足そうな笑みを浮かべてシートの背に深くもたれて目を閉じた。



 英一の姉にすべてを打ち明けて協力を乞う、という提案に、神崎は最初は難色を示したが最後には彰にすべて任せる、と同意してくれた。

 総会の次の日に磯田がやってきて、今後の方針を打ち合わせる。

 もしも本当に姉の協力が得られるのならかなり強力な証拠となるので、この書類と神崎と姉の証言、公表するのはそれで充分じゃないか、磯田はそう言った。つまりは後のことは自分達でカタをつけるから、彰は表に出なくてよい、と。

「いえ、でも、ここまで来て手を引くというのは」

「もう何も関わるな、ということじゃないですよ。公表の後に美馬坂くんに仮想都市で会ったりとか、そういうことは問題なくできるように取り計らいます。ただ、本来はこの問題には無関係だったあなたを、告発者として世間にさらすような負担をかける訳にはいかない、わたしはそう思います。あなたにはあなたの人生がある。またお仕事に復帰して、これからの人生を考えなくちゃいけない」

「それについては、私も磯田くんと同意見だ」

 磯田の言葉に彰が何も言えずにいると、神崎もそう言ってうなずいた。

「あくまで君は、匿名の協力者、ということで取り扱いたい。そうすることで、自浄作用というものがまだ機関にあるんだ、と世間に思ってもらいたい」

 一見自分達の都合を重視しているように見えるその台詞の裏に、磯田同様、神崎が自分の立場をおもんぱかってくれていることがはっきりと伝わって、彰は何とも言えない気持ちになった。

 確かに、今の自分の状況は明らかにイレギュラーだ。本来の生活とは程遠い。

 そもそもその「本来の生活」から逃げたくて、自分は『パンドラ』に通い始めたのだ。まともな社会生活、というものから離れたところに行きたかった。

 そう思うと、ずきりと胸の奥が痛む。

 ……きっと今の自分は「今更外になんて出られない」と言った英一に似ている、彰はそう思った。

 おそらく今医者に行って正直な心情を診られたら、そろそろ仕事に復帰してみてはどうか、と勧められるに違いない。それくらい自分の体調や心情面は当時に比べて回復している。

 けれどまだ、怖いのだ。

 日常を離れて逃げ込んだ『パンドラ』、だがそこでの出来事の為に自分はここまで回復した。

 そこから戻りたくない。本当は出られるのかもしれない、でもまだ自分は怖いのだ。まだ日常とまともに向き合う自信が無い。

 黙ってしまった彰を、磯田は心配そうに、神崎は心の中を見通すような鋭い目でじっと見ている。

 その視線を受けながら、彰は一度、深く呼吸した。

「……もう少し、考えさせてください」

 やっとそれだけを口にした彰に、二人はそれ以上、何も言わなかった。



「……あの、わたしと義兄にお話って、一体何でしょうか」

 その二日後、彰はかねての考え通り、まずは洋次と満ちるをグループトークに誘った。

 神崎に借りたモニタの右半分には洋次が、左半分には満ちると、その後ろに宏志が控えているのが見える。

 ちらりとそちらに目をやると、宏志が「任せとけ」と言うように小さくうなずいた。

 それに励まされ、彰は口を開く。

「まず、満ちるちゃんにお願い。これから話すこと、どうか落ち着いて聞いてほしい。いろいろ確認したいことが出てくるだろうけど、まずは黙って、最後まで聞いて。……それから洋次さん、話の後に僕から提案があるんですが、もしそれにどうしても賛同できなかった場合でも、どうか今からの話はお姉さんには秘密にしてほしいんです。もしそれが約束できない、と言われるなら、すみませんが洋次さんにはお話できないことになります」

 話している間、満ちるの瞳はいかにも不安定にゆらゆらと揺れた。おそらく、自分側のモニタに映っている義兄と彰の姿とを交互に見つめているのだろう。

「判りました。その場合でも清美には内密にすること、必ずお約束します」

 一方の洋次はしっかりと彰の瞳を見据えてそう答えて、その様子にまた励まされる。

「ありがとうございます。……落ち着いて、聞いてください。美馬坂くんは……生きて、います」

 ゆっくりと、一音一音はっきり発音しながらそう言い切ると、画面の向こうで二人の顔が一変した。

 満ちるはもともと青い顔色をしていたのが更にすうっと、白っぽい色にまでなり、けれど眉は、むしろ不快な言葉を耳にしたかのようにしかめられる。

 洋次はまさに鳩が豆鉄砲、と言うにふさわしく、唇がわずかにすぼんで目が丸くなり、いかにもきょとん、という擬音が似合う顔つきになった。

「……御堂さん、言ってることが判りません」

 少しの間を置いて、満ちるが平坦な口調でそう言って。

「何か……からかって、いるんでしょうか。すみません、お世話になっていて何ですけど、ものすごく不快です」

「満ちるちゃん」

 語尾の震える声に、宏志が後ろからそっと、その肩に手を置く。

「僕は、君の兄さんに会ったんだ。何度も、話をしてる」

 彰はとりあえず洋次のことはおいて、満ちるの方だけを見て話をした。

「何を……!」

「彼はこう言ってた。『あの子が人生で一番僕を必要としていた時に、僕は傍にいてやれなかった』って」

 満ちるの瞳がはりさけるように見開かれる。

「頼むから、落ち着いて聞いて。……僕は仮想空間の中で、美馬坂くんに会ったんだ」

 そして彰は、ゆっくりと話し始めた。



 話している途中から、満ちるの頰を滂沱の涙がつたっていった。

 彼女はそれに自分で気づいているのかいないのか、殆ど瞬きもせずに瞳を大きく見開いたまま、わずかに肩を上下させて呼吸している。

 一連の出来事を伝え終え、彰は言葉を止めて小さく息をついた。

 それから覚悟を決めて、まっすぐに満ちるの方を見る。

 開いた唇が、かすかにわなないている。

 彰はもう一度息をついて、「満ちるちゃん」とその名を呼んだ。

 どこを見ているのか判らない彼女の瞳が、ゆらりと揺れる。

 そして唇がもう少し大きく開いた。

『……信じられない』

 目線をどこか遠くに漂わせたまま、かすれた声がもれる。

「満ちるちゃん」

『信じられない……ひどい、そんな……お父さんやお姉ちゃんのせいで、お兄ちゃんはそんなところに閉じ込められて、出られないまま何年も何年も……許せない、そんな、あり得ない!』

 ぱらぱらと小石をまくように散らばった言葉が、急にしっかりとまとまって爆発した。

 同時にどん、と拳がテーブルを叩き、画面が揺れる。

「満ちるちゃん」

 彰は急いで、なだめるように言葉を挟んだ。

「彼があそこから出られなくなった、それは事故だ。そのこと自体に、お父さんやお姉さんの責任は無いよ」

『だってお兄ちゃんは、お父さんの借金の為にそんな危険なバイトをしたんでしょう!』

 と、間髪入れずに実に真っ当な正論が返ってきて、彰は言葉に詰まる。

『だったらそれは、お父さんがいけないんじゃない! それに、そのことをお兄ちゃんに教えたお姉ちゃんとお母さんも!』

「満ちるちゃん、そうだけど、でも」

 涙の一杯にたまった目できっと自分を見つめる満ちるに、彰は必死で言葉を継いだ。

「美馬坂くんもお姉さんも、旅館や家族を守る為に精一杯のことをしたんだ。それは判ってあげて」

『守る?』

 満ちるの声が一段低くなり、目がきろり、と動いて彰を睨む。

『どうして守らなくちゃいけないんですか』

 そしてそう予想外の切り返しをされて、彰は少しのけぞった。

『旅館なんか手放せば良かった!』

 そこに更に、満ちるは言葉を叩き込む。

『そんなものにしがみついた、その結果がお兄ちゃんが何年もそんなところに閉じ込められてる、そういうことでしょう? 皆が皆、旅館なんかにしがみついたから、お兄ちゃんはそんな目にあって、お姉ちゃん達はお金に負けて……ねえ、そんなのどこが「家族を守ってる」て言えるんですか?』

 甲高かった声は少し落ち着いて、けれど熱く早口に語られる言葉は逆にその分、怒りと痛みが増しているようで、彰は何も言えなくなった。

 確かにそう。その通りなんだ。それがいくら、家族のこれからの生活、それも最も幼い、まだ小学生だった彼女の将来を最大限に姉と兄が考えた為だと言っても、きっとそれは彼女にとっては違っていて……だって彼女の最大の望みは、兄が元気で、自分の元にいてくれることだから。

 だから彼女には迷いは無い。旅館だって何だって、たとえその後どんな生活が待っていたって、彼女が最優先にするのは兄だ。

 その痛々しい程の純粋さ、それはどこか、選択に迷わない人工人格に似ていた。

 満ちるは一度口をつぐんで、何度か深呼吸してからまた唇を開く。

『……御堂さんがいなかったら、わたしは自分の人生からずっと、兄の存在を奪われたままになってた。兄も死人のまま、本当に死ぬまでそこに閉じ込められたままだった。そうですよね?』

 いつの間にかその涙はすっかり乾いていて、きつい目とまなざしながらも落ち着いた声音で満ちるがそう問うてくるのに、彰ははっきりうなずくことも首を横に振ることもできずに、曖昧に首を傾けた。

『そんなの、ひどすぎる……許せない』

 満ちるはぎゅっと、色が変わる程強く下唇を噛む。

『全部の原因をつくった父も、お金に負けた姉も、流されるだけの母も……どうしようもない額の借金なのに、そんなものを守る為に、取り返しのつかない状態に飛び込んだ、お兄ちゃん、も……わたしは、許せない』

 言いながらだんだんと声のトーンが下がっていって、伏せられる瞳からまた、ぽつ、ぽつ、とテーブルに涙の粒が落ちた。

『――失礼します』

 そして口元を手で押さえて、満ちるはさっと立ち上がるとすばやく部屋を出ていってしまった。

「満ちるちゃん」

 彰と宏志がかけた声にも、彼女は振り返らずに扉を閉める。

「宏志」

『うん。任せとけ』

 彰の声に、宏志は小さくうなずいて満ちるの後を追って部屋を出ていく。

 彰は大きく息を吐いて、画面の中で黙ったままの洋次の方を見た。

「大丈夫です。きっと宏志が、満ちるちゃん、落ち着かせてくれますから」

 その青白い顔に向かって言うと、相手はすうっ、と長く深い息をついて、わずかにうなずいて。

『……英一、くんは……本当に、出られないんですか』

 それから途切れ途切れに、かすれた声で問うてくる。

「先刻もお話しました通り、今の時点では解決策が見つかっていません。でも、今僕がお世話になってる先生が研究に戻れて、家族や友人がそれに参加できるようになったら、彼が現実に復帰できる可能性が上がる筈です」

 青ざめた顔のまま、何も言わずに洋次はじっと彰を見つめた。

「彼は出たい、と、そう言っていました」

 その瞳を覗き込むように見つめ返しながら、彰はゆっくりと言葉を続ける。

「僕は、目覚めたい、と。満ちるちゃんの成長した姿や、旅館を立派に仕切るお姉さん、それからいつか、お二人の間の子供も見たいし、抱っこもしたい、そうお姉さんに伝えてほしい、と言っていたんです」

『…………』

 洋次の少し垂れ気味の目に、じわりと涙がたまっていく。

「満ちるちゃんのことや、先日お話ししてくださった、あなたと美馬坂くんの昔話、そういう中に、まだ確かに自分の居場所があると感じる、それがすごく心強い、繋がってる、そう感じるんだそうです」

 こちらを見ていた瞳がふっと伏せられたと思うと、ぽつぽつと涙が落ちた。

「美馬坂くんから、あなたにお願いを預かっています。どうか事故の件、公表する際に、お姉さんにも証言いただけるよう、あなたからお姉さんを説得してもらえませんか」

 そこへ何とか声を届けようと彰が懸命の思いで言うと、洋次はぱっと顔を上げた。

 その頰に、幾筋も涙がつたっている。

「きっとあなたならお姉さんを説得できる、彼はそう言っていました」

 だめ押しで言うと、くしゃ、と相手の顔が歪んだ。

『……やってみます』

 そしてその唇からそう言葉が放たれて、彰はぱっと目を見開いた。

『本来、清美は……そんな話に、黙って従うような人間じゃないんです。それをそうげたのは、きっと、旅館や家族への責任感と、その仮想都市で生きていかねばならない英一くんの今後の立場を慮ってのことだと思います。それは相当、苦しい決断だった筈で……なのに彼女は、僕にそんな様子をひとかけらも見せたことがなかった』

 ほっと安心しかかったところに、涙まじりの声で苦しげにそう呟かれて彰はぐっと胸が詰まるのを感じる。

『僕は……少し、怒っています。多分先刻の、満ちるちゃんと同じです。それがどうしようもない理由だったとしても、その苦悩を何年も隠し通してきた、夫婦なのに、家族になったのに、それを僕と共有しようとしなかった彼女に、腹を立ててます』

 水気の多い、うるんだ瞳をして洋次はぽつぽつと言葉を繋いだ。

『だから……きちんと、話し合いたい。その上で僕は、彼女と共に戦いたい』

 そして一度言葉を切って、伏せていた目を上げまっすぐ彰を見る。

『本来、それは僕達家族の問題です。それなのに僕は何にも知らずに清美に全部背負わせ、満ちるちゃんを苦しめ、御堂さんにここまでお膳立てをしてもらった。ここからは……僕と清美とで、きちんと向き合って、戦っていきたい』

 そう語る言葉からはもう涙は消えていて、目には力が戻っていた。

 ……そうか、自分は、さみしいのかもしれない。

 それを見つめ返しながら、彰は心の片隅でひっそりと思う。

 機関で行われていた隠蔽や「事業」については、神崎や磯田の問題だ。そして美馬坂家のことは勿論、本人や姉や満ちる、その家族達の問題となる。

 自分は本来、無関係な、外側の人間なのだ。

 だから磯田や神崎にああ言われた時、抵抗を感じたのだ。立場的にはそうなって当然なのだけれど、まるで自分がはじき出されるようで、あとは無用だと言われたようで、それがむしょうにさみしい。

『御堂さん?』

 黙ってしまった彰の様子をうかがうように洋次は声をかける。

「……あ、いえ、洋次さんから清美さんにお話いただけるなら、安心です。ありがとうございます」

 我に返った彰は、そう早口に言って頭を下げて。

 実に何とも、我ながら子供じみている。仲間外れが嫌だ、なんて。

 真人は言っていた。ヒーロー、だと。

 ヒーローというのは世界を救ったらさっさと立ち去るものだ。

 そう思うと自然に口元に笑みが浮かんで、彰はそのままそれを洋次に向けた。

「本当に、ありがとうございます」

 そう、だからこれで、充分なんだ。

 

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